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「TechEd 2023」で発表、Copilot「Joule」によるコーディング支援やベクトルデータベースなど

SAP HANA Cloud、生成AI時代に向けた機能強化の狙いを担当幹部に聞く

2023年11月21日 08時00分更新

文● 末岡洋子 編集● 大塚/TECH.ASCII.jp

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 SAPが生成AIの時代に向けた土台整備を急ピッチで進めている。

 2023年11月初旬、同社はインド・バンガロールで「SAP TechEd 2023 Bangalore」を開催し、9月に発表したAIアシスタント/Copilot機能の「Joule」に続き、開発者がAIを利用・活用するための機能を多数発表した。

 今回は現地バンガロールで、「SAP Business Technology Platform(BTP)」およびAI担当の最高マーケティング&ソリューション責任者であるJ・G・チラプラス(JG Chirapurath)氏に話を聞いた。

SAPでBTPとAIの最高マーケティング&ソリューション責任者を務める、J・G・チラプラス(JG Chirapurath)氏。MicrosoftのAzureマーケティング担当VPを経て、2年前にSAPに入社した

――今年の「SAP TechEd」のハイライトは何でしょうか?

チラプラス氏:大きく3つある。

 1つ目は、「SAP Build Code」の発表だ。昨年のTechEdではローコード/ノーコードツールの「SAP Build」を発表したが、SAP Build Codeは“プロコード”、つまりコードを書く開発者向けのツールだ。特にJava、JavaScriptの開発者をターゲットとしている。

 SAP Build Codeはさまざまな特徴を持つが、中でも重要な機能が3つある。まずは(ローコード/ノーコードツールの)Buildの拡張として利用することで、コードスニペットの再利用ができる。次に、SAPのABAP(SAP独自の開発言語)環境との相互運用や併用が可能であり、ローコードとABAP環境の間を仲介する役割も担う。そして最後に、先に発表したCoPilot機能「Joule」を統合されており、Jouleと対話しながらコードを生成できる。

 このSAP Build Codeは、2024年第1四半期に一般提供開始(GA)を予定している。

 

新発表の「SAP Build Code」と、ノーコード/ローコードツールの「SAP Build」、「SAP BTP」およびABAP環境の関係

SAP Build Codeの画面イメージ。画面左にはJouleのウィンドウも表示されている(画像はSAP製品サイトより)

 2つ目は「SAP HANA Cloud」にベクトルデータベース機能が加わったこと。これにより、モデルのトレーニング用にPDF、動画、画像などさまざまなデータをベクトル形式で保存して、必要に応じて使うことができる。類似性に基づく検索も可能であり、ハルシネーションを軽減できる。

 ベクトルデータベースなどの機能がHANA Cloudに追加されることで、新たにデータベースを用意することなく生成AIを活用できる。生成AIの活用にあたって、データレイヤーの構造面で問題になっていた部分を解消し、別途費用も発生しない。

 SAPでは、この機能を2024年第1四半期に一般提供開始する。大手エンタープライズベンダーとして他社に先駆けることができたので、3つの発表の中で私が最も誇りに思っているものだ。

生成AI活用のために「SAP HANA Cloud」にベクトルデータベースが追加される(画像はSAPブログより)

 3つ目として、開発者がAIをアプリケーションに組み込むのを支援するために、SAP BTPに「AI Foundation」を追加する。

 このように、アプリのレイヤー、データレイヤー、プラットフォームそのもので、開発者のAI活用を支援する。

――ベクトルデータベースをサポートしたとのことですが、どのようなユースケースが考えられますか?

チラプラス氏:ベクトルデータベースとRAG(Retrieval Augmented Generation)により、(ERPに蓄積される最新の)データをほぼリアルタイムに活用できるようになる。財務サービス、製造など、データがストリームされるようなユースケースで活用されると見ている。

 ある製造業の早期ユーザーの例では、ハイパースケーラー上にあるIoTインフラで取得したデータをベクトルデータベースに取り込んでいる。この顧客の場合、RAGはまだ利用していないが、将来的にRAGを利用して、AIモデルに最新のデータを組み合わせて活用するという方向性で進めている。

――OracleもベクターデータベースとRAGのサポートを発表しています。SAPの差別化ポイントは?

チラプラス氏:差別化のポイントは、トレーニングに使うデータの種類になるだろう。SAPは50年もの間、業務アプリケーションを提供しており、1万8000社がSAPとのデータ共有に合意している。

 Oracleが(ベクトルデータベース機能の)提供時期を明言しているかどうかは知らないが、われわれはいち早くこの機能を提供する。ただし、この市場はまだまだ新しく、競合との競争は重要ではない。それよりも、顧客が必要としていることに応えること、顧客にとってSAPがより良い存在になることの方にフォーカスしている。

 SAPはパーパスのある技術革新を進めている。われわれは創業から50年以上が経過しており、スタートアップではないが、迅速に動いている。たとえばベクトルデータベースなど、今回発表したAIに関するSAP HANA Cloudの最新機能はすべて社内開発されたものだ。少し前のSAPとはまったく異なる企業になっている。

 パートナーエコシステムも、新しいSAPの重要な要素だ。顧客が必要とするものをすべて自社で提供することはできない。既存のパートナーだけでなく、DataRobot、Databricks、Confluentといった新しいパートナーとの協業も進めている。

――複数の(汎用的な)基盤モデルのほかに、プライベートでも(自社独自の)モデルを構築する動きがあります。顧客がシンプルに、効果的に活用できるように、SAPはどのような支援ができるのでしょうか?

チラプラス氏:SAPは提携により、顧客が主要なLLMを利用できるようにしていく。OpenAI、Llama、Claude 2、Aleph Alpha、Cohereなどと提携しており、今後も顧客の関心が高いものがあれば提携して、SAP BTPで利用できるようにしていく。

 これらは汎用のLLMだが、SAPのプロセス、SAPのデータに特化したものも必要なので、SAP自身も基盤モデルを構築する。SAPのプロセスや文脈が理解できるため、関連性の高い対話が可能になる。

 (今回発表した)AI Foundationは、AIユースケースを構築するツールを一カ所に集めたもので、ここからベクターデータベースの機能にアクセスしたり、AIランタイムを利用することができる。さまざまなLLMにアクセスできる「AI Hub」も備える。

 開発者の使いやすさに加えて、経営層がAIについて懸念しているバイアスなどの問題に対しても、責任(Responsible)、信頼(Reliable)、関連性(Relevant)という“3つのR”で応える。

 例えば、人事でのAI活用に候補者の履歴書を評価する場合、どうしてそのような評価になったのか、そこにバイアスがないのか気になるはずだ。SAPはブラックボックスにせずに、AIが出した評価について説明ができるようにしている。

 SAPはAI倫理を大切にしており、欧州のテック企業の先陣を切って2018年にAI倫理についての方針を発表した。現在、SAPのAIのシナリオは全て、”責任あるAIボード”のチェックを経ている。このボードは、私を含むSAP幹部、製品担当者、弁護士などで構成されている。時間がかかるやり方だが、ここを軽視することはしない。

――ローコード/ノーコードの「SAP Build」と「SAP Build Code」のコラボレーションで、どのようなことが可能になるのでしょうか? また、どのぐらいニーズがあると考えていますか?

チラプラス氏:SAP Build、SAP Build Codeの間で共通のフレームワークを使ってコンポーネントを共有しながら開発ができる。これは、開発者と現場担当の混成チームによるフュージョン(Fusion)開発を可能にする。早期顧客のHenkelでは、そうした混成チームを結成して、アプリの開発中にビジネス側とコラボレーションすることで、効率の良い開発を進めることができたと聞いている。こうしたフュージョン開発は今後さらに増えると見ている。

――生成AIを使ってコードを書くことも可能になりました。生成AIはノーコード/ローコードをどのように変えるのでしょうか?

チラプラス氏:生成AIを効果的に活用するためには、自分が何を求めているのかを示すること、適切な質問をすることという2つが求められる。AIによって開発者の生産性そのものがどの程度改善するのかは、まだわからない。ビジネスユーザーのコンテキストはそれぞれ異なる。

――今回はSAP Build Codeが加わりましたが、これでSAP Buildブランドは完成ということになるのでしょうか。 今後の強化方針は?

チラプラス氏:今後もまだまだ強化をしていく。SAP Buildで目指しているのは、アプリ開発を簡素化し、開発者の生産性を高めることだ。そのための機能を追加していく。コラボレーションの面では、共通リポジトリなどの強化を予定している。またAIについては、現在はバックエンド側で活用が進んでいるが、今後はユーザー体験にも拡大していきたい。

 このように、今後も多数の機能強化を予定しているので、ぜひ期待してほしい。

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