AI学習時の著作物使用、アメリカでAI大手企業は“フェアユース”利用を大きく主張
ところで米大統領令のなかには、著作権に関するものとして、270日以内に「米国著作権局局長と協議し、著作権とAIに関する行政措置の可能性について大統領に勧告を出す」という一文があります。「勧告は、AIを用いて制作された著作物の保護範囲や、AI訓練における著作物の扱いなど、米国著作権局の研究で議論された著作権および関連する問題を扱うもの」とされており、米国政府の著作権についての方針がまとまることになりそうです。
この問題を整理するうえで大きな影響力を持ちそうなのが、10月30日を締め切りとして米著作権局が募集していたパブリックコメントです。
様々な企業や機関と同様、AI関連の大手企業の多くも提言を公開しましたが、これについてThe Vergeは「AI企業は著作権で保護されたコンテンツに対価を支払うことに反対している」というセンセーショナルな見出しで報じました。AI企業はコンテンツをAIの学習に利用しているとしても、学習元のコンテンツに対してその対価としてお金を払う気はないというものです。
その根拠は、「フェアユース」というアメリカ著作権法の独特の概念。一定の条件を満たしていれば、著作権者から許可を得なくても、著作物を再利用できるというものです。
メタは「米AI産業は、著作権法が生成AIモデルを訓練するために、著作物を使用することを禁じていないという理解の上に成り立っている」としています。AIの学習は表現を複製することが目的ではなく、パターンを特定することにあるため「権利者の利益を侵害することはない」ため「フェアユースの原則によって正当に保護されている」。フェアユースの目的は「著作権法の厳格な適用が、創造性そのものを阻害するような事態を回避すること」として正当性を主張し、現行の著作権法に変更の必要性はないとしています。
米ベンチャーキャピタルのアンドリーセン・ホロウィッツでは、「現行の著作権法では、統計的事実を抽出するために必要なあらゆる複製が認められているという理解である」「フェアユースの保護がなければ、インターネット検索エンジンのようなユビキタスなテクノロジーは存在し得なかった」としています。すでに検索エンジンの時代から、フェアユースが認められてきたという主張です。
「(権利者への支払いを前提とすると)AI開発者は年間数百億ドルから数千億ドルのロイヤリティ支払いの責任を負うことになる」としたうえ、費用を支払えるのは大手企業だけに限られるため、新興企業の成長の余地がなくなり、情報を公開しない閉鎖的な企業ほど有利になるという別のリスクが生まれ、産業への影響が大きすぎるとも論じています。
マイクロソフトは現在、オープンソースコードで学習させたコードライティングAI「Copilot」に対する集団訴訟を抱えていますが、AIの学習については、フェアユースにより自由にできるという同じ立場を取っています。グーグルなども同様です。有力なIT系NPOのコンピュータ通信産業協会(CCIA)、映画業界団体の米モーション・ピクチャー・アソシエーション(MPA)なども既存の著作権法で十分であるとの立場で、新規の特別な規制を求めていないとする意見書を提出したことを明らかにしています。
何がフェアユースなのかは個別事例によるとされるのですが、米国内ではかなり広くフェアユースが認められる傾向があるため、簡単にこの議論を崩すのは簡単ではないと見られるようになっています。もちろん、それに反対する立場もあるため、最終的な判断が出るまでは確定的にはいえないところですが、アメリカ国内ではAIの学習段階はフェアユースが認められる可能性が高いのではと考えられるようにもなっています。
さらに、生成AIについては、途中経過とはいえ、注目すべき裁判の判断がありました。
10月30日、北カリフォルニア州地方裁判所で、画像生成AI「Stable Diffusion」を提供するStability AIや、Midjourneyなどに対する画家からの著作権侵害を訴える集団訴訟が、大半の部分で棄却されるという結果が出たのです。著作権で保護された作品を無断で使用してAIを訓練したとの訴えでした。侵害しているとする作品と出力結果との実質的な類似性を証明できなかったこと、学習時に原告の作品がどのような役割を果たしたのかを証明できなかったことが理由としてあげられました。出力結果についても、原告の作品と「実質的に類似していない」と判断されています。ただし、その主張についてはさらなる証明をするという修正した訴えを提出することが可能なため、まだ裁判が終わったわけではありません。
アメリカでは現在、生成AIについては学習段階と生成段階を分けて考えるのが基本になりつつあります。
学習段階はフェアユースで考え、生成段階はその出力のオリジナルの著作物との類似性で侵害行為があるかどうかを考えていく。著作権制度こそ違うものの、AIに対する著作権法の運用は日本と近いものになる可能性が出てきました。今のところの動きを考えると、アメリカ政府が著作権に関する新しい包括的な規制を打ち出す可能性は低いように思えます。
日本政府も今年12月に第1稿の発表を目標として、経済産業省と総務省が中心となり、国内のAI企業向けのガイドラインを策定中です。現状は、現行法制を改正するという動きにはなっていないようです。学習段階と利用段階とに分けて解釈をしていくという考えを基本とし、特に利用結果は、AIであろうとなかろうと同じ基準で考えていくというものです。
広島AIプロセスには「国際的な技術規格の開発を推進し、適切な場合にはその採用を推進する」という項目もあります。現実的には、まだ国ごとに思惑もあり、まだまだ足並みは揃わない状況ではありますが、一定のルールが形作られつつあります。
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