佐々木喜洋のポータブルオーディオトレンド 第163回
CRI D-Amp Driverを体験、家電や自動車で培ったHi-Fiにはない視点が特徴
モノが足りない時代だからこそ求められる、シンプルで低コストなフルデジタルアンプ
2022年12月08日 15時00分更新
画像や音声のエキスパートであるCRI・ミドルウェア(以下、CRI)が、画期的なフルデジタルアンプ技術「CRI D-Amp Driver」(ダンプ・ドライバー)を開発した。先日それを応用した試作のフルデジタル・ヘッドホンアンプを試聴する機会を得た。
フルデジタルアンプとは?
フルデジタルアンプとは端的に言って「DACを使用しないデジタルアンプ」のことだ。この方式はパワーDACとも呼ばれ、ある意味、DAC自身が信号を増幅する機能を持っていると捉えることもできる。既存製品ではソニーの「S-Master」やクアルコムの「DDFA」などが知られている。
通常のデジタルアンプ(Class Dアンプ)は、マルチビットのPCMデータをDACを通してアナログの信号に一度変換、このアナログ信号を再度1ビットのPWM形式に変換して増幅する。入ってくるのがデジタルの信号なのだから、デジタルのまま増幅できそうに思えるが、そう簡単ではない。
音を増幅するには、デジタルアンプの中で大きな電流を開け閉めする長さを調整する必要がある。PCM形式のままではそれができないので、それに適したパルス幅変調のデータが必要となる。これがPWM(Pulse Wide Modulation)だ。ただし、この変換経路は複数の回路を経る複雑な経路なので音の劣化が生じやすい。このデジタル⇔アナログの変換をなくせるのがフルデジタルアンプである。
家電や自動車で培われた、シンプルな回路設計
冒頭で「開発」と書いたが、CRIのD-Ampが用いる技術は10年以上前から使用されていたものだという。
CRIは市販ゲームの音声や映像のミドルウェアではデファクトスタンダードと言っても良い存在だが、同時に家電や自動車などの音声出力も手がけていた。こういった機器ではインタラクティブに音声を出す必要があり、ある意味ゲームに似ていたからだという。そうした業界で、コストの制約に叩かれながらも良い音を目指して培われた技術がCRI D-Amp Driverの開発につながったというわけだ。
しかし、高級車のメーター起動音のように、顧客から音質の高さが求められるケースも増えてきている。より詳細にテストや測定を重ねているうちに、CRI D-Amp Driverの特性が予想よりも優れていると確認できた。そこでHi-Fiオーディオ向けの新たに取り組みを始めたという。つまり、オーディオ業界にしてみると新しい技術であるわけだ。
家電や自動車に使われるような音声出力技術が、Hi-Fiオーディオに向くはずがないと思う方も少なからずいることだろう。しかし、この技術のキーは実はそこにあるのだ。それは、省パーツという考え方が、シンプル・イズ・ザ・ベストの回路設計というオーディオ的な考え方につながるからだ。
また、開発チームには、過去にオーディオメーカーに在籍していた人も少なくない。開発陣から話を伺っていても、まるでオーディオメーカーを取材をしているような感覚があった。
バックグラウンドノイズの少なさが大きな特徴
CRI D-Amp Driverには他のデジタルアンプにない独自の特徴がいくつかある。
まず、スイッチング周波数が44.1kHz~48kHzとほかのデジタルアンプに対して極めて低い点が挙げられる。通常のデジタルアンプでは、スイッチング周波数が数百kHzから1MHzを超えるくらいが普通であり、オーディオの世界ではそれが常識と思われてきた。しかしスイッチング周波数が高いということはそれだけノイズの発生回数が多いということでもある。
CRI D-Amp Driverは、特に可聴帯域のノイズが少なく、16bit音源の最小の1ビットが測定できるほどの驚異的な低ノイズ性を有している。これはにわかには信じ難いが、測定でも証明されている。添付図1がCRI D-Amp Driverで1bitの正弦波を測定した特性だ。一番下の緑の線に着目してもらうと、小さいなりにキレイに正弦波の形をしているのが分かる。これに対して、添付図2が一般のデジタルアンプを測定したもの。下の緑線を見てもらうと、あるべき信号がノイズに埋もれて見えなくなっているのが分かる。こうしたノイズの多くは、抵抗の熱雑音をはじめとしたバックグランドノイズだという。CRI D-Amp Driverでは、回路をシンプルにした結果、こうしたノイズの影響を受けにくいそうだ。そして、この測定結果を見たことが、CRIがオーディオの世界に踏み出そうとしたきっかけなのだという。
ほかの測定結果でも、CRI D-Amp Driverのゼロ信号のときの残留ノイズは、一般的な数万円のデジタルアンプを遥かに凌ぎ、数十万円のスタジオ用アンプに匹敵するほどだという。特に20Hzなどの超低域でその差が大きいそうだ。
家電で培った低コストが大きな魅力
この結果に対して私は、「回路はシンプルでもCRI D-Amp Driverは高価なパーツを使用しているのですよね」といささか意地悪な質問をしたのだが、その解答が次のCRI D-Amp Driverの特徴でもある。
CRI D-Amp Driverの次の大きな特徴は、汎用の低価格な部品で組むことができるということだ。これは家電などコスト要求の厳しい業界で鍛えられた技術でもあるからだ。近年オーディオ業界では、DACや半導体不足が叫ばれているが、実のところその影響は家電や車などの業界ではより致命的だという。また特定のメーカーのチップに依存したくないという考え方も同じだ。オーディオ業界でも市販DACチップを廃してディスクリートで組む方向性が模索されているが、これもその一つと考えることができるだろう。
CRI D-Amp Driverは汎用のチップ、マイコン、FPGAで作りたいという業界の要望に応えられる。実際にさきほどの問いの答えも驚くほど安価なパーツで組んだもので、文字通り学生の工作程度のコストだという。
CRI D-Amp DriverはPWM変換をするマイコンやFPGA等の制御部分と増幅を行うH-ブリッジと呼ばれる部分から構成されている。この二つはどちらも特定のメーカーのパーツに依存していない。つまりCRI・ミドルウエア社はハード自体ではなく、制御部分のソフトウェア、回路方式、及び特許などをIPとしてライセンス販売しているというわけだ。
高レベルな音の再現力
CRI D-Amp Driverを試聴してみた。まずスピーカー用のデモユニットで試聴してみた。これはハードは汎用部品で組めるというリファレンスモデルでもある。
写真中、緑のボードがPWM変換を行うFPGAの部分で、青いボードがスイッチングアンプであるCRIが作成したHブリッジ回路だ。小さい青いボードがPCの「Foobar 2000」で再生した楽曲をUSBで受け、I2Sバス用に変換する汎用ボード(入力系)である。デモユニットがI2S信号を受けるために用意している。アンプから伸びる濃い青いケーブルがスピーカーに接続されていて、それぞれのボードにつながる黒いケーブルは電源用だ。
音を聞いてみると、たしかにかなり高いレベルの音質であると感じられた。ボーカル曲では声質がうまく再現されている。声がすっきりとして雑味が少ない端正な音だ。また打ち込み系では、低音の打撃感がとても鋭く緩みが少ない。アンプの電源は測定器につながっているが、瞬間的な電流供給がとてもスムーズにできていることも分かる。スピーカーを正確に駆動する際に重要となるダンピングファクターの数値もかなり優秀なようだ。
発熱のないA級アンプのような滑らかな音
CRI D-Amp Driverで構成されたヘッドホンアンプのデモ機も試聴できた。このヘッドフォンアンプは、PCからはUSB DACのように見える。
試聴してみると、とても滑らかで美しい音が再現されているのが分かる。音の歯切れも良くデジタルアンプらしい良さもあるが、サウンド自体は乾いた音ではなく、良い意味でデジタルアンプらしくないサウンドだ。先のスピーカー用のデモよりもさらに良い音であると感じられた。
これもパーツなどにかかるコストを聞いてみたところ、いいところ数万円の製品になる程度で済むという。音的にはとてもそんな価格のアンプとは思えないようなレベルが高い音で、まるで発熱がないA級アンプのような不思議な感じでもある。
さらに現在、日清紡マイクロデバイスと共同開発中のHブリッジをIC化したチップを見せてもらった。写真の小さな黒い四角がHブリッジ回路をチップ化したものだ。このようにCRI D-Amp Driverは汎用の部品で組むことができ、小型化できる可能性も持っている。
完全ワイヤレスイヤホンへの搭載や空間オーディオ処理の統合も検討中
将来的な展開として、SoC(System on Chip)やSiP(System in Package)などに落とし込み、完全ワイヤレスイヤホンの中に入れる可能性もあるそうだ。CRIでは空間オーディオも研究していて、統合していく戦略も検討しているという。
「モノがないから作れない」というところから、「シンプルだから部品がない時代に合う」技術が生まれた。そして、「シンプルだから音もいい」。これを体現したのが、CRI D-Amp Driverだと言える。
先日紹介したMEMSスピーカーなどもそうだが、いままでは考えもしなかった業界の技術が、オーディオに取り込まれるようになってきている。これはとても興味深いことだと思う。
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