ギャラの話は「最初に正直に」伝える
福原 僕は嫌な話を先にすることが大事と思っているので、お金の話はめちゃくちゃハッキリ言います。
中身の話ってとても面白いじゃないですか。「こんなんやろう」「あんなんやろう」って話が弾んでも、ミーティングの最後にスケジュールとお金の話になって「予算こんなもんなんですよ」と言ったら、「あっ、(その金額では)できませんね」ってなることが多くて(笑)
逆に言うと、「500円でお腹いっぱい食べたいです」と言われたらその方法ってあるじゃないですか。手料理を作るとか牛丼店に行くとかね。それを、500円持ってフランス料理店に入ってメニューの説明が終わった後に「所持金500円です」って言っても先方は何も出せませんよね。
なので、(クリエイター側は)『楽しませたいな』『なんとかしたいな』『お役に立ちたいな』と思っているからこそ、金額は最初から本音で言ってくれないと何の力にもなれない。逆に、ちゃんと喋ってくれればなんとかなったりはするんですよね。「僕は無理だけど僕の友人で、今はまだ新人で売り出し中だから相場以下の金額でも受けるかもしれないからご紹介します」とか。
まつもと そして、これは僕の推測でもあるんですけど、福原さんが音楽の世界からアニメを手掛けるようになったということも関係するのかなと思っていて。
つまり、畑違いの業界だから相場観がわからないじゃないですか。だから福原さんは(最初からアニメ畑に居た人よりも)すれ違いを経験したり、壁にぶち当たったりしたからこそ、手の内を広く明かしているのかな、と。実際どうですか?
福原 確かに僕は門外漢だったので、「このくらいでやります」と言ったら、じつはそれが相場よりすごく安い額だと後から聞いたりといった経験はしました。とは言え、損した気にはなるものの、自分で納得してその金額を言ってますからね。
あとはやっぱり、クライアント側からすると、予算を100万円持っているとして、「いくらでやりますか?」と聞いたときに向こうが10万円って言ってきたら、90万円予算がダウンできて良かった! みたいなのはあると思うんですけれど、たぶんそのやり方を何回かやるとめちゃくちゃ嫌われるんですよね。
いつかバレるじゃないですか。安くて腕が良いクリエイターの場合、しばらく見ないうちに必ずスケジュールがパンパンになるんですよ。
まつもと 他者からもいっぱいオーダーが来るから。
福原 そうです。で、発注のやり取りを何回もこなすうちに、『あれっ、あのときに頼んできた福原って、相当安く俺に発注してきてたんだな』って、なっちゃうじゃないですか。
まつもと 比較ができちゃうから。
福原 そうなんですよ。だから、長くこの業界にいるつもりなら、基本、正直で損することなんて絶対にない。
たとえば「10万(で良い)です」と言われたとしても、「ぶっちゃけこの案件に関しては予算が100万あるから、100払うからその代わりちゃんとやって」と返すことで、『あのとき新人の僕を使ってくれたんだから、福原さんのオーダーは忙しくてもスケジュールを割こう』みたいな感じで、やっぱり良い関係性が生まれてくるので。
あとは本当に正直に、「本当は100万の予算があるけど君が10万って言うからビックリしてる!」って言ったうえで、「じゃあその代わり案件複数頼むから」とか、何かいろいろ工夫して。
でも結局、変な話ですけど、良くも悪くもクリエイターって、お金のためにやっているよりも、楽しいとか、自分の名前を売りたいとか、そういう点で頑張っているので、そこをちゃんと、一緒に楽しんだり一緒に育てたりとかいう気がある人は単純に好かれますよね。
メディアの変化が「モンスター」を生んだ?
まつもと 本の中でも、まさにクリエイターがどこに重きを置いているか、業者とどこが違うのか強調されていますよね。じつは私も会社員時代、最初はその違いが意識できていなかったなと思い出して胸が痛くなったんです。『あの頃、たぶん傷つけちゃった人たちごめんなさい』と。
僕自身、振り返ってみると理解できていなかったと思うんです。ものすごく尖ったクリエイティブを出せる個人と、安定感のある確実な納期でちょうど良いあんばいの予算感でやってくれる業者さんの違いを。
ちょっとしたトラブルとかクリエイターさんから何か言われた際に気が付けば……あるいは上司が諭してくれるのが一番ありがたいんですけど。でも、そういう機会がないまま、モンスターみたいな人が企業に生まれたりするじゃないですか。クリエイターも業者も同じように扱って押し潰していくという。どうしてそういう人が生まれてきてしまうのかも結構気になったりします。
福原 ちょうど今が節目だから余計に起きやすいのかなと思うんですけれど、理由の1つはたぶんメディアが発達して、企業がオウンドメディアを持つようになったこと。これまで一般的な企業はクリエイティブの領域に立ち入ることがあまりなかったはずですし、クリエイターとは接さず、スポンサーとして「納期や予算の中でやってね」という常に強い立ち位置でした。
一方、クリエイターも同様にソーシャルネットワークなどで発信できますから、「漫画雑誌に持ち込みをして、編集さんに選ばれて漫画家になりました」というデビューの方法ではない漫画家が大量に生まれていますし、イラストレーターやミュージシャンも企業とまったく接触せずいきなりファンを持っちゃう状態になったりするわけです。
となると、クリエイターとしてのスキルはあっても社会人としての一般常識を身に着けずに影響力を持つという、これまでにない状態が発生します。
まつもと ある意味、それも見方を変えればモンスターかもしれません。
福原 そうですね。従来とは異なる新しいメディアができたことによって、クライアントとクリエイターどちらもこれまでとは異なる経験をし始めているわけです。今はその最初の世代だと思うんですよね。
「クリエイターエコノミー」という言葉が2020年くらいからポツポツ出てきました。有力なクリエイターにはファンがいるので、自分でグッズを作ってBASEで売り、CAMPFIREでオンラインサロンを開催し、noteでコンテンツを売って……というのを一人でできちゃうじゃないですか。
そんな状況下で自分の価値を決めてくれるのは誰かと言えば、ファンですよね。だからクリエイターからすると、「ファンの期待を裏切りたくない」という思いが常に最優先されます。自分が食っていくために必要な土台ですから。
他方、企業に所属している人間は、基本的に自分の給料を決めるのって上司じゃないですか。だから「上司に嫌われたくない」というのが、自分が食っていくために必要なことだったりするので。つまり、誰の言うことを聞くと自分の給料が安定するかという本能に従って生きているだけだと思うんですよね。
ブログ更新!!本が出ます(出ました)
— やしろあずき@新書発売中 (@yashi09) December 26, 2021
クライアントとクリエイターは分かり合えないものなのかhttps://t.co/71iYmg00b1
この連載の記事
-
第106回
ビジネス
ボカロには初音ミク、VTuberにはキズナアイがいた。では生成AIには誰がいる? -
第105回
ビジネス
AI生成アニメに挑戦する名古屋発「AIアニメプロジェクト」とは? -
第104回
ビジネス
日本アニメの輸出産業化には“品質の向上よりも安定”が必要だ -
第103回
ビジネス
『第七王子』のEDクレジットを見ると、なぜ日本アニメの未来がわかるのか -
第102回
ビジネス
70歳以上の伝説級アニメーターが集結! かつての『ドラえもん』チーム中心に木上益治さんの遺作をアニメ化 -
第101回
ビジネス
アニメーター木上益治さんの遺作絵本が35年の時を経てアニメになるまで -
第100回
ビジネス
『THE FIRST SLAM DUNK』で契約トラブルは一切なし! アニメスタジオはリーガルテック導入で契約を武器にする -
第99回
ビジネス
『THE FIRST SLAM DUNK』を手掛けたダンデライオン代表が語る「契約データベース」をアニメスタジオで導入した理由 -
第98回
ビジネス
生成AIはいずれ創造性を獲得する。そのときクリエイターに価値はある? -
第97回
ビジネス
生成AIへの違和感と私たちはどう向き合うべき? AI倫理の基本書の訳者はこう考える -
第96回
ビジネス
AIとWeb3が日本の音楽業界を次世代に進化させる - この連載の一覧へ