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大谷イビサのIT業界物見遊山 第56回

技術要件は他事業者でもクリアできるはず では、なぜさくらなのか?

さくらインターネットがガバクラ事業者に選ばれた理由を深掘りする

2023年12月15日 11時30分更新

文● 大谷イビサ 編集●ASCII

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 長らく外資系のみだった政府のガバメントクラウドの選定事業者に、さくらインターネットが選定された。大手通信事業者ではなく、なぜさくらインターネットが選ばれたのか? 外資系クラウドとの競合というテーマがナンセンスである理由とは? さくらインターネットを集中的に取材していた立場から深掘りしてみた。

条件付きながら、ガバメントクラウドとして初の国産事業者へ

 私がラスベガスで開催されていたAWS re:inventでグローバルクラウドのスケールに圧倒されていた11月末、日本のガバメントクラウドの事業者としてさくらインターネットが認定されたというニュースが流れた。「2025年度末までに技術要件を満たす」という条件付きながら、ガバメントクラウドの提供基盤として「さくらのクラウド」が利用できるようになるのだ。従来はAWS、Microsoft Azure、Google Cloud、Oracle Cloud Infrastructureという外資系事業者のみだったので、国産事業者としては初めてとなる。

 デジタル庁が管轄するガバメントクラウドは、住民基本台帳、国民年金、介護保険などの事務を担う自治体システムが稼働するクラウド基盤。デジタル庁と自治体は従来オンプレミス基盤で動作していた業務システムを標準化・共通化し、ガバメントクラウドに移行する必要があり、その期限は2026年3月までとなっている。これまでガバメントクラウドを提供するクラウド事業者には、厳しい技術要件が課されており、これが国内事業者にとっての高いハードルになっていた。一方で、国内事業者が参入できない事態については、批判も相次いでおり、デジタル庁は8月に技術要件を一部緩和する方針を発表していた。

 今回、さくらインターネットはマイクロソフトとのパートナーシップにより、2025年度末までの技術要件のクリアを目指す。プレスリリースには「さくらのクラウド」の開発強化に加え、「周辺機能の一部はマイクロソフト社の製品等のサードパーティ製品を用いて開発を行い」と明示されている。以前から国産事業者への参入機会を訴えてきたさくらインターネットの田中邦裕社長も、「2025年度末までに機能を充足させる計画を提出し、それを完遂させる覚悟を持って取り組みます」とコメントしており、並々ならぬ決意が感じられる。

 同社は2021年3月にガバメントクラウドの政府のセキュリティ評価制度「ISMAP」に登録。2022年4月にガバメント推進室を新設し、官公庁や自治体への企画・提案を本格化している。しかし、それ以前から官公庁や自治体でのレンタルサーバー利用は多かった。また、最近では経済産業省の受託案件である衛星データプラットフォーム「Tellus」や新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)など大型の官公庁・準公共プロジェクトの実績も増えており、今年6月には同社が運用する北海道の石狩データセンターに構築される生成AI開発用のスパコンに対して、国が経費の半額を負担する旨が発表されている。こうした実績の積み重ねがガバメントクラウド入りを後押ししたのは間違いない。布石はきちんと打たれ、それが実ったというわけだ。

縮小前提の自治体や官公庁システムに外資系クラウドを使う必要性とは?

 さて、ここまではガバメントクラウド選定に関わる教科書的な基礎知識になる。次に考えたいのは、他の事業者がなぜ選ばれなかったのか?というポイントだ。先に個人的な観測だけを話してしまうと、今後は選定される国内事業者は増えてくるのではないかと思う。というのも、さくらインターネットが技術要件をクリアできるのであれば、NTTコミュニケーションズ、ソフトバンク、KDDI、IIJ、大手SIer、メーカー系など他の事業者も十分クリアできる可能性があるからだ。

 ガバメントクラウドに関しては、選定に関する技術要件が外部に公開されているわけでない。だからコンピューティングリソース、セキュリティ、サービス数、技術などの技術要件は事業者以外は知らない前提だ。そのため、事業者としては「技術要件を満たせる条件が整ったから選定された」という言い方しかできない。ただ、外資系クラウドじゃないと満たせないような技術要件はそれなりに緩和されたのではないかというのが個人的な推測。というのも、現在ガバメントクラウドが想定している利用形態に、果たして外資系クラウドのスケールメリットや先進的な技術が必要なのか疑問があるからだ。

 ガバメントクラウドが前提とする自治体のシステムは、もともとローカルデータセンターとオンプレミスに収まるようなシステム。10年近く前、九州の地場データセンターで展開される自治体クラウド用のインフラを見学したことがあったが、規模的には既存のWebサービスのインフラに比べ、はるかに小さかったのを覚えている。技術革新により、コンピューターの性能や仮想化の集約率はますます上がっているが、国内の人口減少と市場縮小だけを前提とすれば、国内オンリーの官公庁システムは今後スケールする必要もなくなる。だから単純にハイパースケーラーのクラウドに載せる意味はある?と思ってしまうのだ。

 もちろん、スモールスタートでき、コストも柔軟というのはパブリッククラウドのメリットではあるが、昨今は為替の影響によるコスト高騰の方が影響がでかい。田中氏も指摘する「デジタル貿易赤字」につながる外資系のクラウドを、積極的に利用する意義についてデジタル庁で再検討が走ったというのはありえるシナリオだ。この結果が、国内事業者の参入を前提とした今回の条件緩和につながっていると見る。

 とはいえ、個人的には「外資系 vs 国産クラウド」の議論はあまり意味がないとは思っている。初の国産クラウド採択ということで、メディアは「外資系クラウドと戦えるのか?」という論点にしがちだが、re:Invent帰りの私からすると、スケールメリットや先進的な技術のサービス化という観点で「国産クラウドが外資系クラウドに勝つのは難しい」というのが自分なりの回答だ。一方で、「土俵はそこじゃない」とも思っており、国産クラウドならではのメリットはいくらでもあるため、そもそも戦う必要はなく、むしろ強みを活かして共創するという意見の方が現実味がある。この点は田中社長が以前から指摘している点で、戦うべきは旧態依然とした組織や悪しき商慣習というのはまさに同意したいところだ。

さくらインターネットが他社より優れたポイントはいくつもある

 では、「他の事業者でも技術要件はクリアできるのでは?」と前提を踏まえて、なぜさくらインターネットが選定されたのか? 他社に比べて先んじていたポイントはどこなのか。最後に深掘りしてみたいと思う。

 ヒントは、さくらインターネットはオウンドメディア「さくマガ」にあった。昨年6月に「国産クラウドベンダーとしての挑戦!新組織『ガバメント推進室』の取り組み」という記事で、田中社長はさくらインターネットのガバメントクラウド分野における強みとして「自らパブリッククラウドを開発している」「自社開発・運用体制が整っている」「経営体制」という3つを挙げている。

 このうち「自社開発・運用体制」という強みは、北海道のブラックアウトを非常用電源設備で乗り切った石狩データセンターの運用実績がまさに証明している(関連記事:約60時間を非常用電源設備で乗り切った石狩データセンターの奇跡)。自然災害の多い日本で、自らのデータセンターを守り切ったさくらインターネットへの信頼性は、あの出来事を契機にかなり高まったのではないだろうか。

 また、「経営体制」という強みに関しては、業界内で独立性の高いさくらインターネットの立ち位置が活かされている。ご存じの通り、データセンターやクラウドを抱える他の大手通信事業者は、今やNTT法の廃止を巡ってもめにもめている状態。NTT系だったIIJも、5月にはKDDIとの資本提携に至り、大手通信事業者の傘に入っている。政府からしても、今の通信業界は舵取りの難しい状況にあるのは事実だ。

 これに対して、さくらインターネットはこうした騒動から無縁な孤高の地位でありながら、データセンター、インターネット、モバイルなど幅広くインフラ事業を展開している。また、個人だけでなく、法人にも強いため、売上も安定している。アピールする「安定した経営体制」という点で、官公庁や自治体に向けた基盤提供を行なう業者としてふさわしいと認められたと言える。

 個人的には付け加えれば、今回パートナーとなったマイクロソフトとは、以前から緊密なパートナーだったという点も大きいと思う。Azure基盤を採用した「さくらのプライベートクラウド powered by Windows Azure Pack」を展開すべく、日本マイクロソフトと提携したのは今からもう10年前の2013年にさかのぼる。その後も折に触れ、マイクロソフトとは連携しており、今回のような深いレベルの技術提携もけっこうスムーズだったのは?というのが1つの推測だ。八方美人でコミュ力の高いマイクロソフトは、いろいろな提携を行なう企業ではあるが、インフラ分野でここまで長いパートナーシップはあまりないのではと思う。

 この連載のコラムで先日書いたとおり、十年前、衰退すると思われていた国産クラウドは、今もきちんと成長を続けている(関連記事:国産クラウド13年目の風景は荒野じゃなかった)。そのコラムではサイボウズのkintoneというPaaSを中心に書いたが、さくらインターネットやIIJが過去最高益を出していることも指摘した。その意味では、外資系クラウドという黒船に対して、変化を続けてきたさくらインターネットのタフさが、今回のガバクラ入りを実現したと言える。パートナーや国との連携を経て、さくらのクラウドがより大きな存在感を発揮することを期待したい。外資系クラウドのパワーを間近で見てきたからこそ、余計にそう思ってしまう。

大谷イビサ

ASCII.jpのクラウド・IT担当で、TECH.ASCII.jpの編集長。「インターネットASCII」や「アスキーNT」「NETWORK magazine」などの編集を担当し、2011年から現職。「ITだってエンタテインメント」をキーワードに、楽しく、ユーザー目線に立った情報発信を心がけている。2017年からは「ASCII TeamLeaders」を立ち上げ、SaaSの活用と働き方の理想像を追い続けている。

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