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世界5リージョンのシステムをAWSへ移行/統合、クラウドジャーニーの成功は「見直しフローをつねに回す」に尽きる

念願のグローバルITインフラ統合を実現、サントリーに学ぶ成功の秘訣

2020年11月04日 07時00分更新

文● 五味明子 編集● 大塚/TECH.ASCII.jp

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移行前の入念な準備、クラウドノウハウの蓄積とAWS人材の育成

 2017年末の全リージョンによるインフラ統合合意後、2018年から2019年3月までの期間は実行計画の策定、全体設計、標準ルールの策定など、本番移行前の入念な準備にあてられている。移行作業を最初に開始したのは2019年4月の日本で、他のリージョンは日本での成果を見ながら徐々に進めていく方針を取っている。全リージョンが移行を完了し、新システムで稼働するのは2022年初頭になる予定だ。

各リージョンの移行スケジュール。最初にスタートしたのは日本で、2019年4月にプロジェクトがスタートし、2020年7月には移行が完了した。他のリージョンもすでに移行作業が進行中で、すべてのリージョンが新システムで稼働するのは2022年初頭を予定している

 先行してプロジェクトがスタートした日本だが、2020年7月にはすべての移行作業を完了しており、オンプレミスのデータセンターを8月に解約、国内グループ各社はすでに新インフラのもとで業務を行っている。

 全世界のサントリーグループ300社の業務を支える基盤づくりを一貫してリードしてきた日本チームはどのようにしてAWSクラウドへの移行を進めてきたのだろうか。2015年から独自に“AWSジャーニー”を模索してきたサントリーシステムテクノロジーの加藤氏は、「最初からクラウドネイティブでアプローチするシステム」と「リフト&シフトで移行した後に最適化を図るシステム」に分けて移行準備を重ねてきたと明かしている。

 クラウドネイティブなシステムについては、キャンペーンサイトなど既存のサントリーのBtoC系のシステムを先行して2017年から移行し、本格移行の準備段階としてノウハウを蓄積してきた。インフラ統合後はクラウドネイティブで新規システムを構築する方針が決まっていたが、その前の段階で可能な限りクラウド特有のノウハウを蓄積し、社内勉強会の開催などを通してAWS人材を育成する準備を始めていた。また、それ以外の既存システムに関しては、クラウドへ単純移行したあとに最適化を図るリフト&シフトのアプローチを採用し、PoCを繰り返しながら徐々に“オンプレの手放し”を進めてきたという。

 この2つのアプローチによって「2018年には社内に相当数のAWS人材を揃えることができた」と加藤氏は語っているが、これは前述した「クラウドによるトランスフォーメーションを成功させる企業の条件」の3.にあたる。加藤氏によると、現時点で100名ほどのAWS人材が社内に存在するという。本格的な移行開始前にAWSのノウハウと人材を集約できていたことは、その後の移行プロジェクトをスムースに進める大きなカギとなっている。

AWSクラウドへの本格的な統合を始める前の2015年ごろから、日本ではサントリーシステムテクノロジーを中心にAWSジャーニーが始まっていた。ここでAWSのノウハウと人材を地道に蓄積していたことが、本格的な移行作業時に奏効する

約1年半で1000台以上のクラウド移行を実現できたポイント

 サントリーグループの日本における移行スケジュールをあらためて見直すと、2019年4月に移行作業を本格スタートし、2020年7月にすべての移行作業を完了、トータルで1000台以上のサーバをオンプレミスからAWSクラウドに移行している。「このプロジェクトのゴールは、すべてのリソースをオンプレミスからクラウドに移行することだった」と加藤氏は語っているが、まさにその言葉どおりに実現している。“成功する企業の条件”の4.にあるように、1000台以上の移行という大規模プロジェクトを約1年半で最後までやり切った実績は高く評価できる。

日本リージョンにおける移行スケジュール。全体を三層構造(移行前期、移行中期、移行後期)で構成し、重要度の高いシステムから順に移行しながら早い段階で課題を洗い出し、都度、対策を反映していくアプローチを取っている

 加藤氏は「クラウドへの移行作業は実際にやってみないとわからないことが多い。事前にどれほど準備を重ねていても、作業を開始してから次々と新しい課題が出てきた」とプロジェクトを振り返っているが、移行開始後の課題にどう向き合うかはプロジェクトの成否を大きく左右するといってもいいだろう。以下、加藤氏が語った“移行のポイント”のなかからいくつかを紹介する。

●見直しフローをつねに回し、継続的な改善に努める
 「1000台を超えるサーバを無事に移行できたのは見直しフローをつねに回してきたことに尽きる」――説明会で加藤氏が最も強調していた部分である。移行後の構成や移行手順、システム検証内容などはそのたびに見直し、問題や障害が発生した場合は即座に対応し、都度、対策に反映させてきたという。見直しフローを回すたびに移行作業がアップデートされるので作業そのものが効率化し、アーキテクチャも作りながら洗練されていくことにつながった。

●AWSプロフェッショナルサービスの活用
 AWSへの移行プロジェクトにおける重要度の高いポイントとして、加藤氏は「移行後の構成管理、とくに利用するAWSサービスの選定」を挙げている。サービスの選定に加え、移行を進める過程では、データやファイルの移行をどの方法で行うか、移行対象をどのようにターゲティングするか、などオンプレミスでは遭遇したことのない課題がいくつも出てくる。加藤氏はこうした課題に遭遇したときは何よりも「早く決める」ことを心がけたという。早い決断は、プロジェクトのより早い段階で課題をあぶり出し、その解決を早くさせる。サントリーはより早い決断と早い解決を実現するために「AWSプロフェッショナルサービス」を採用した。これにより、AWSクラウドのエキスパートの視点を取り入れながら、構成管理や移行対象の選定などを進めることが可能になり、早期の課題解決に大きく貢献したという。

●リスク回避策の準備
 移行作業中はさまざまな想定外の出来事に遭遇する。場合によっては予定していたサービスの採用を中止し、異なるものを選択しなければならないこともあり得る。こうしたリスクをできるだけ回避するために、加藤氏は「採用サービスとは別のサービスの調査をしておき、万一に備える」という対策を取っていたという。いわゆる“プランB”をつねに念頭に置きながら作業を進め、実際に問題や障害に遭遇したときはスムースに切り替えられる体制を整えていた。こうしたオルタナティブの存在は、実際にそれが発動することがなくてもプロジェクト進行の大きな安心材料となる。

●移行後のカギはAWS人材の存在
 前述したとおり、サントリーは移行プロジェクトの本格開始前からすでに相当数のAWS人材を育成していた。プロジェクト開始後は「AWSのスキルが必須な場面が多く、彼らの存在が非常に大きかった」と加藤氏は語っている。オンプレミスからAWSへと移行する場合、ストレージ設計やアクセス制御、仮想化に対する基本的な考え方などがオンプレミスとは大きく異なるため、とまどってしまうオンプレ技術者は少なくない。社内にAWS技術者がいる状態で移行プロジェクトを進められれば、そうしたギャップを最小化することが可能になり、本番稼働後もシステムを発展させるための重要な緒となる。サントリーでは度重なる勉強会の開催やAWSからの技術情報提供により、現時点ではすでに100名ほどのAWS人材が存在する。

 これらのポイントを見ていくと、サントリーのプロジェクトを成功に導いた大きな要因は「早いサイクルのPDCA」「人材」「リスク回避も含めた入念な準備」といった点に集約されるのがわかる。とくに早い段階での課題対応へのこだわりは顕著であり、本プロジェクトを一貫して支えてきた“要”となるコンセプトともいえる。早く、細かくプロジェクトを回し、発生した問題に対しては都度対応――1年半、ひたすらにこのサイクルを繰り返したことが本番稼働の成功へと導いている。

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