〈前編〉大阪大学 藤井啓祐教授ロングインタビュー

量子コンピューターは物理法則で許された最強のコンピューターである!

文●石井英男 編集●ASCII

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実用的な計算が可能な量子コンピューターは20年後?

―― 先ほど仰っていた通り、近年Googleなどの参入によって量子ビットの数が増えていき、2019年には量子超越性を実現したという話題もありました。とはいえ、現実の複雑な問題をそのまま解かせるにはビット数がまだまだ足りないと思います。では、「何量子ビットのコンピューターならこんな問題が解ける。それはいつ頃だ」みたいな予測は立っているのでしょうか?

藤井 それはなかなか難しいですね。私が書いた『驚異の量子コンピュータ』という本にも予測図はありますが、今の量子コンピューターは量子ビットの数がまだまだ少ないので精度保証、つまり「こんな計算をさせたら必ず高い精度で計算ができますよ」と言える状態を実現するためには、量子ビットの数がもっとたくさん必要です。

 というのも、僕らが古典コンピューター(編註:既存の技術で作られたコンピュターを指す)の中で1つの実数をどうやって表現しているかというと、単精度なら32ビット使います。倍精度なら64ビット。翻って量子コンピューターも、古典データで表現された実数を量子ビットにそのまま埋め込むためにはやはり64量子ビット必要です。しかし、量子超越を実現したGoogleの量子コンピューターでさえ53量子ビットしかありません。現在の量子コンピューターは実数を1個デジタルに表現することすらできないのです。

 さらに精度保証させるためにはエラー訂正用に量子ビットがさらに必要になるので、少なくても100万量子ビットくらいは欲しいです。そこまで到達するにはおよそ20年かかるのでは、と言われています。

誤り耐性量子コンピューターができるまでのロードマップ(藤井教授の著書『驚異の量子コンピュータ』より)

 ただ、IBMが最近ロードマップを出しまして、2023年に1000量子ビットとなっていたので、そのロードマップ通りに進めばもっと早いかもしれません。ただ、100万量子ビットとか1億量子ビットまでいくためには、今の量子コンピューターの仕組みのまま数を増やせばいいというわけではありません。

 現在の量子コンピューターでは、1個1個の量子ビットの粒を電磁波で制御していますが、その制御のために同軸ケーブルを1本1本挿しているのです。今はまだ50量子ビット程度なので、制御線や読み出し線などを含めてもせいぜい百数十本の同軸ケーブルを挿せばいいわけです。しかしそれが1000量子ビットとなると、数千本挿さないといけないし、1万量子ビットになると数万本は挿っていないといけません。そして挿し込みは人力なのです。

 量子コンピューターで写真を検索するとスチームパンクっぽい写真が出てくると思いますが、まだ人が一本一本挿している段階なので、このままでは1万量子ビットを超えるのは不可能だと思いますね。

―― なるほど。まさかそんなところに物理的な限界があるとは思いもしませんでした。

藤井 古典コンピューターの歴史を紐解くと、そういった限界をスケールする方法を誰かが考案し、その新しい方法に則って安く高性能な製品が登場し……という順番を繰り返すことで、昨今のとても安くて高性能な古典コンピューターが手に入る時代に至っているわけです。そういう意味では量子コンピューターも、これから10年20年かけて集積化のような技術を1つ1つ積み上げていく必要があるでしょう。

―― では、現在の数十~100量子ビット規模の量子コンピューターには意味がない?

藤井 ところが、そうでもないのです。役に立つ計算は今のところできていませんが、量子コンピューターが計算しているものを、そのままスパコンを使って計算できるかというと、それはできないくらいの複雑さには到達しているのです。それを我々の分野では量子超越と呼んでいるのです。

 現在は狭間の時代ですね。20量子ビットあたりの規模感ならば、量子コンピューターを僕のノートパソコンでもシミュレーションできます。ですが、僕らのような理論やアルゴリズムの研究をする者は、5年先に出てくるようなハードウェアで動かすためのアルゴリズムを研究しないといけませんから、ハードウェアに依存せず開発できる環境が必要なのです。

 実際、うちの研究室もシミュレーターを作って研究していますが、そういったシミュレーターで扱える量子ビットの規模感は30量子ビットから40量子ビット程度なので、50量子ビットのデバイスが実際に動いているGoogleの環境というのは、人類にとって未知の領域にかなり足を踏み入れていると思います。

デジタルネイティブならぬ「量子ネイティブ」が必要だ

 僕らはすべての教育を古典コンピューターの世界で受けているので、量子コンピューターありきで考えていません。ところが今後は、ものごとを量子コンピューターありきで考えて、スパコンでもシミュレーションできないような代物の使い道を考え出さないといけません。これは今、世界中の研究者の課題でもあります。

 たとえばGoogleは暗号分野というか乱数の生成に役立つのでは、と言っています。スマホゲームのガチャなどは乱数を引いているわけですが、結局は疑似乱数ですよね。シード、最初の種を知っていれば、数式に従って計算をしているわけですから、どんな乱数が出るか完全に予言できちゃいます。

 一方、量子力学の世界ならば、誰にも予言できない乱数を作り出すことができます。量子力学自体がランダム性を持った学問体系になっていますから、量子コンピューターは当然、真性乱数を生成できるのです。

 今の社会では、公平性がさまざまなサービスにおける付加価値になっていますから、Google規模のインフラがあれば、「ユーザーにとって公平な乱数」というものを検証可能な形で提供することが量子コンピューターを最初に役立てる選択肢になり得るのではと考えているようです。そろそろ特許も公開されるのでは。

 当然、100万量子ビットや1億量子ビットが実現できれば化学現象の解明にも役立つでしょう。たとえば世界のエネルギーの数%は肥料を作るための窒素固定に使われていますが、一方でマメ科の植物は根粒菌が窒素を固定化しています。その仕組みを量子コンピューターで解明し、もし触媒が開発できれば、グローバル規模でエネルギーを節約できるでしょう。

 当然、現在も化学の研究者たちは触媒の研究をしているのですが、なぜ難航しているのかといえば、まさに量子的な現象が関与しているため、古典コンピューターでは量子性を取り込んだ計算が非常に難しいからです。この手の量子性がネックになって解明できていない現象は案外多いのです。

―― 桁違いの量子ビットを持つ量子コンピューターが実現することで、世界的な問題を根本的に解決できる可能性が高まるというわけですね。

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