KARTEはいかにCX市場のルールメイキングを進めたか スタートアップを邪魔されないための体制と意識醸成
株式会社プレイド 代表取締役/CEO 倉橋 健太氏インタビュー
この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」(外部リンクhttps://ipbase.go.jp/)に掲載されている記事の転載です。
未知の市場開拓はスタートアップの醍醐味だが、1社の力で市場を広げるのは容易ではない。全体のパイを大きくするには、認知を広め、参入者を増やしていくことが重要だ。同時に、競合のなかで生き残るには先駆者としての権利も守らなくてはならない。2020年最大規模を誇る時価総額でマザーズ上場も話題となった、顧客体験プラットフォーム「KARTE」を開発している株式会社プレイドのCEO倉橋 健太氏と、法務・知財を担当する澤井 貢介氏に、新しい市場を切り拓き、自分たちでコントロールしていくための知財戦略について伺った。
ウェブ接客から顧客体験プラットフォームへ
株式会社プレイドは、デジタルマーケティングにおけるCX(カスタマー・エクスペリエンス:顧客体験)プラットフォーム「KARTE(カルテ)」を開発・運営している。
同社が進めるウェブ接客や顧客体験、CXといったなじみのあるキーワードは、ここ数年で生まれた新しいマーケティング手法だ。
企業とエンドユーザーとの接点はウェブ、SNS、アプリなど多様化して久しく、サイトへのアクセス数や商品の売り上げ数、直帰率といった従来のウェブマーケティング手法ではユーザーのニーズがつかみにくくなってきている。
ウェブサイト上のコンテンツは無数であり、広告を打つだけではユーザーとの関係性を構築できない。サイトに訪れるひとりひとりのユーザーのニーズや動きをしっかりと把握し、適切なコンテンツや情報を提案していくことが求められる。KARTEは、サイトにアクセスした顧客の行動をリアルタイムに把握し、その顧客の状況に合わせて適切なコミュニケーションを実行するためのツールを提供している。
KARTEは2015年3月から「ウェブ接客プラットフォーム」としてサービスを提供しているが、2018年4月からは「CXプラットフォーム」へとコンセプトを切り替えている。
ウェブ接客からCXという表現への変更理由について、倉橋氏は以下のように語る。
「インターネットは、相手側のことを把握せず、数字だけでコンテンツを配信しており、まったく興味のないものを目の前に突き付けられてしまうことがよくあります。従来のような広告をばらまくようなマーケティングではなく、相手側を把握し接客をするような体験を提供するために『ウェブ接客』というテーマを掲げてやってきました。
ですが、ウェブ接客という言葉が広く認知されるにつれて、ユーザー解析機能のない単純なチャットツール、メール配信ツールまでがウェブ接客と表現されるようになってしまいました。僕らとしては、チャットやメールといった行為そのものではなく、ユーザーを理解し提案を考えるそのプロセス自体が接客だと考えています。そこで、より明確に我々のコンセプトを表現するために、顧客体験、CXというユーザーを主人公にしたキーワードを前面に押し出すことにしました」(倉橋氏)
現在KARTEは、金融、小売、アパレル、メーカーなど、幅広い業界に導入されている。導入企業からの反応としては、「これまで見えていなかったユーザーが見えてきたことで、マーケティングやプロモーションを企画する際に、数字をどう上げるかだけでなく、ユーザーのことを想像するようになった」と言われたのが印象に残っているそうだ。ツールを使って便利になるだけではなく、サービスを提供する企業側の行動が変わるのは大きなインパクトといえる。
顧客行動の可視化と分析、コミュニケーションツールに加え、新たな取り組みも進められている。2020年8月にクローズドβ版がリリースされたサイト管理システム「Karte Blocks」は2021年中に正式ローンチする予定だ。
同システムでは、サイトを構成するすべての要素をブロック単位に切り分けて自由に管理できる機能を持ち、ノーコードでのブロック単位での編集・更新、顧客の属性や行動データに合わせたパーソナライズが可能になる。ソースコードに1行のタグを埋め込むだけで、開発工数をかけずに、KARTEが提供する価値を気軽に利用できるようになる。
市場のルールメイキングを進める、活動を邪魔されないための知財活用
従来、ITスタートアップはサービスドリブン型の企業が多いが、プレイドはテクノロジードリブン寄りだ。上述した主力事業であるKARTEだけでなく、ステルスでさまざまな新規事業に向けた研究開発に取り組んでいる。
「想像力と開発力がなければ、面白いもの、夢のあるものはつくれません。ただし、事業として成立させるには、想像力と開発力だけではダメで、市場を作るための精神力も重要です。そのためのパワーを全方位的に発揮できるようにしておきたい。ただ、企業が成長していくにつれて、想像力や開発力が弱まり、成長はしているものの次を打ち出せない会社も多い。力を維持していくために、今は必要ではないと思われるものにも真剣に取り組める余地をつくっておくことは大事だと思っています」(倉橋氏)
スタートアップが持つ想像力や開発力を形として示すひとつに知財がある。現在プレイドでは、特許13件、商標45件を出願・取得している。
「創業初期から重視しているのは、自分たちで新しい市場をつくり、その市場のルールを自分たちで決めていくこと。我々は、できるだけ前へ前へと進んでいきたいので、その活動を邪魔されたくない。初期段階から知財を押さえていくのは、利益を守るというよりも、自分たちの活動を守る、という感覚のほうが近いかもしれません」
上述の「ウェブ接客」のように、本来の意図とは異なる意味で言葉が広まることも活動の阻害要因になりうるため、商標については、プロダクトやサービス名以外のものも登録している。例えば、サービス名の「Blocks」に加え、その世界観を表す言葉としての「BMS(Block Management System)」や「CX〇〇」といったキーワードも併せて登録するなど、価値観を定義するために商標を活用しているのが特徴だ。
特許の効能として、一般的には、独占、連携、信用の3つが挙げられるが、プレイドの場合、先端を走るために、“邪魔をされないこと”を主眼に置いている。法務・知財を担当する澤井氏によると、最初にKARTEのベースとなる解析技術の特許を出願し、その周辺特許を押さえているそうだ。
「KARTEには、基本機能、データベース処理、ユーザーインターフェースの3点のアプローチを持つプロダクトなので、それぞれの視点で知財を取っていきやすいという前提もあります。特許は、我々がやりたいことを守るためでもあり、先進性をアピールするための手段にもなります。ただし、特許が唯一の手段ではありません。カンファレンスや論文での発表、あるいはよりライトにSNSで発信する、といったいくつかの選択肢のひとつ。出願をゴールにせず、常に広い視点で捉えることを意識しています」と澤井氏は補足する。
社内のメンバーともこの考えは共有されている。
「とくに開発に携わるエンジニアと共有するようにしています。KARTEにはさまざまな情報が集積しており、垣根のないサービスなので、ひとつの特許に捉われない視点が大事。KARTEとは無関係の特許からヒントが得られるかもしれないし、逆にKARTEの特許がほかのプロダクトに活かせるかもしれない。価値観が固まらないように意識しています」(澤井氏)
社内のメンバーが自発的に知財活動に取り組める意識の醸成
社内全体でこの知財意識も共有されており、広報活動でも、特許の出願時期に合わせて新サービスのプレスリリースのタイミングなどを判断しているとのこと。
社内の知財意識を高めるためには、どのような体制を整えていったのか。
「体制を作るというよりも、特許や商標を取りに動いていることや登録された実績をしっかりと社内に周知、共有するようにしています。そうすることで、知財に対する意識が自然と育まれ、特許化できる可能性があるものを上げやすい雰囲気になっていったと思います」(倉橋氏)
知財活動のための社内体制としては、何らかのプロセスが定義されているわけではない。例えば、社内のコミュニケーションツールでのミーティング中にアイデアを思い付いたら、その本人がリーダーシップを取り、必要に応じて関係者をメンションして巻き込んでいく形だそう。
「弊社はフラットな組織とはいえ、200人規模になると、すべてを把握するのは難しくなってきます。バックオフィス側の人間は、守りではなく、攻めのミッションを持ち、いろいろな部署に入り込んで積極的にコミュニケーションすることがすごく重要。プロセスにのっとり情報を上げていくのではなく、むしろ法務側が取りに行くようにしています」
価値のあるアイデアを取りこぼさないことも大事だが、規模が大きくなれば、ある程度の選定も必要だと澤井氏は補足する。
「プロダクトやサービスの成長に伴い、基本特許と周辺特許のバランスや配分はもとより、その機能や保護領域のマッピングによる分析等を通じた選定が重要になっていきます」(澤井氏)
あえて組織としての体制を構築するのではなく、社内のメンバー自らが自発的に考え、行動することを重視しているのがプレイドの特徴だ。その意識はプロダクトにも反映されている。
「知財もそうですし、新しい事業、お客様への提案の仕方についても、仕組みやルールの設計から入りたくない。仕組み化すると、一定の思考停止を許容してしまうから。何か変えなくてはいけないものを見つけたら、その瞬間に変えることができたらベスト。何かあったときに、超迅速に対応する仕組みに落とすこと。仕組み化は、限界まで、最小に排除するように、我慢をしながら今後もやっていきたいです」と倉橋氏。
最後に、これからの起業家、スタートアップへメッセージをいただいた。
「商標や特許は、ビジネスをどれだけ大きく広げられるのかに関わってきます。スタートアップは資金に限界があるので、できるだけ早期に知財の重要性を認識して投資するのがポイントです」(澤井氏)
「スタートアップはプロダクトやサービスの開発と、使ってくれるユーザーに向き合うことの2つを重視しますが、知財周りを考えることにより、物事をより遠く、俯瞰的な視点も含め立体的に見るきっかけになります。ロングタームで大きなことを成し遂げたいのであれば、知財周りの活動はいろいろな意味で視座を引き上げてくれる良い機会です。決してマイナスはなく、思った以上にプラスの側面が多いので、ぜひ興味を持って取り組んでほしいです」(倉橋氏)