お寺として使い続けるには免震しかなかった
── そこで本堂の免震改修をしたのが清水建設だったと。清水建設の中には寺社仏閣の専門部署があるんでしょうか?
渡邉 社寺建築・住宅部という部署がございます。そもそも清水建設の成り立ちとしては、1804年に清水喜助というものが宮大工として日光で修業を積んだ後、東京で大工業を開業したのが始まりです。江戸城造営等で腕をみがき、寛永寺さんや浅草寺さんといったお寺さんの出入り大工として信頼を得ながら事業を広げていった。そういったこともありまして、大手ゼネコンとしては唯一そういった専門部門を設けています。
── 他のゼネコンに寺社部門はないんですか?
渡邉 そうですね、チームなどはあるかもしれませんが。そうした中、清水建設は出入り大工の精神で神社さまや寺社さまとお付き合いを続けてきていると。西新井大師さまとは昭和47年落慶ということで、ご本堂を建て替えられるときからのお付き合いになります。
── そこで免震か耐震かという話をしたと。なぜ免震にしたんですか?
渡邉 耐震ですとご本堂正面の大きな開口部をつぶさないといけませんし、基本的には外観を変えることになり、今までとは使い方が変わってきてしまうんですね。それに耐震と言っても大きな地震が来たときに多少は壊れてしまうので修繕期間が必要になるんです。免震ですとゆっくり揺れることで屋根瓦も落ちませんし、仏像などの倒れては困るものも倒れにくくできます。西新井大師さまには地域の方々が避難をされることもありますし、震災時にも継続的にお参りができるように、ということでご判断をいただきました。
── これまでと変わらない状態で使い続けられることが大事だったと。西新井大師さんには地域の方々だけでなく観光客も来ると思いますが、観光施設として求められる要件というのはどういうものがあるんでしょう。
酒井 まず、お寺に限らず、建物というのは安らぎを醸し出す景観に即した形でなければならないと思うんですね。いま東京都心を見ると、森の中にビルが建っていますよね。慣れているのでそれが自然な光景になっておりますが、木があり、森があるのが本来の自然。その中で、景観というものを考えた上で建物があるというのが普通かと思うんです。
それと維持管理ですね。新しい建物ではありませんから、割れが入ったり、色落ちが出たり、ゆがみが出てきて、それを管理していく維持費は相当かかってくると。ですから、そういうものを考慮して作らなきゃいけない。
あとはやはり雑踏時ですね。先日、韓国のソウルで痛ましい事故がありましたが(梨泰院群衆事故)、コロナ明けともなりますと、ああいうリバウンドがあるかなと心配です。ですから、雑踏時の危険を想定した参拝者、参詣者の動線を考えないといけない。
本来ならゆっくりしてもらいたいんですよね。しかし、そこに雑踏があって危険があるという状況ならば、できるだけすみやかに移動してもらわないといけない。ですから建物内にそれを考慮した動線を作らないといけない。また地震や火事なども想定しないといけない。そのときいかに避難できるかという点も建物に求められる重要なところかなと。
それを総合して考えますと、総じて寺社仏閣には、老若男女を問わず、多くの方が参詣されますので、時を選ばず訪れる地震、火災、事故などの災害があったときには、安心・安全な建物が要求されるのではないかと思うんですね。
── 実際、免震の実力を感じられる場面はありましたか。
酒井 本堂ができあがってちょっと落ち着いたというとき、東日本大地震という大きな地震があったんです。巨大な揺れでしたから、ほんのちょっとはものが落ちたりということはありましたが、大きな被害がなかったということが一番安堵しました。今回の施工が本当によかったと感じましたね。これもすべてお大師さまの御利益であると。
── さすが厄除け大師ですねえ。
工期は7ヵ月、工事中も「安心・安全」に
── そんな免震改修ですが、ご苦労はありましたか。チーム内で揉めるとか。
渡邉 そうですねえ、「そんな期間でできるか!」みたいな……。
── 超短期工事だったと。具体的にはどれくらいだったんですか?
渡邉 約7ヵ月です。節分が明けてから七五三までにということでしたので、実質工期が7ヵ月程度しかなかったんですね。
── 半分は年内、残りは翌年というわけにはいかないんですか。
渡邉 免震ですと、全部を入れてしまわなくては効果が出ないんです。途中で止めてしまうとそこは補強して固定しておくしかないという状況ですし。今回もうひとつの計画として、本堂の増築工事というのがございまして、いくつもの工事を並行して進めないといけないという事情もあり、そこをいかにおさめるかがかなり大変でした。
── 工期以外に難しかったことはありましたか。
渡邉 工事期間中の耐震性の確保です。その年は細かい地震が多かったんです。近年に比べると1.5倍くらい多くて。けれども免震化にあたっては一度柱をぶったぎらないといけないし、壁も壊さないといけない。そのとき耐震性がなくなる状況が出てくるので、解体するときには仮の耐震を設けなければいけない。期間が短いので進めたい気持ちはあるんですけれども建物を危険にさらすわけにはいかないということで、なかなか大変でした。
── 具体的にはどうやって耐震性を確保したんですか?
沼田 建物内に仮設用のブレースを設置しました。斜め材を鋼材で組んで入れて、コンクリートにアンカーを打って止めて。それだけでは足りなかったので建物外からも斜め鋼材を組み合わせたりしましたね。
渡邉 担当者から「(免震改修を)やりたいんです」というのを「(仮補強が完了するまで)待て待て」と言いながら進めていきました。
── 新たに耐震改修をされた山門についても伺えますか。
渡邉 山門自体の創建は江戸時代なんですが、その耐震性を高めていこうということでした。これまでも地震を受けて揺れたり傾いたりしているので、そうしたものの修繕補強をしています。
── 具体的にはどんな形で補強されたんですか。
沼田 外から見えないように鉄骨フレームを入れています。そのために内部の建物の木軸部分を3Dスキャナーで取って、いかに鉄骨を入れればいいかということを考えて。
── すごい、3Dスキャンですか!
沼田 山門の内部には木材が入り組んで配置されているんですよね。特に小屋裏は至る方向に入っている状態なのですが、既存部材を傷めず補強をしなければいけない。それと、文化財を残していく上では、今できる最良の方法で補強をするんですが、後々もっと良い補強方法ができたとき、今回つけたものを取り払い、また新しい補強をするという考えが必要なんです。その意味で、既存部材がどう入っていて、新しい部材をどう入れていくかということを考えていく必要があるんです。3Dは使いはじめたばかりなんですが、そういった形で活用できるのではないかと。
── おおっ、まるでデジタルツインじゃないですか。
沼田 3Dスキャンなら半日もかからず、どんな部材があるかを確認できますしね。その中でおおまかな鉄骨のフレームを組んでいきました。たとえば仁王様が正面に配置されており、そこに鉄骨は入れられないので裏側のスペースを使おうということになって。
── 山門の位置も以前とは変わっているんですか?
沼田 もともと山門足元の礎石下には「ろうそく石」と呼ばれる基礎石が埋められていたんですが、それも文化財になってくるので、境内のいろんな配置も含めて検討した結果、6m境内側に移動することになりました。新しい配置では現在の建築技術で杭を強固な地盤に固定した上で、山門を曳家(ひきや)して、その中に鉄骨を組み込みました。木造山門建屋を曳家して、ほどいて、補強して、組み直すという面白い工事をやらせていただきました。
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