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まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第89回

〈前編〉アニメの門DUO 氷川竜介さんと語る『水星の魔女』

『水星の魔女』はなぜエポックな作品なのか?

2023年06月17日 15時00分更新

文● まつもとあつし 編集●村山剛史/ASCII

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サンライズは「頭のネジが外れた学園もの」が得意!?

氷川 『水星の魔女』で新しくガンダムに付け加えられた世界観は「学園もの」ですよね。しかもただの学園ではない。

 ちょっと露悪的な言い方をすると、サンライズって頭のネジが外れた学園ものが得意なんです。『舞-HiME』(2004年)あたりから始まり、敵が転校してくるコードギアスもそうだし、『ラブライブ!』(2013年)もその仲間と言えそう。

まつもと そこと新しいガンダムをくっつけちゃいますか、という驚きは確かにありましたね。

氷川 そうなんですよ。一時期は学園ものが多過ぎて、私は机が並んでいる背景を見るのも嫌になってましたが(笑)

まつもと 『水星の魔女』の場合も、ありきたりの学園ものではなく対立構造が持ち込まれています。会社まで作っちゃいましたからね。

氷川 『どこ行くの、この話?』と。別に毎回、決闘方向でやっても1クール保つわけですよ、普通に考えれば。みんなが挙げていた『少女革命ウテナ』(1997年)はそれで3クールやってましたからね。にもかかわらず、『水星の魔女』は重層的にこれでもかとさまざまな要素を積み上げている。

「バズらせる」ことへの徹底

まつもと 会社を作る第7話「シャル・ウィ・ガンダム?」の回とか顕著ですけれど、私はSNSでの盛り上がりに注目しています。表まで作っちゃいました。プロローグから13話にかけて、フォロワーがどんどん増えています。

 しかも、マメだなと言うか『すごいな!』と思ったのは、公式アカウントが「フォロワー数20万人達成しました」とかレポートしてくれるんですよ。Twitterのフォロワー数の推移って、他者アカウントは意外と追えないんですよね。これは有料サービスに申し込まないとダメかなと思っていたら、ほかならぬ公式がツイートしてくれていたという……。

氷川 7話は、あのプレゼンがしっかりしていて感心しました(笑)

まつもと 次の回に登場した会社設立後のTodoまできちんとしている(笑) 私もベンチャーの立ち上げに関わったことがあるので、必要な事項がちゃんと入っているなあと。

氷川 先ほどは「頭のネジが外れた」とか失礼なことを言いましたが、おかしさを貫くためにほかのことは全部マジメにやるという、日本アニメの伝統に沿っているんですよね。

まつもと ですね。そしてここから氷川さんのご意見をいただきたいのですが……従来の物語としての見せ場はもちろんありますと。しかし、それらとは別に、明らかに「SNSでこれバズるよね」という部分が毎話必ず2~3個用意されています。これは新しいのでしょうか? 他作品でもたぶん実行されているようにも思いますが。

氷川 やっていると思いますよ。ただ、『水星の魔女』は上手いんですよ。

まつもと そして徹底している。何が徹底しているかというと、Twitterを追いかけていた立場としては、放送後に「ここ面白かったですよね?」と公式アカウントが提示してくるんですよね。象徴的だったのが、会社設立のPR動画。

 公式がすぐにTwitterで公開して、YouTubeにもその部分だけを投稿してすぐに再生数が数十万回に達する。これには相応の事前準備が必要でしょう。

氷川 本当に用意周到ですよね。

まつもと そのあたりもエポックと言いますか、新しいなと感じているんですよね。

氷川 そこは確実にエポックですよ。冒頭でまどマギを引き合いに出しましたが、まどマギは失敗している、と言うと失礼だけれど間に合わなかったんです。みんなグッズが欲しくなるのだけれども、あそこまでヒットするとは思っていなかったので、そもそも作っていないという。

 もちろん人気が安定しても売れはしますが、過熱しているピークのときは入れ食い状態になりますからね。その後、『おそ松さん』(2015年)くらいからかな、妙に早くなったんですよ。バズっているときにガサッとグッズも出てきて『なんでこんな早くなったの?』と。

 それが今回は過熱しているときにグッズどころかスナック菓子まであるんですよ? おかしいじゃないですか(笑)

まつもと ヤマザキビスケットの「エアリアル」ですね。フレッシュトマト味とかネタになりましたね。

 そしてプラモに至っては効果的に発売してはいますが、品切れ続出。私が勤めている大学でも、学生たちから「『水星の魔女』のガンプラが手に入らない」という声を聞いています。逆に言うと、それだけ欲しがっている人が多いということですよね。

 そして、くすぐる仕組みといいますか、Twitterをやっていると嫌でも目に入ってくるんですよ。『水星の魔女』のハッシュタグを辿っていると、「プラモデルさっそく組み立てました」とか「あのシーンを再現しました」というのが、もう本当に1日も経たないうちにボコボコ出てきますから、気にはなってしまいますよね。

氷川 昔と比べてプラモデルの開発が前倒しになっていますよね。

まつもと ガンダムのデザインは好き嫌いが分かれているようですが、若い人は気に入っていますよね、エアリアル。

氷川 そうですね。やっぱり、自分たちに向けた感はどこかにあるんじゃないのかなぁ。

まつもと 大学で歩いていたら、廊下で学生から「先生、『水星の魔女』見ましたか?」と何回も声をかけられました。印象的だったのは「ガンダム見ましたか?」じゃなくて「『水星の魔女』見ましたか?」

氷川 そうなんですよ、「新しいガンダム見ましたか?」ではない。これは自分たちのものにしているということでしょう。ありがたいことだと思います。こういった反応は、近年感じたことがありません。

まつもと それでいて、端々に富野イズムを感じさせる。

氷川 富野さんが考えたのかというようなサブタイトルがズラリと並びますからね。

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