このページの本文へ

前へ 1 2 3 次へ

まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第87回

【第3回】『PLUTO』制作中のスタジオM2・丸山正雄社長、野口征恒氏に聞く

融合に失敗すると「絵が溶ける」!? ベテラン作監が語る令和のアニメ制作事情

2023年05月01日 15時00分更新

文● まつもとあつし 編集●村山剛史/ASCII

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

『PLUTO』の作画監督を務める野口征恒氏にも加わっていただき、昨今のアニメ制作事情をうかがった

前回はこちら

アニメ制作はアナログ作業とデジタル作業の融合だが……

 筆者が3月に文春オンラインに寄稿した記事「『ブラッククローバー』に『異世界おじさん』…アニメの放送休止・延期がなぜ続く?」には、一部のアニメーターの方々から厳しいご意見もいただいた。

 鉛筆から生まれる手描きの原画が、アニメの制作現場の最大のボトルネックになっているような印象を与えてしまったのが原因だが、80年代、90年代の手描き作画アニメを愛好する筆者としても現在のアニメを巡る危機的な状況の全体像を伝えることの難しさを感じた出来事だった。

 スタジオM2でのインタビュー後半は、前半に引き続き共同代表の丸山正雄氏、そして『PLUTO』の制作にも携わるアニメーターの野口征恒(まさつね)氏にお話をうかがった。

『PLUTO』 STORY

憎しみの連鎖は、断ち切れるのか。

人間とロボットが<共生>する時代。
強大なロボットが次々に破壊される事件が起きる。調査を担当したユーロポールの刑事ロボット・ゲジヒトは犯人の標的が大量破壊兵器となりうる、自分を含めた<7人の世界最高水準のロボット>だと確信する。

時を同じくしてロボット法に関わる要人が次々と犠牲となる殺人事件が発生。<ロボットは人間を傷つけることはできない>にも関わらず、殺人現場には人間の痕跡が全く残っていなかった。

2つの事件の謎を追うゲジヒトは、標的の1人であり、世界最高の人工知能を持つロボット・アトムのもとを訪れる。

「君を見ていると、人間かロボットか識別システムが誤作動を起こしそうになる。」
まるで本物の人間のように感情を表現するアトムと出会い、ゲジヒトにも変化が起きていく。

そして事件を追う2人は世界を破滅へと導く史上最悪の<憎しみの存在>にたどり着くのだった―――。

原作:PLUTO
鉄腕アトム「地上最大のロボット」より
浦沢直樹×手塚治虫
長崎尚志プロデュース
監修:手塚眞
協力:手塚プロダクション
(小学館 ビッグコミックス刊)

アニメーション制作:スタジオM2
制作プロデュース:ジェンコ

公式サイトURL https://pluto-anime.com/
Twitterアカウント @pluto_anime_

混在すると、工程を経るうちに精度が悪化する

―― ここからは野口さんにも加わっていただきます。野口さん、よろしくお願いいたします。

野口 よろしくお願いします。記事拝見して、わたしはまったく違和感なかったのですが、タイトルの「未だに手描きの原画に頼る」という部分が、ちょっと強すぎた可能性はありますね。

 現場としては手描きの原画のほうが圧倒的に多くて、デジタル化の必要性は叫ばれているものの、まだまだ少数派というのが実情です。手描きで原画を描いておられる方からすると、タイトルで「何言ってるんだ!」となって、その印象で後の部分で書かれていることが頭に入りづらくなってしまったのかもしれません。

―― なるほど……。じつは記事を公開する前に、複数のアニメ業界の関係者にも原稿は読んでもらっているのですが、「この通りだ」という反応だったんです。なのでSNSで「的外れだ!」というお叱りをいただいたときは正直驚いてしまったのですが、たしかにタイトル、刺激的過ぎたのかもしれませんね……(注:タイトルは一般に編集部によって付けられることが多い)。

 とは言え、あの記事で紹介した国内の動画仕上げ(動仕)スタジオの方のお話は非常に厳しい内容でした。手描きの原画をスタジオから受け取って、デジタルで中割動画や仕上げをしようとすると、昨今の映像の高解像度に対応させるために対応修正や補完を大量に実施しなければならない。

 そしてスタジオは、外部の原画スタッフに対してリテイク(修正依頼)を出せなくなってしまっている、ということなのですが実際いかがでしょうか? 野口様がご存じの範囲で構いません。

野口 『PLUTO』もそうなのですが、制作工程が100%デジタルというわけではありません。必ず融合させる作業が発生します。そこがネックになっているというのは事実です。

 私の場合、完全にデジタル環境で作業しているので、タップ合わせ(紙に原画・動画を描く際、それぞれの位置がずれないように作画用紙には穴が空けられており、そこにタップと呼ばれる金属プレートをはめ込む)もデジタルで再現できます。

 ところが、いったんそこに(別の担当者による)アナログの作業が加わると「デジタルで描いたものをプリントアウトし、タップ穴を空ける」という作業が入ります。

 その過程で「タップずれ」(絵と絵の位置が合わなくなること)が発生してしまいます。これはどんなに注意しても完全に防ぐことは難しいので、上がってきた紙の原画をもう一度スキャンしてデジタルで位置を直し……といった作業が生じます。

野口 それぞれの作業者がどれだけの精度を持って作業するかが問われるわけですが、絵が小さくなればなるほど、ずれは大きくなります。口パクのずれなどが顕著ですね。また、拡大率が微妙に間違っていて、頭が大き過ぎたり小さすぎたり、ということが起こります。

 そういったことが積み重なるうえ、さらに、仕上げに回る間に第2原画や動画といった“原画や作画監督から離れた場所”にいる人たちが、それをなぞっていく際にまた形が変わってしまう。

 その結果、仕上げから戻ってきたものを見て「なんだこれは」ということになるわけです。業界ではこれを「絵が溶ける」と言ったりしますね。

前へ 1 2 3 次へ

カテゴリートップへ

この連載の記事

アスキー・ビジネスセレクション

ASCII.jp ビジネスヘッドライン

ピックアップ