日本でスタートアップが育つには知財専門家のサポートが不可欠
世界知的所有権の日記念オンラインイベント「中小企業と知財、起業に向けた課題」レポート
4月26日は「世界知的所有権の日」だ。知的財産が日常で果たす役割についての理解を深め、発明者や芸術家の社会の発展への貢献を記念することを目的としたもので、世界知的所有権機関(WIPO)の設立日にちなんで設定された。毎年同日には、世界中で様々な記念行事が開催される。2021年はオンライン形式でシンポジウムが開催され、日本でも「知的財産(IP)と中小企業:あなたのアイデアで新しい事業を」をテーマに議論が繰り広げられた。
ここでは、「パネルディスカッション第一部 中小企業と知財、起業に向けた課題」の様子をお届けする。
パネリストには、ベンチャー企業の知財担当者から弁理士会、発明協会など、さまざまな立場の顔ぶれがそろった。
パネルディスカッションは、モデレーターとなるWIPO日本事務所長の澤井智毅氏からの提案により、パネリストのポジショントークからスタートした。
有定裕晶氏(株式会社メルカリ 知的財産チーム):修士課程修了後、卒業後半導体大手のルネサスエレクトロニクスに就職し、欧米企業とのライセンス交渉と訴訟を担当していました。2年間務めたのち、その後ライン株式会社に特許担当として移り、出願から係争、MA等の広い範囲を担当しました。その後株式会社メルペイにジョインし、知財担当を担当したのち株式会社メルカリに所属を変更し、メルカリ、メルペイ、メルコインの知財を担当しています。
これまでの経験から、ベンチャーでは特許や商標、著作権など守備範囲が広いことが大企業とは違う点だと感じています。
扇谷高男氏(公益社団法人 発明協会 常務理事 他):発明協会は、全国にある地域協会と連携を取りながら中小企業の知的財産を活用した発展、成長を長年にわたって支援しています。その経験から、中小企業の起業における3つの課題、および解決方法が見えてきました。
まず、技術やノウハウがあるがビジネスへの活用方法がわからない場合。下請けから自立化へ脱却したいという会社に多く見られます。この場合は、知財の明確化と戦略の構築が必要になります。次に、新規分野に進出するときのニーズや課題がわからない場合です。潜在的な課題をはっきりさせるために、デザイン思考が有効です。3番目の課題は、解決課題が明確なものの、他社との連携が必要な場合です。これにはオープンイノベーションという方向が見えています。以上から、中小企業の課題としては、知財の重要性の理解不足、知財の適切な管理体制の整備、知財活用の相談先の確保があげられると考えています。
大山栄成氏(NEDO シリコンバレー 事務所 次長):米国スタートアップと知的財産についてお話しします。私のいるカリフォルニアは全米の特許登録数の3割を占め、イノベーションの源泉と呼ばれています。そのうちスタートアップの特許保有状況を見ると、ベンチャーキャピタルから出資を受けている企業の特許保有率が高いという特徴があります。創業前に特許を出願している企業も見られます。
たとえば、Google創業者のラリー・ペイジが大学在籍中に取得した特許がのちに大学にも企業にも大きな利益をもたらしたのもその一例です。特許を取得する理由について聞くと、製品・サービスの模倣防止のほか、投資を受ける機会の確保も多く見られます。シリコンバレーのスタートアップにヒアリング調査を行なったところ、特許の取得によって投資家に対して自社の技術を保護していることを示せるメリットがあること、また適切な知財ポートフォリオの規模は段階によって異なるが、最初はコア技術の適切な保護が必要であるなどの意見がありました。
欧米ではスタートアップの素早い成長を第一に考えて応援していく考えがありますが、日本の大企業では自社でも(同様の)知財を持ちたいという発想になりがちです。WinWinの関係がどうやったら気付けるかという観点からも知財の契約を結んでいただければと思います。
久貝卓氏(日本商工会議所 常務理事):日本商工会議所は全国515の小会議所の取りまとめを行なっています。会員企業のほとんどは中小企業です。中小企業の知的財産の活用の促進も、活動の柱のひとつです。知的財産戦略委員会を設置して調査や知財の普及活動などを行なったり、事例集や手引きの発行、政策への提言などをしています。
我々は一貫して「特許を取ろう」と中小企業に対してメッセージを発信しています。特許取得によって、自社製品の価格引き上げや資金調達が容易になること、自社の研究開発のモラルの上昇などの効果が得られるなどがあります。現在日本の特許出願件数は年間約30万件あり、中小企業はそのうち約15パーセントを占め、出願者数は増加傾向にあります。米国では中小企業の占める割合は25パーセントであり、日本でも出願が増えることを期待しています。
杉村純子氏(日本弁理士会 会長・弁理士):石油会社の研究職に就いたのち、弁理士活動をしています。現在は早稲田大学ビジネススクールで講師をしており、多くの中小企業やスタートアップの経営者の方々に接しています。
中小企業やスタートアップは、知的財産をマネジメントすることが事業計画の一部であり、事業展開を支援する重要なツール・活動となります。そのためには、自社の強みを知的財産として認識し、事業戦略に位置付ける知財経営が重要です。知財経営とは、技術を創造してブランディングを図り、知的資産を重要な経営資産として活用することによって事業を強化することであり、そのためには先を見通す力や強みの認識と向上、弱みの解消などが必要となります。
知財マネジメントが経営に貢献するためには、既存の事業を有利な状況下で継続的に発展させること、新規事業の育成と事業化の促進をすること、知財を活用した利益率の向上があることが大切です。スタートアップや中小企業には事業展開と収益予測に基づいた知財戦略が不可欠ですが、専門の人材を確保することが困難なことから、知財支援は必須です。
日本弁理士会では、人材不足を補うべく支援コンテンツを提供しています。そのなかの1つとして、中小企業知財経営推進本部を立ち上げ、起業からの知財系相談を受け付け、金融機関やベンチャーキャピタルとの連携も行なうことで資金が回るような展開をしています。
孫小軍氏(BionicM株式会社 代表取締役 CEO・情報理工学博士):自己紹介を含め、この事業を始めたきっかけについて紹介させていただきます。実は私自身が義足ユーザーであることが大きなスタートポイントです。9歳で右足を切断しましたが、当時住んでいた中国では義足は非常に高価だったため、15年間松葉づえで生活してきました。
10年前に交換留学生として来日し、日本の福祉制度を活用して初めて義足を装着しました。義足を使ううちにもっとよい義足を作れないかとの思いが強くなったため、東京大学に再入学して開発を続けることにしました。2018年に博士号を取得し、義足ユーザー、エンジニア、経営者の3つを兼任して起業しました。既存の義足は動力を持たない受動式義足であり、階段昇降に苦労したり、転倒しやすいなどの課題があります。
弊社では、ロボティクス技術の活用によってこれまでにない「筋肉」の機能をもつ「パワード義足」を実現しました。現在、今年末の製品化に向けて開発を加速しているところです。
米国においてさえ、スタートアップや
中小企業では知財の重要性認識が不足している
パネルディスカッションでは中小企業の知財に対する認識や知財専門家のサポートについて議論が交わされた。(以下、文中敬称略)
澤井:今回、GAFAをはじめとして近年発展した企業が多数あるアメリカや欧州での状況を把握するために、米国のシンクタンクの協力を得て知財と中小企業の関係について調査いたしました。その結果、意外なことに、先進的である欧米においてさえ、知財が過小評価されていたり、創業当初の専門家の不在、他社との不利な契約条項による疑義の残留などの事例があったことがわかりました。このような状況について、大山様はどのようにお考えでしょうか。
大山:産業分野によって知財の重要性の認識が大きく異なるという印象を持っています。たとえばバイオや医療・ハードウェアの分野では、シリコンバレーの企業でも、特許の重要性は十分認識されています。一方、AIなどソフト分野ではオープンソースのソフトウェアを使って技術を開発する場合が多いので、特許が必ずしも必要でないと考えているスタートアップも少なくありません。
スタートアップの場合、投資家から集めたお金を燃やしながらエグジットに向けて機関車を走らせているようなものなので、ビジネスの拡大が第一という発想になりがちです。知財の重要性はわかっているけれども、知財に割ける余裕はない。そこで、限られた時間と資金の中でビジネスモデルの根幹を担うもの、顧客に独自に価値の価値を提供するもの、バリュープロポジションといわれるものから適切に保護することが大事だと言われています。
たとえばGoogleのページランキング特許やAmazonのワンクリック特許などは、典型的な成功例と言えます。日本のスタートアップの知財戦略も、そうあるべきではないかと思います。
澤井:日本の中小企業や中堅企業を含め、産業界を代表する立場にある久貝様から見て、日本の中小企業の知財に対する認識について率直な意見をお聞かせいただけますでしょうか。
久貝:中小企業の知財意識のレベルは大きく3つに分けられます。1つめのタイプは自社技術の強みを生かすための明確な特許戦略を有する企業です。特許をしっかり取得し、侵害された場合は訴訟を含め徹底的に戦うという会社です。
2つめのタイプはスタートアップやベンチャー企業です。特許はオープンイノベーションを進めたり資金調達等の武器になるとの認識があり、知財意識が高い企業が多いと言えますが、揺籃期のスタートアップの中には契約の実務を知らない、人材がいないために不公平な契約に後から気づくというケースも起こっています。
3つめはサプライチェーンに組み込まれている中小企業です。知財に対する意識は高くないのが現状だと思います。大企業が海外にサプライヤーを移していく中で、国内の中小企業は技術を自前で持ち、それを守るための特許が課題として大事になってきます。このタイプは非常に数が多く、この知財をどうするかというのが課題です。
澤井:今回は日本でも注目されているベンチャー企業として、モノづくりとソフトウェアそれぞれの分野からご参加いただきました。まず、モノづくりの分野より孫様、次にソフトウェア分野からはメルカリの有定様にお伺いします。
孫:弊社では、ハードウェアとソフトウェアの両面の開発を行なっています。ハードウェアは模倣されやすいという懸念は持っています。東京大学発のベンチャーですが、大学で研究開発したときから積極的にハードウェアの構造部分に関しては特許出願しています。会社設立後も積極的に特許出願し、権利化されています。一方ソフトウェアの部分に関してはあえて特許出願せず、ブラックボックス化しています。たとえハードウェアがコピーできても、我々のアルゴリズムがなければ動かすことはできないからです。
有定:メルペイをリリースしたときに、特許を出していることを伝えるニュースリリースを出したのですが、そのときにはパートナー企業を含め個人的にもいろいろご連絡があり、注目度は高いと思っています。特許から商標まで幅を広げていくとわかりやすいと思いますが、メルカリと似たようなECサービスのサイトを立ち上げる不適切なケースがあるような場合、商標権があると非常にスムーズに対応できます。知財を持っていることの重要性は高いと思います。
澤井:杉村様にお伺いします。弁理士会は知財の重要性をいろいろな形で発信されていると思います。弁理士としてのご経験と、弁理士会の会長のお立場から、日本の企業の知財の認識についてどうお考えでしょうか。また知財の重要性を伝えるうえで、どのような点に力をいれているのでしょうか。
杉村:重要なポイントは起業家やより多くの中小企業経営者の方々に知財に対する「気づき」を持っていただくことだと思っています。一般に中小企業では、自社に知財と呼べるものは存在せず、縁遠いものだと認識している方が多いと感じています。また、知財を権利化している企業においても、知財戦略を事業戦略の一部としてとらえて知財を十分に活用できている企業は少ないと思っています。このような中小企業やスタートアップの方々を支援し、事業を展開していっていただきたいとの思いから、日本弁理士会では知財普及と知財活用の二面の起業支援を行なっています。
知財普及の方法としては、単にセミナーを行なっても関心のない方には参加していただけない現状があるため、通常の企業向けセミナーに加え、企業に身近な存在である金融機関やベンチャーキャピタル、経営指導員の方々に対して研修を行ない、間接的に企業に知財を知っていただく活動を実施しています。特に本年度は企業にとってより身近なデザイン、ブランディング戦略について普及させていきたいと思っています。
知財活動の面においては、弁理士知財キャラバンという事業を行なっています。知財戦略、活用に長けた弁理士を起業に派遣して、知財経営コンサルティングを手がける事業です。これまで200社以上の企業に支援を行なってきました。支援を受けた多くの企業からは好評を得ております。本年度は中小企業、スタートアップ企業の知財活動をより推し進めるべく、中小企業知財戦略推進本部を会内に設立しました。起業家や経営者に直接声の届く方法、効果的な手段を再度模索していく必要があると感じているところです。
澤井:知財の啓発は、発明協会でも力を入れているかと思います。1921年より行なっている地方発明表彰もちょうど100年を迎えたところだと存じています。私も毎年の表彰式に参加し、受賞者の方のうれしそうな顔が常に印象に残っています。扇谷様のお立場から見て、地方の企業や大学における知財への認識はどのように映っているでしょうか。
扇谷:地域の中小企業の認識は大きく2つに分かれると思っています。一方は知財の重要性に十分気が付いていて、特許出願、商標出願、意匠出願をする、あるいは特許情報の分析に取り組む、その特許を生かして製品を作っていく、そういった企業です。地方の発明表彰で受賞されている企業はこういう積極的な取り組みをされている人であろうと思います。
もう一方で、マインドが高くならない中小企業がいます。自分たちのビジネスと知財の関係が分かっていないとか、自社には特許出願するような技術、ノウハウがないと思い込んでいる方、他の企業も同様だと考えているうちにいつの間にか競争に後れを取ってしまう方がいます。地方の大学についても、大学全体としてみた場合、知財の管理体制が十分整備されていない場合があり、特許出願にも取り組んでいけていないケースがかなりあると感じています。