
アニメ・特撮研究家の氷川竜介さんをお迎えして、ガンダムシリーズ最新作『機動戦士ガンダム 水星の魔女』を語る前後編。ファーストガンダムでは「中の人」として関わった経験を持つ氷川さんは、SNSでのバズが途切れない新しいタイプのガンダムをどのように捉えているのでしょうか
ここまで皆が一喜一憂するガンダムは初めてかも
まつもと 今回は「氷川竜介さんと語る『水星の魔女』」ということでお話をうかがっていきたいと思います。氷川さんよろしくお願いします。
氷川 はい、よろしくお願いいたします。
まつもと 今日のお品書きは下記の通りです。さっそく1つ目のコーナーに参りたいと思います。「『水星の魔女』はなぜエポックな作品なのか?」。
バンダイだけどエポックなのはさておき……氷川さんと私はFacebookでつながっているのですが、先日『水星の魔女』について氷川さんが、「まるで初孫が産まれたような不思議な感覚だ」というようなことを書いていらっしゃって。
氷川さんと言えば『機動戦士ガンダム』(1979年)の頃からずっと「中の人」ですから、今回あらためて『水星の魔女』をどのように捉えているのか、おうかがいしたいなと。
氷川 『水星の魔女』は主に物語を追っていたのですが、『(SNSなどで)盛り上がっている人たちを見ているほうが楽しいかも?』と気付いてからほどなくして大騒ぎに……。
僕はそこまでアンテナを全方位に広げているわけではありませんので、すでにアイドルアニメなどでも起きている現象かもしれませんが、少なくともガンダムでこんなにみんなが一喜一憂する現象ってついぞありませんでした。
『機動戦士ガンダムSEED』(2002年)放送時にSNSがあれば賑やかになっていたかもしれませんが。オリジナルでは、強いて言えば『魔法少女まどか☆マギカ』(2011年)以来でしょうか。
まつもと 「初孫」という言葉も印象的でした。
氷川 僕は2024年で65歳になります。もう立派な高齢者なので「初孫」と表現しました。浅沼さん(株式会社バンダイナムコフィルムワークス 代表取締役社長 浅沼誠氏)も「いいね!」を押してくれましたね(笑)
補足すると、僕はまどマギの放送年にちょうどメディア芸術祭の審査員をやっていて、まどマギを大賞に推したのですが、その際に「オリジナルというのは先が読めないことが最大の価値である」ということを大きくアピールしました。原作付きだとどうしても原作の範囲から出にくいのですが、(オリジナルは)一瞬一瞬に驚きがあるんです。
大河内一楼さん(『水星の魔女』シリーズ構成・脚本)も、「みんなに1話ずつ驚いてほしい」と言ってましたね。
配信時代になったことで「1クール分を一気に見られる」ことが海外のスタンダードになっていますが、ガンダムはもともと毎週放送のTVアニメです。特にファーストガンダムは、たとえば第2話と第3話、第3話と第4話のあいだの描写されていない劇中時間に『あれっ、アムロの身に何か起きた?』と思わせる描写が結構多かったんです。あの空いている時間含めて作品だったりもしたので。
まるで「来週の俺が考える」方式で作られているかのよう
まつもと 大河内さんは、そこをだいぶ意識されていたりするのでしょうか?
氷川 大河内さんは『OVERMANキングゲイナー』(2002年)の脚本を務めた際、富野監督の横に席をもらったのですが、富野さんにいろんな人が「これどうですか?」と持ってくるものに対しての反応を間近で見ながら、「富野さんはどんなジャッジメントをするのか?」を吸収した人です。
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まつもと 『水星の魔女』にはかなりそれが活かされている感がありますね。
氷川 その経験の一番最初の発露が『コードギアス 反逆のルルーシュ』(2006年)で、「来週の俺が考えます」と自分に無茶振りしたという逸話があります(笑) 後日、飲み会の席で聞いたら、「すいません、ちょっとツッパって言ったんだと思います。さすがにそこまでじゃないです」と言ってましたが……。
とは言え、「来週の俺が考えます」方式で常に作っていると言われても信じてしまうようなノリですよね、『水星の魔女』は。毎週みなさんがリアルタイムで一喜一憂できて、しかもメインどころに限らずいろんなキャラをいじっているじゃないですか。
なので、コードギアス、まどマギ、『水星の魔女』は結構つながっている感じがしているんですよ。オリジナルってリアルタイムでさまざまな試みができるので、みんなもっとやればいいのに(笑)
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まつもと これまでのガンダムに比べて、キャラ推しの部分が相当強い。サブキャラも含めて思い入れが発生するよう作られている。
氷川 (サブキャラも)短い出番の割に掴みが早いところも優れているし、ある意味でファースト回帰っぽい。ただ、ファーストを真似しているというよりは、今のお客さん向けに踏み込んでいる、と言うべきでしょうか。
ガンダムや『宇宙戦艦ヤマト』(1974年)は何がエポックだったかと言えば、作品の中身もさることながら、送り手と受け手が急接近していたことだと自分は思っています。
送り手の考えていることを、受け手が何倍かにして打ち返す。それをさらに送り手も打ち返して……と循環していく。あいだにメディアは入ってますが。お互いが懐に入ってきたときに割と奇跡的なことが起きる。『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年)もそうかもしれませんね。
そういうことが起きた理由を探る際、作品の内実を掘られることが多いのだけれど、自分は(キャラの)関係性にあると思っています。関係性が重要視される、これって今の時代の新しいかたち/スタイルですよね。
だいたい50年でコンドラチェフの波が来てダメになってしまう、というのが何事も定番ですが、ガンダムシリーズは44年間、その時々のスタイルを取り入れつつ、商売もちゃんとやっている。ロボットを出して「ちゃんと『ガンダム』でしょ?」みたいなアリバイも抜かりなくて感心しますよ。

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