座っただけで感情を可視化、三井化学のセンサー技術×リトルソフトウェアのAI技術で実現
三井化学 井上佳尚氏・澤和宏氏×リトルソフトウェア CEO 川原伊織里氏
抜群だった既存のセンサー製品とバイタルデータ解析技術の相性
──そこまで両社のパートナーシップがうまくいった理由はどこにあると思いますか。
澤 まずなんと言っても、リトルソフトウェアさんの持っているAI等によるデータ解析技術と、我々のPIEZOLAとの相性がとてもよかったことがあるでしょうね。
センサーとしてのPIEZOLAは、既に全国の介護施設等で導入されていて、“容易に精度の高い健康データがとれる”と現場の方からも評価を得ている実績がありました。その感度の高いセンサーと、リトルソフトウェアさんの有する脳波アルゴリズムやバイタルデータ解析などに関する知見の掛け合わせで、一気に開発がスピードアップして開発製品のプレスリリースにまで至ることができたのです。
井上 最初の時点で、目指すべきゴールや製品に対する理念がお互いにうまく噛み合ったのがポイントだったと思います。リトルソフトウェアさんは社会実装を目指したい、そのためには脳波計をいちいちつけていたのでは難しいという悩みをお持ちでした。一方我々は、センサーを持ってはいるが、データビジネスにも展開したいという思いがあった。そこにPIEZOLAセンサーを活用できるAIやデータ解析技術などの要素が、リトルソフトウェアさん側にすべてそろっていたのが大きかったのです。
一緒にこういうのを作ろうと話したうえでスタートした後は、我々の研究者と事業部門の両方が参加して、2週間に1回は必ず両社で進捗状況を共有しながら進めていきました。
川原 当社としても、大企業の事業部門がここまで積極的に関わってくれたケースは過去になかなかありませんでしたし、それが展開の早さにもつながりました。また、三井化学さんのエンジニアの方々はレベル高く、すごくやりやすかったですね。定例会では、当社ができることをどんどん伝えながら受け止めてもらい、進めていくことができました。
──開発時に留意したことや苦労したことは何でしょうか。
澤 実際にスタッフも含めて情報交換を開始した時に、最初のうちは、“誰でもしっかりとデータがとれる製品”という当たり前の要件をクリアできるよう、慎重に進めようと、お互いに決めました。
例えば、我々のセンサーを椅子の上の座布団型クッションに入れるところからスタートしたのですが、最適なセンサーの配置にかなり苦労しました。個人の体重や体格の違いもあるなか、最も安定して正確なデータが取得できる位置を見つけなければならないので、そこはかなり試行錯誤しましたね。
また、リトルソフトウェアさんと思いは同じであっても、我々はもともと化学メーカーなので、最初のうちは脳波やデータ解析に関する基礎知識が大きく不足していました。まったく違う畑の人と話すという苦労がありましたね。そこは、コミュニケーションを重ねていくうちに、キャッチアップしていけるようになりました。
──開発について、誰でも座ると感情が読み取れるところまで至るのが前提だったのでしょうか?
川原 心拍数や呼吸数等のバイタル信号を含めた幾つかの要素を分析して、感情データを導き出すことを目指してきました。いうなれば、個人ごとにアジャストされたパーソナルAIであり、使いながら各個人に合わせてAIが学習していけるようになっています。
澤 10月6日~8日にかけて東京ビッグサイトで開催された展示会「センサエキスポジャパン2021」のデモで、来場者に実際にPIEZOLA Emotion アプリを体感頂きました。最初のうちはみなさん、座るだけで自分の感情が読み取れてしまうことをすごく不思議に感じているようでした。また慣れない緊張からかストレスのアイコンが出る傾向がありました。
その後、私から内容を説明して仕組みをある程度理解してもらうと、だんだん慣れてきて、平常心やリラックスのアイコンを示すようになりました。そうしたデモによる実体験を通じて、アプリの面白さを体感してもらえました。
ヘルスケア・モビリティ・エンターテイメントなど──多彩なビジネス展開に期待
──リリースされて間もないですが、どのような領域にビジネスを広げていきたいと考えていますか。
井上 今回の製品・技術は“見えないものが見えるようになる”ことがポイントだと捉えています。おそらく人の感情にかかわるすべての領域で応用が効くだろうと考えています。
澤 目指してきた製品の開発という第一段階はまずクリアできましたので、これからは、お客様とどういういった製品・サービスへと落とし込んでいくかがポイントになってきます。そのためにも、プレスリリースの配信からエキスポでの体験展示など、利用者の生の声を拾うことに注力しています。
──まず思いつくのが医療・介護・ヘルスケアといった領域だと思うのですが、いかがでしょうか?
澤 そこはもちろん検討を進めております。我々は、他のベンチャー企業と一緒に介護の見守りシステム分野に進出しており、実際に介護現場でどういった課題があるのか、生の声を集める現場があります。介護現場からは、「被介護者の感情が見える化できればと考えていた」であるとか、「実は介護する側の気持ちも相手に伝わりやすいと双方の意思疎通につながる」など、いろんな意見・アイデアが寄せられています。
とりわけ新型コロナの感染拡大以降は、お互いの顔がマスクで見えないため表情が読みづらく、PIEZOLA Emotionアプリの非接触型であることが重宝されるとみており、こうしたシステムを介してお互いの感情を1つの情報として交換できれば、コミュニケーションもより円滑に進んでいくのではないかと期待しています。
──その他に、活用領域として特に注目している分野は何でしょうか。
澤 先の展示会での反応をみると、病院や介護といった実用領域で応用できるのではという期待はもちろん多かったのですが、一方で、「楽しさ」に焦点を当てたアイデアも数多く寄せられました。例えば、映画やゲームでは、視聴者・プレーヤーの興奮がフィードバックできるシステムにつながれば、今までになかった新たな体験や価値を創り出せるのではないかといったアイデアです。このように、実用領域とエンターテイメント領域の両面で、多様なアイデアが出てきてビジネスにつながっていくのではないかと期待しています。
また、モビリティー全般にも注目しています。特に自動車業界に関しては、居眠り運転防止など安全運転の観点で、車内でPIEZOLA Emotion アプリを活用できれば、新たな価値を創出できるのではないかと考えています。
井上 夏の車内はすごく高温になるため従来のPIEZOLAでは対応できなかったのですが、耐熱グレードのPIEZOLAの開発も進めています。
川原 当社としても以前から脳波計を自動車の運転に利用できないかと提案はしていたのですが、「運転手がつけるのか?」という課題がクリアできず断念しました。それが脳波計フリーのPIEZOLA Emotion アプリであれば可能になるはずです。
またモビリティー向けに提供しようとしている機能の1つが、数日前からのデータを分析して体調、メンタルの予兆検知することで事故予防を行なうというものです。事故を防ぐには、疲れを検知してから知らせるのでは遅い。身体が疲れていると本人が感じる前からAIが認識する仕組みは、すでに脳波では実現できるので、実用化はそう難しくはないと考えています。
澤 そこがこの事業のポイントだと思いますね。見えないものが見えるという、それだけでも凄いですが、そこからそこからデータの活用など付加価値を生み出していくことで、最終的な課題につなげていくとこができると思います。
井上 PIEZOLA自体も社会実装できたのはこの2年ぐらいのことですが、素材企業がセンサー事業に打って出るというところからすでにチャレンジではありました。そこにデータ事業を連携させていくというのは、我々にとってはさらなる挑戦なのです。
当社の長期経営計画VISION2030では、DXを含めた新しいビジネスモデルを創出していく方針ですので、先鞭をつけることにもつながるでしょう。