性能は富士山の標高、応用分野の広さは裾野
富岳は、富士山を意味する。
富士山の日本一の標高は、富岳の世界トップレベルの高い性能を指し、富士山の裾野の広さは、富岳の応用分野の広さを表している。
その富士山の比喩において、松岡センター長は、もうひとつの話を新たに付け加えた。
「富士山が、世界的に人気なのは、その姿が美しいだけではない。登山道が整備され、70歳や80歳の人でも登頂できるインフラが整い、山頂には自動販売機まであり、誰もが安心して登ることができる点にある」と語る。
その上で、「富岳もこれと同じで、大規模で、高度な活用により社会課題を解決する役割に利用されるだけでなく、より多くの人が利用できるようにしている。産業利用によって、自社のプロジェクトの推進や課題解決に利用でき、スパコン初心者にも利用しやすいように、仕組みや制度を作ってきた。高度な利用だけに頼っていては、新たなイノベーションは起きない。より多くの人たちに、富岳が使いやすい環境を提供することが大切である」と述べる。
富岳では、世界的にも珍しく、産業利用を促進しているスーパーコンピュータである。
ただ、それでも産業利用できるリソースは15%となっており、利用する際には審査が必要だ。また、富岳を利用したいといったニーズが高く、「半分から2/3は、申請しても落ちている」(松岡センター長)というのが実態だという。
バーチャル富岳
そこで、産業分野の幅広い利用を目指して、富岳に加わる新たなサービスが、「バーチャル富岳」である。
バーチャル富岳は、富岳で利用されているソフトウェアやアプリケーションを、商業クラウド上でも直接利用できる環境を整備。審査を受けることなく、一般的なクラウドサービスと同様に、料金を支払えば利用できるようになる。
具体的には、富岳に採用されているCPUの「A64FX」と同様に、Armアーキテクチャベースで開発されたアマゾン ウェブ サービス(AWS)の「Graviton3」によるインスタンスをAWSが提供。富岳で利用している分子動力学ソフトウェア「GENESIS」などのアプリケーションなどを利用できる。「クラウドの富岳化」と呼ぶ取り組みに位置づける。なかには、富岳で動作させるよりも、AWSで稼働させたほうが高い性能を発揮するアプリケーションもあるという。
現在、各種検証作業を進めており、2023年11月に詳細な内容を発表するとともに、β版をリリース。2023年度中には、正式公開し、多くの人が利用できるようにする計画だ。
誰もが富士山に登れるようにするのがバーチャル富岳
バーチャル富岳によって、富岳の課題を補完することができる。
ひとつは、富岳は公共の資産であるため、創薬などの秘匿性が高い分野での利用が難しいという課題があった。だが、バーチャル富岳では秘匿しながら開発が可能になる。全体の開発は富岳で行い、秘匿する部分はバーチャル富岳で行うといった使いわけも可能だ。
2つめは、クラウドサービスにより、富岳のアプリケーションを容易に利用できるため、より多くの企業に富岳の成果を活用する場が与えられるようになる点だ。企業は研究開発などにおいて、必要なときにバーチャル富岳を利用し、その成果を即時に製品開発に反映できるようになる。また、富岳環境をAWS上で試行し、ステップアップする形でリアルの富岳に移行するといった使い方もできる。研究分野においても、規模が小さい大学の研究室がバーチャル富岳を簡単に利用できる環境も整うともいえる。
さらに、富岳では、海外企業が利用できないルールがあるが、バーチャル富岳であれば、海外企業が、富岳に最適化されたアプリケーションを自由に利用できるようになる。
「日本がソフトウェア分野で世界的にリードしているのはゲーム以外にはないが、バーチャル富岳によって、日本のソフトウェアを利用してもらえる場が生まれる」とする。
そして、バーチャル富岳によって、スパコンの操作環境などを統一でき、ユーザーの利便性を向上できる点も期待される成果のひとつだ。
誰もが富士山に登頂できるように、誰もが富岳の成果を活用できる世界がやってくる。
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