NVIDIA(エヌビディア)は2023年2月21日、小売業界へのソリューション提供における広範な取り組みについての記者説明会を開催した。AIやデジタルツインなどを活用した国内外小売業の導入事例を紹介したほか、日本における「レジなし店舗」実現に向けた取り組みについても言及した。
同社 エンタープライズ事業本部 リテール担当ビジネスデベロップメントマネージャーの中根正雄氏は、「小売業界において成功する鍵は『AIの活用』と『デジタルツイン』だ。NVIDIAでは国内外のパートナーと連携し、小売の様々な課題解決に挑戦している。国内でもPoCの壁を乗り越えて、AIやデジタルインを活用した事例が生まれており、その動きは今後活発化する。パートナーとの連携により、小売業界に向けた提案を加速していく」と述べた。
小売業向けフレームワークを提供、パートナーのソリューション開発を支援
NVIDIAでは「アクセラレーテッド コンピューティング プラットフォーム企業」という方向性を掲げ、グラフィックボード(GPU)などのハードウェアだけでなく、それを効率的に活用するためのプラットフォームソフトウェア、メタバース空間創出や映像分析、ロボット、データサイエンス、さまざまな業界アプリケーションを実現するためのアプリケーションフレームワークを提供している。
「これにより、さまざまなな領域でGPUによるコンピューティングパワーを活用してもらえるようにしている。ソフトウェアはNVIDIAにとって重要な分野であり、現在、NVIDIAのエンジニアのうちの約7割がソフトウェアエンジニアだ」(中根氏)
小売業向けのアプリケーションフレームワークとしては、監視カメラ映像を解析する「Metropolis」、POSデータなどを解析して需要予測などに活用するデータサイエンス向け「Rapids」、メタバースやデジタルツインを実現する「Omniverse」、店舗/倉庫でロボットを活用するための「Isaac」、店舗のデジタルサイネージで顧客とコミュニケーションする対話型AIの「Riva」、膨大な商品群から顧客へのおすすめを提案するレコメンダーの「Merlin」の6つを提供している。
「フレームワークの提供はNVIDIAの重要な役割だ。これらのフレームワーク上で、150社以上のソフトウェアベンダーが『万引き防止ソリューション』などのアプリを開発し、それをシステムインテグレーターが実装する。また大手小売業では、NVIDIAのフレームワークを利用してソリューションを内製する動きもある。ユーザー企業を含むパートナーエコシステムを通じて、ソリューションを実現している」(中根氏)
インテリジェントなストア構築で「レジなし」実現
小売業界におけるAIの活用は急速な勢いで進展しているという。
「小売業界では、消費行動の変化、安全性と収益性の確保、人件費とコストの削減、自動化への取り組みなどさまざまな課題があり、俊敏性を持ったかたちでこれらを解決する必要がある。なかでもAIを活用した業務負担の軽減や効率化を図る動きは顕著になっており、2028年に向けて小売業界におけるAI市場の規模は大きく成長すると予測されている」(中根氏)
中根氏は、小売業界におけるAI活用例のトップ4である「インテリジェントストア」「インテリジェントQSR(クイックサービスレストラン)」インテリジェントサプライチェーン」「オムニチャネルマネジント」のそれぞれにおけるNVIDIAの取り組みを紹介した。
「インテリジェントストア」では、来店客の導線や商品を手に取る行為などのカメラ映像分析、デジタルサイネージを見ている顧客の判別による広告表示の最適化、センサーやカメラを活用した在庫管理、カメラ映像による万引き防止(資産保護)、レジなし店舗の実現などを挙げる。
NVIDIAでは2023年1月、万引き防止のためのアプリケーションを迅速に構築、展開するための「Retail AI Workflow」を提供。これは商品損失防止AIワークフロー、複数カメラによる追跡AIワークフロー、小売向けAI分析ワークフローで構成されており、「セルフレジでのスキャンミスをはじめとした万引き防止や、店舗内の複数の映像を組み合わせて、特定の人物を追跡し、動線などをAIで分析できるようにしている」(中根氏)という。
米最大手のスーパーマーケットチェーンであるKroger(クローガー)では、ソフトウェアベンダーのEverseen(エバーシーン)が持つ万引き検知アルゴリズムを採用。2300店舗において、監視カメラを活用したセルフレジ/有人レジの監視を行っている。
また仏大手スーパーマーケットのCarrefour(カルフール)では、スタートアップ企業の米AiFi(アイファイ)が持つ自律店舗技術を採用してレジなし店舗を実現。天井に配置された複数のカメラ映像をもとに来店客を個別認識し、来店客がそのままエコバックに商品を入れ、店舗を出ても、会計が行われるようになっている。さらに、収集したデータを分析してマーケティングにも活用できる。中根氏によると、NVIDIAは日本でもAiFiとの連携ソリューション提案を進めているという。
「(AiFiのソリューションは)食料品店や小規模ストア、スタジアム内店舗、オフィスビル内店舗などに導入されている。人件費が削減でき、万引き防止などの効果があるため、これから日本でも増加するだろう。今後は、学校や工場など新たな形態での出店の可能性が広がる」(中根氏)
日本ではセキュアが、東京・新宿の住友ビルに無人店舗「SECURE AI STORE LAB」を出店。同社のセキュリティシステムとAiFiが持つ無人店舗ソリューション、NVIDIAのGPU技術を連携させたもので、2023年春からは一般の人も広く利用できるようにする。
また札幌でドラッグストアを展開するサツドラでは、AWLが開発したAIアプリケーションを利用するとともに、高い演算能力を持つ「NVIDIA Jetson Orin」を採用。10台以上のカメラから収集した映像データをリアルタイムで処理しているほか、AIアプリケーションの総コストを4分の1に下げることができたという。
さらにNVIDIA Jetson Orinでは、ヘッドウォータースやセキュアとの連携により、カメラ映像をもとに、店舗内の混雑状況をリアルタイムで可視化するソリューションの開発も進めているという。
ファストフード店舗、サプライチェーン、オムニチャネル管理の課題解消も
2つめの「インテリジェントQSR」は、いわゆるファストフード店における取り組みを指す。ドライブスルーの待ち行列管理、自動車ナンバープレートの自動認識、マルチモーダルレコメンドなどの「顧客体験の向上」、顧客統計分析や衛生管理、店舗内外のセキュリティを強化する「ストア分析」、需要予測や従業員配置予測、食品の安全性などによる「予測と最適化」といったAIの活用用途があるという。
米マクドナルドではMetropolisフレームワークを活用し、パートナーであるIKARAのソリューションを店舗全体に導入。監視カメラ映像を利用して、業務の効率化や顧客体験の改善を実現したという。
3つめの「インテリジェントサプライチェーン」では、サプライチェーン全体の予測のスピードと精度の向上、ロボットなどを活用したスマートな倉庫の実現、配送ルートの最適化などの「ラストマイル配送」実現が鍵になるという。
米大手小売のウォルマートは、GPUを活用して膨大なデータを機械学習により解析し、需要予測の精度を3%改善することで大きな効果を上げた。またドミノピザでは「NVIDIA DGX-1」サーバーとRapidasライブラリを活用してデータサイエンスプラットフォームを強化。その結果、モデルのトレーニング時間が1/72に、また注文準備の予測の精度が75%から95%に改善される効果が生まれている。さらに米Krogerでは、OCADOの自動倉庫を活用したカスタマフルフィルメントセンター(CFC)の導入において、AIや先進的なロボティクス技術を活用しているという。
日本では、Telexistence(テレイグジスタンス)のAI技術を活用して、ファミリーマートの主要300店舗のバックヤードでロボットによる飲料水の補充作業を実現。ここでもNVIDIAのハードウェア技術が採用されている。
最後の「オムニチャネルマネジント」では、AIによる対話型サイネージの実現や、eコマースによるパーソナライズした提案を実現。さらに、AIを活用したサイバーセキュリティ対策などの取り組みがあげられるという。
中根氏は「AIを活用したパーソナルスタイリングを提供しているStitch Fixでは、画像検索を活用して、購入者が欲しい商品にたどり着きやすくし、買い物体験を高度化している」と紹介した。
小売業におけるデジタルツインの活用事例も多数紹介
メタバースやデジタルツインを実現するOmniverseの、小売業における活用事例についても紹介した。中根氏は「小売業界ではデジタルツインに取り組んでいる企業が多く、物流工程のシミュレーション、実空間とデジタル空間を連動させた在庫管理、メタバース空間での買い物体験の提供といった事例がある」と説明する。
米大手ホームセンターのLowe's(ローズ)では、デジタルツインにより展示在庫の管理を行ったり、顧客の動線をシミュレーションしたりして、最適な場所への商品展示を行っている。また、従業員は店舗においてARを活用しており、商品を見るだけで在庫に関する情報などをARゴーグル上に表示し、すぐに確認できるという。
そのほかPepsiCo(ペブシコ)では、物流センターのデジタルツインの実現により、仮想空間のなかで最適な物流レイアウトをシミュレーションし、最適なスループットを実現。Amazon Roboticsでは、NVIDIA Omniverse EnterpriseとNVIDIA Isaac Simにより、倉庫のデジタルツインを構築。倉庫の設計とフローを最適化し、生産性が高いロボットの稼働を実現しているという。