LINE WORKSを展開するワークスモバイルジャパンは介護・福祉事業従事者向けウェビナーを開催した。ひまわり在宅サポートグループの在宅部長の若林陽盛氏が登壇し、訪問、通所系介護事業者にとっての事業継続計画(BCP)について講演した。
ひまわり在宅サポートは、宮城県石巻市を中心に在宅ケアサービス、訪問介護ステーションを展開している。サービスの提供地域は広く、約900平方キロメートルにわたるエリアを、常時178名の職員が点在して働く環境だ。
若林氏はグループ全体のBCPをとりまとめる立場から、介護業界のBCPの課題に向き合い、解決策を模索してきた。
BCPは、自然災害や火災、テロなど、緊急事態が発生した時に必要となる中核事業の継続と、早期復旧に向けた手段や手順をまとめた行動計画を指す。単なる防災マニュアルではなく、経営戦略の意味合いが強いものだ。
若林氏は「介護事業所は、2024年度からBCPの策定が義務づけられた。これは、介護サービスが非常時にも止められない社会インフラであるということを意味している」と、BCPの重要性を語る。
特に、2020年からの今回のコロナ禍では、介護施設において職員に感染者が出た場合、感染経路の確認と対策、事業の中断(営業停止期間の設定)と再開など、想定外の事態への対応に追われた。対応の遅れからクラスターの発生も相次ぎ、改めてBCPの重要性が再認識されている状況だ。
コロナ禍でBCPがなく廃業した介護事業者も
若林氏は、実際に宮城県内の在宅介護事業所がコロナ禍で直面したケースを基に、BCPを導入していた事業所と未導入の事業所を比較した対応の違いを時系列で披露した。
そのシナリオによると、BCP未導入の事業所では、感染者が出たことを他の職員へ伝える手段に電話を使ったため、全員に伝わるまでに半日以上を要した。この初動の遅れが原因で、感染が拡大して営業停止期間が延びてしまった。その間のサービス利用者の振り替え対応なども遅れて契約解除が相次ぎ、同時に退職する職員も続出。結局、この事業者は数カ月後に事業継続を断念した。
対してBCP導入済みの事業者は、ビジネスチャットを導入していたことで陽性者から直接感染の報告が全職員に伝わった。事業所はその場で全職員が訪問を中止して自宅待機とした。同時に振り替えの手配を開始したため、他事業者からの応援も受けられた。営業停止は2日間で済み、振り替えの利用者も2週間で戻り、通常業務に復帰できたという。
BCPのあるなしが明暗を分けた格好だが、若林氏は「これは極端な例かもしれないが、BCPの策定と、普段の連絡体制の差が、緊急事態の初動の差に表れて、その結果廃業に追い込まれることになった」と話す。
また、訪問介護事業者は非常に小規模なところが多いため、周囲の事業者との協力体制が必要だという。「非常時には、人と移動手段の2つをどう確保するかが重要になる。そのため、BCPは単独で決めるのでなく、地域のさまざまなステークホルダーと連携して策定することが必要だ」(若林氏)
BCP策定時に、書いてはいけない「NGワード」
3年後の義務化ということもあり、現状、介護事業者でBCPを策定し、運用しているところはまだ少ない。これから策定するところが大半という中で、若林氏はBCPを実効性のあるものにするためには、大きく2つの注意点があると話す。
1つめのポイントが「BCPから作らない」ことだ。矛盾しているようだが、どういうことかというと、いきなりBCPという書式に合わせて考え始めてはいけないという意味を込めている。
当たり前のことだが、BCPとは、緊急事態が起きる前の平常時に作らなければいけない。それだけに、どれだけ事業の実態を踏まえたものであることが重要だ。だが、実態はそうではないと若林氏は指摘する。「よくあるのが、事業所の誰か1人が、行政や政府が作ったBCPのフォーマットに対応策をあてはめて作ってしまうケースだ。これは全く使い物にならないので、やる意味はゼロ」と言い切る。
まずしなければいけないことは、自分たちの事業所を理解することだという。職員一人一人が何をしているかを知った上で、BCPに向けた準備と対策を可視化する。それを職員全員で確認し、BCPとしてまとめる手順が必要だ。
BCPの文言にも注意が必要だという。若林氏は、「BCPに使ってはいけない言葉」を具体的に挙げる。
「私たちはつい、普段の仕事で『報告・連絡・相談』『一生懸命』『迅速に』『見直し』などのあいまいな言葉を使ってしまうが、これらをBCPに盛り込んではいけない。全て『何分後に何をする』『何人なら何をする』というように、数値化して具体的に記載すべきだ」
人によって解釈が異なるあいまいな表現を廃し、誰が見ても同じ対応を取れるようにしておかないと、非常時には機能しないというのが若林氏の指摘だ。
非常時の連絡手段を普段から使う
BCPを機能させる要点の2つめが、「平常時の訓練」だ。
「訪問介護のスタッフは現場に点在している。特に非常時を想定したとき、情報の収集と拡散に使うツールとして何を使うかを考えると、電話やメールでは用を足さない。コロナ対応などは特にスピード勝負だということを考えると、今のところの最適解は間違いなくビジネスチャットだ」(若林氏)
ビジネスチャットであれば、社員全員に連絡を瞬時に伝達することができる。若林氏は、その高速性を生かすには、平常時から業務でフルに使って、常に情報を収集して拡散する仕組みを構築しておくことが重要だと話す。
「普段から、誰が発信してもいい敷居の低い環境を整備しておかなければ、非常時にいきなり使おうとしても無理だ。当社では、職員の最高齢は71歳だが、LINE WORKSを連絡手段として使いこなしている」(若林氏)
また、誰が情報を見て、未読は誰かもわかるようにしている。こうした使い方に社員全員が慣れておくことが、BCPが機能する前提条件になる。連絡手段を使う際にためらう要素が残っていると、非常時に遅延が蓄積していき、状況が悪化してしまう。
ひまわり在宅サポートでは、各職員が私物のスマートフォンにLINE WORKSのアプリを入れて、BYODで使用している。「端末の配布も検討したが、試算では月間30万円ほど必要だった。そのコストをステーション内のWi-Fi環境などに充てている。私用と社用の2台持ちの負担なども考慮すると、各自の私物を使うのが最も合理的と判断した」(若林氏)
毎月11日に安否アンケートの訓練を実施
ひまわり在宅サポートのBCPは、実際の非常時にも威力を発揮した。2021年3月20日に宮城県に震度6の地震が起きた際、LINE WORKSで安否確認のアンケートを一斉送信し、178名の職員全員の無事を15分で確認できた。
「BCPは、平常時のコミュニケーションが円滑にできているかがカギになる。全職員が事前にツールに慣れ、連絡調整の手順を訓練しておかないと、非常時に機能する計画とはならない。当社では、毎月11日に同様の安否アンケートを送り、すぐに返信する訓練を行っている。全員が同時に反応することを練習しているため、非常時にも成果が出せた」(若林氏)
この地震により、あるステーションで断水が起こった。そのようすが現場から写真付きで投稿されると、即座に救援のための連絡が入るなど、緊急対応の連絡ツールとしても機能している。
若林氏は、これからBCPを策定する事業者に向け、「義務化までの3年間の猶予は、業務を把握し、しっかり準備して、運用を定着させるための絶好のチャンスと思ってほしい」と語った。
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