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ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情 第692回

フランスの新興企業が開発したIoT向けチップGAP AIプロセッサーの昨今

2022年11月07日 12時00分更新

文● 大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/) 編集●北村/ASCII

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RISC-Vコアが外部メモリーを参照せずに処理できる範囲に
ネットワークの大きさに留める

 では低消費電力をどうやって実現したのかを説明しよう。GAP8のベースになるのは、2013年にスタートしたPLUPプロジェクトだ。これはRISC-Vベースのオープンソースなハードウェアを構築するというもので、IoTからHPCまでさまざまな用途に向けたRISC-Vコアとその周辺回路、さらにはソフトウェアまで手がけるものである。

PULP(Parallel Ultra Low Power)プロジェクtpは、チューリッヒ工科大のIIS(Integrated Systems Laboratory)とボローニャ大のEEES(Energy-efficient Embedded Systems)グループが共同で始めたものである

 このPULPプロジェクトで提供されるCV32E40P(かつてはRIS5Yと呼ばれていた)コアを9つ統合したものである。

うち8コアが、実際に推論を処理するクラスター部で、残り1コアはSoC全体を制御している(この画像には明示されていない)

 もう少し詳細な構造図が下の画像だ。個々のコアはいずれもRV32ICM(整数演算、縮小命令、乗徐算)をサポートした32bit RISC-Vコアである。CV32E40Pはパイプライン段数4段のインオーダーの構成で、効率はともかくとして絶対性能はそれほど高くない。

左のSoC部は、いわゆる典型的なMCUのもの。FC Subsystemの中に9個目のRISC-Vコアが搭載されているようだ

 もちろん上の画像にもあるように、FC(Fabric Controller)側に512KBの2次キャッシュが搭載され、またクラスターの側には16KBのTCDM(Tightly-Coupled Data Memory)がファブリック経由で複数個搭載されている。

 クラスター側のコアはTCDMで処理をして、このバックアップとしてFC側の2次キャッシュが利用される格好だ。命令キャッシュとしてはFC側に1KB、クラスター側に4KBが用意されている。

 アプリケーションプロセッサーだとしたらこれはかなり少ない方だが、32bitのMCUコアであればこれで十分であろう。ちなみに、SoCの外にHyperBusと呼ばれるI/Fを利用して、SRAMないしフラッシュメモリーを外部に搭載することもできる。

 ただこれだけ見ても、なぜこれでAIの推論が高効率に行なえるのかさっぱりわからないだろう。この鍵を握るのが、GreenwavesのGAPflowというソフトウェアである。GAPflowは大きく2つのツールからなる。

GAPflowにある2つのツール。肝になるのはAutoTilerで、ここがネットワークをGAP8の8つのタイルにうまく収まるように分割することになる

 最初のGAP NNToolは純粋にTensorFlow Liteのグラフを読み込み、これを続くGAP AutoTiler(AT)用に独自フォーマットに変換する。この際に量子化(Quantization)を可能なら事前に行なうことで処理負荷を減らす形だ。これそのものは珍しくない。

 続くGAP AutoTilerがグラフを分割し、8つのタイル(=8つのRISC-Vコア)が外部メモリーを参照せずに処理できるようなサイズに落とし込むことで、個々のタイルはTCDMだけを参照しながら処理するようになる。

 当然外部メモリーの参照が必要なければ処理は高効率に行なえるし、そもそもTensorFlow Liteを利用している時点で巨大なネットワークを動かすことはあり得ないので、メモリーが足りなくなるようなケースもない、というわけだ。

 おそらく巨大なネットワークを動かそうとすると、AutoTileをかけた時点でエラーが出て、もっと小さなネットワークにするように勧告されることになるだろう。

 その意味ではあくまでエンドポイントAI向けのプロセッサーコアに最適化されていると言えなくもないが、無理に巨大なネットワークを動作させるためにアクセラレーターや外部エンジンなどを突っ込み、複雑な構成になって消費電力やダイサイズが肥大化し、最終的なコストを引き上げてしまうより、RISC-Vコア+HWCE(Hardware Convolution Engine)で収まる範囲にネットワークの大きさを留めさせることで、低コストでエンドポイントAIが実行できるようにするという同社の設計方針は、わりと考えさせるものがある。

 Greenwavesはこれに続き、オーディオインターフェースを搭載したGAP9をすでに発表済みである。

基本的な構成は同じであるが、オーディオを扱う場合、精度の関係でINT8のままだとうまくいかない関係で、おそらくFP16あたりをサポートするものと思われる

 この画像では2021年に量産とされているが、現時点ではまだチップが完成していないようだ。ただすでに設計そのものは終わっているようで、GAP9 StoreではeFused(1回書き込みのみのFPGAのようなデバイス)を利用した評価キットが、契約ユーザー向けに出荷可能になっている。

 うまくターゲットを絞れば、複雑なメカニズムや突拍子もないアーキテクチャーを使わなくてもAIプロセッサーは実現できる、という良い例かもしれない。

2022年11月9日追記

 Greenwaves Technologies社よりGAP9の現状についての連絡をいただいた。それによれば2022年3月からチップを実装した評価用キットを顧客に提供中で、すでに量産ウェハーも上がってきており、これを利用したGAP9のWL-CSPチップの出荷も開始しているとのこと。すでに量産シリコンの品質検証も完了し、2023年第1四半期から出荷予定とのことである。以上、お詫びして訂正する。

※編注:次回の連載記事は、都合により14日23時に掲載予定です。通常より約半日掲載が遅くなりますことをご了承下さい。

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