業界人の《ことば》から 第525回
CrunchyrollやEMI出版部門の買収など、成長投資へのサポートで実績
ソニー新社長選出はさらなる成長の足掛かりになるか
2023年02月13日 09時00分更新
「成長にこだわっていく。成長をしつづけることにより、お客様に選ばれ、社員を元気にし、優秀な人材を集め、企業価値を高め、社会に還元するポジティブスパイラルを生み出したい」
最大の貢献は、成長投資のサポート
ソニーグループの十時(ととき)裕樹副社長兼CFOが、2023年4月1日付で、社長 COO兼CFOに就任する。会長兼社長 CEOの吉田憲一郎氏は、会長 CEOになる。
吉田氏に続いて、2代続けてCFOからの社長への就任は、ソニーグループの歴史のなかでも初めてだ。
一般的に、経営が悪化した際には、財務部門の経験者が社長に就任し、財務面を軸に経営体質を改善するといったことが行われるが、ソニーグループの場合は、2021年度実績で売上高、営業利益で過去最高を更新。2022年度も売上高は過去最高を更新する見通しであり、その方程式は当てはまらない。
だが、CFOからの社長就任には意図がありそうだ。
吉田氏は、十時氏が社長就任後もCFOを兼務する理由として、「CFOは、事業に対する深い理解が必要であり、COOの職務とも密接に関わる役割である。そこで、CFOを兼務してもらうことにした」と語る。
また、十時氏自身も、「ソニーグループのCFOは、歴史的に役割が幅広く、戦略にも、オペレーションにも関わってきた。そうした経験は、社長になるときに役立つ。全体を俯瞰することや、数字を読み解くこと、事業との対話、投資家との対話においても役に立つ」と語る。
ソニーグループのCFOは、財務戦略を担当するだけでなく、成長戦略に深く関わる存在であり、それはまさに経営戦略そのものである。
吉田氏は、十時氏のCFOとしての評価に触れながら、次のように説明する。
「最大の貢献は、成長投資のサポートであった。コンテンツIPでは、アニメ配信のCrunchyrollをはじめ、DTC(Direct To Consumer)領域における買収を推進し、音楽出版会社のEMIミュージックパブリッシングの買収では条件交渉を含めてリードした。また、CMOSイメージセンサーに関しては、事業部側と綿密な議論を重ね、リスクをマネージしながら、投資をサポートした。さらに、現在の中期経営計画における2兆円の戦略投資枠の設定をリードし、これが、グループ全体の成長マインドの向上につながっている」とする。
ソニーグループが戦略投資の一環と位置づけている自己株式の取得では、投資機会や財務状況を勘案しながら、2018年以降に約5000億円の自己株式取得を推進した経緯も示す。
さらに、吉田氏は、成長に対する十時氏のこだわりを高く評価する。
「2022年7月に、指名委員会で最初に議論をしたときに、十時の強みとして挙げたのは、成長に対する強い意思であった。これは経営者にとって重要な資質である。そして、会社の成長が、働く社員の成長にもつながるという思いも持っている」とし、「今回の人事は、グループ経営体制の強化を目的としたものであり、ソニーのさらなる進化と成長を目指すことになる」と説明する。
十時氏自身も、自らの経営スタイルを、「成長にこだわる」と言い切る。
「企業や事業は、成長が停滞するとネガティブスパライルに陥る。成長をしつづけることにより、お客様に選ばれ、社員を元気にし、優秀な人材を集め、企業価値を高め、社会に還元するポジティブスパイラルを生み出したい。事業ポートフォリオは、静的ではなく、動的なものであり、それを捉えながら、いまの事業をそれぞれに強化し、パーパス(存在意義)のもとで、事業を進化させ、成長させることに全力で取り組む」と語る。
ソニーのパーパスは、「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」である。
「パーパスで示しているのは、ひとことでいえば、『感動バリューチェーン』を広げていくことである。吉田が定義したパーパスを、私が定着させ、具体的なものにしていく。ソニーグループは、感動を創り、届けることでビジネスをしている会社である。これを太く、厚いものにしていく。説明をしなくても、そうしたイメージを持ってもらえる会社にしたい」と述べる。
ソニー銀行の創業
十時氏は、1964年7月、山口県出身。1987年にソニーに入社して以降、ロンドン駐在などを含めて、長年、財務の業務に携わってきた。
大きな転機は2002年だ。ソニーを退社し、自らソニー銀行の創業を主導。2002年2月にソニー銀行の代表取締役に就任した。
「スタートアップの精神で新たな事業を起こし、経営を行った経験は、いまの経営に対する価値観の基礎を形成している」と、このときのことを振り返る。
2005年6月には、ソニーコミュニケーションネットワークの取締役兼執行役員専務に就き、2013年4月には同社から社名変更したソネットエンタテインメントの代表取締役執行役員副社長 CFOに就任した。
2013年12月にはソニーに復帰。業務執行役員 SVPに就任して、事業戦略やコーポレートディベロップメント、トランスフォーメーションを担当した。
2014年11月にソニーのグループ役員に就任するとともに、ソニーモバイルコミュニケーションズの代表取締役社長兼CEOに就任。Xperia(エクスペリア)ブランドのスマートフォン事業を担当した。バトンを受け取ったときには、赤字を計上するなど厳しい状況にあり、「アップルやサムスンにパワーゲームを仕掛けても勝ち目はない」と冷静な判断を下す一方、「冒険的な製品が登場する環境を作らなくてはならない」と、成長の場づくりにも余念がなかった。
2016年4月にはソネットの代表取締役執行役員社長に就任。2017年6月にソニーの執行役 EVP CSOとして中長期経営戦略や新規事業を担当した。
そして、吉田氏がCEOに就任した2018年4月にはソニーの代表執行役 EVP CFOに就任。2018年6月には代表執行役専務 CFO、2020年6月に代表執行役副社長兼CFOを経て、2021年4月に、現任のソニーグループ 取締役 代表執行役副社長兼CFOに就いた。
吉田氏とは、同氏がソネット(ソニーコミュニケーションネットワーク)の社長に就任した2005年から一緒に仕事をしており、「外部環境を俯瞰した戦略的な視点を持ち、多くの気づきと学びを得ることもできた」と十時氏を評するほど、絶対的な信頼を寄せている。
吉田氏は、「ソニー銀行を自ら企画、創業し、代表取締役として経営に携わった経験があり、2014年からはソニーモバイルのトップとして、大組織を直接指揮した経験もある。企業価値向上に向けて、より大きな貢献をしてくれると確信している」と、十時氏の社長としての手腕に期待する。
経営の要諦は、勇気と忍耐にあり
十時氏は、経営の信条として、「経営の要諦は、勇気と忍耐にあり」をあげる。
「リスクを見極めた上で判断し、決める勇気が必要であり、時には逆風や矛盾があっても、それに耐え抜く忍耐力の重要性を感じている」とする。
その上で、「不透明な世界経済、地政学リスク、エネルギー問題、自然環境問題など、取り巻く事業環境の不確実性が一層高まっている。一方で、AIに代表されるような急速なテクノロジーの変化がある。これを、事業のさらなる成長につなげることができるのか、逆にディスラプトされるかは、紙一重であるという危機感がある。事業環境の大きな変化や、テクノロジーの変化のなかで、グループとしてのレジリエンスを高めていく鍵は、多様性の進化である。事業や人材の多様性はソニーのDNAでもあるが、多様性はさらに進化させるべきである。社内外の様々な属性、経験、専門性を持った人材がソニーに集まり、発想や創造力を開放することで未来を共創し、個人も、企業も成長し続ける姿を目指したい」と語る。
社長交代のタイミングは、中期経営計画の最終年度に差し掛かる時期であり、好調な業績を見ると異例だともいえる。
吉田氏は、「経営は、より長い視点で進めており、外部環境の変化やテクノロジーの大きな変化のなかで、経営体質をより高めることが今回の人事の狙いである。私の役割は、最終的には責任を取ることであると認識している。ソニーグループの経営は、チームとして運営してきたが、COOを新たに加えることで、キャピタルアロケーション、事業間連携、事業ポートフォリオマネジメントの着実な実行を強化することができる」と語る。
ソニーグループが、より強力な成長に踏み出すためのトップ人事になる。
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