神戸市は、電子契約サービスのSMBCクラウドサインを、2022年6月から本格導入している。政令指定都市で電子契約サービスを導入したのは、神戸市が初めてとなる。
電子契約サービスは、紙による記名押印の契約書の作成に代わって、クラウドシステム上にアップロードした契約書データに電子署名し、契約締結を可能とするサービスである。
デジタル化することで、契約時に行なっていた契約書の印刷や製本、紙の契約書を保管する必要がなくなり、ペーパーレス化と業務の効率化を推進。さらに、電子契約書は、印紙税法の解釈上、印紙税の対象外となることから収入印紙が不要となり、書類の郵送などにかかる費用も削減。コスト削減メリットも大きいという。神戸市の取り組みを追った。
契約書は作成コストに加え、収入印紙も多額な費用が必要
神戸市によると、2020年度において、同市が民間企業などと締結した契約件数は約8000件に達しており、それに伴う印紙税額は年間で約8500万円以上になるという。
印紙税法では、企業間の契約書や工事契約請負書、不動産売買契約書、土地賃貸借契約書などの課税文書に、印紙税を課税している。その手数料を支払うために発行されているのが収入印紙である。
一般的に自治体では、民間企業と派遣や工事の請負契約などを行なうことが多く、事業者側が契約書などに収入印紙を貼付し、印紙税を支払うことになる。たとえば、契約金額が50億円を超えるものになると、印紙税額は60万円にも達するという。
神戸市の場合、契約件数がもっとも多い「100万円以下」の契約書は年間2000件に達し、印紙税は合計で年間40万円だが、契約金額が「1000万円を超え、5000万円以下」の契約書が約1400件あり、印紙税額は約2500万円に達する。また、「1億円を超え、5億円以下」の契約も約330件あり、印紙税額は約2500万円になるという。
ちなみに、印紙税額が大きいと、収入印紙を使用せずに、はんこを使用することもあるという。
こうした契約書類への収入印紙の貼付が不要になるのが、電子契約サービスのメリットとなる。
印紙税法のなかには、「課税文書となるべき用紙等」と、「用紙」の文言があり、電子データは紙ではないと判断され、さらに、同税法の文面からは、電子契約(データ)を締結(送信)することは、課税文書の「作成」に該当せず、印紙税は課税されないといった解釈ができるという。
関係者によると、印紙税法では、「電子契約は不課税」とはっきり規定した記述はないが、印紙税法専門書である「令和3年7月改訂 印紙税実用便覧」には、電子契約書については、「磁気的な記録により、作成、記録された文書は課税対象とならない」といったことが明記されている。
こうした動きもあり、自治体や企業のなかでは、電子契約は不課税という考え方が一般化しており、電子契約サービスを提供するIT企業も、その点を訴求している。自治体と契約を結ぶ事業者にとっても、契約規模が大きいほど、電子契約サービス導入のメリットは大きいといえる。
電子契約サービスを導入することでペーパーレス化を推進
電子契約サービスにおけるもうひとつのメリットは、契約書の印刷や製本などの必要がなくなり、ペーパーレス化を推進できるという点だ。
従来、契約書への押印のため、書類の郵送や持参などを行なっていたことで、契約書面の取り交わしに日数を要していた。しかし、クラウドシステム上にデータをアップロードし、電子署名することで契約が締結できるため、契約書の取り交わしにかかる日数は大幅に削減できる。
神戸市行財政局業務改革課デジタル化専門官の大村恵氏は、「約1000社の民間企業を対象にした調査では、7割以上の企業が、なにかしらの電子契約を導入しており、徐々にそれが増加傾向にあること、大手企業からは電子契約のメリットを生かしたいという意向があることがわかりました。また、内部規約の変更などを検討している企業からは、自治体に先行して電子契約を利用してもらうと、社内での電子契約導入の動きを加速できるといった期待の声もあります」と語る。
神戸市では、2021年7月~2022年2月にかけて、電子契約サービスの実証実験を行なった。
「当初は、神戸市の職員や、事業者も、電子データだと不安だという人がいたが、実証実験において、業務負担が大幅に軽減したこと、作業が速く進むといったメリットを感じてもらえました。神戸市の職員からは、離れた庁舎に契約書類を持っていくことがなくなったという声も出ています」とする。
実証実験では、複数の電子契約サービスを比較。その結果、管理性やセキュリティなどに優れた特徴を持つSMBCクラウドサインを選定したという。
たとえば、セキュリティという点では、SMBCクラウドサインによる電子契約サービスは、電子署名法や電子帳簿法に準拠していることを、法務省やデジタル庁が認めており、国との契約書においても適法に利用できること、政府情報システムのためのセキュリティ評価制度(ISMAP)に登録していること、LGWAN-ASPにいち早く対応していることも理由だったようだ。
神戸市の大村氏は、「SMBCクラウドサインは、産業競争力強化法に基づくグレーゾーン解消制度を利用しており、国との契約書、請書などにもおいても、適法に利用できます。こうした実績は、庁内での説得材料としても有効でした」とする。
また、簡便な操作性にもメリットに感じたという。「さまざまな要素を踏まえ、総合的に判断した結果、SMBCクラウドサインが最適であると判断しました」(神戸市企画調整局デジタル戦略部 課長の山川歩氏)という。
2023年以降電子契約を本格化させ、2025年に向けて比率を高めていく
電子契約サービスの導入は、自治体における「デジタル化」の事例ではあるが、導入に向けて苦労した点は、むしろアナログの部分だったという。
「電子契約サービスは、いままで経験がない取り組みであり、さらに法律などの観点から、神戸市単独では判断できない部分もありました。その点については、国のお墨付きや、先行している自治体との情報交換、業界標準のセキュリティ基準などを見ながら総合的に判断しました。単なるITシステムの導入ではなく、新たな基準づくりやルールづくりを並行的に進めることが苦労した部分でした」(神戸市企画調整局デジタル戦略部 課長の山川歩氏)とする。
神戸市では、システムの検証とともに、契約規則や電子署名規定等の改正を進め、電子契約サービスの導入につなげていったという。
神戸市が、政令指定都市としていち早く電子契約サービスの導入を行なえた背景には、率先して庁内業務のペーパーレス化に取り組んできた経緯が見逃せないだろう。
すでに、市長をはじめとする幹部への説明や会議においても完全ペーパーレス化を推進。押印を廃止し、電子決済の導入にも取り組んでいる。庁内には無線LANを積極的に導入しており、それらの職場においては、職員が使用する紙使用量を60%削減、無線LANが導入されていない部署でも30%の削減計画を立て、それが前倒しで進んでいるという。こうした取り組みは、行政手続きのスマート化にも反映されており、市民サービスの高度化にもつながっている。
神戸市では、今後、すべての入札案件の項目に、電子契約を盛り込む考えを示しているが、「新たな仕組みということもあり、2023年度以降により本格化させ、2025年度に向けて徐々に電子契約の比率を高めてきたい」(神戸市の大村氏)としている。
契約書の締結は、新年度が始まる4月に集中する傾向があるというが、神戸市では、来年4月に向けて、電子契約サービスの利用率を高める提案や準備をしていくほか、必要な機能があれば、オプション機能の活用などによって、強化していくことになるという。
また、政令指定都市としては初めて電子契約サービスを導入したということで、全国の自治体からも問い合わせも増えており、「他の自治体の電子契約サービスの手本になれればという気持ちがあります。自治体からの問い合わせにも対応していきたいです」(大村氏)とする。
デジタル化で先進的な事例を次々と創出している神戸市に、リファレンスモデルとなる事例がまたひとつ生まれそうだ。