〈前編〉大阪大学 藤井啓祐教授ロングインタビュー

量子コンピューターは物理法則で許された最強のコンピューターである!

文●石井英男 編集●ASCII

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研究室は壁一面ホワイトボード。藤井教授曰く、「ディスカッションのときに便利なので業者さんに特注で作ってもらいました」

10年前の学会では「量子コンピューターなんてできない」

―― エンジニア志望だった藤井先生ですが、ご専門は量子コンピューターの実機づくりではなく、理論的な研究ですね。

藤井 そもそも「実機を作れそうだ」という雰囲気になったのは2014年ぐらいからなのです。それまでは実機が作れそうなんて雰囲気は全然ありませんでしたし、なんなら2011年、僕が博士を取った頃は研究者でさえ、あと50年経っても量子コンピューターは実現しないと思っていたほどですから、結構複雑な思いを抱えてはいましたね。

 僕が参加した2008年~2009年くらいのとある学会では、40代~50代の年配研究者が量子コンピューターの研究をしているにも関わらず「しょせん、量子コンピューターなんてできないよね」みたいなことを根拠もなく喋っていて、『こいつら終わってんなー』と(笑)

―― やっと自分の興味と合致する研究内容を見つけたと思ったら、先達はすでに諦めていた。それはショックですね。

藤井 少なくとも「みんなで頑張って量子コンピューターを作ろうぜ!」という雰囲気ではありませんでした。しかもそれは日本特有の傾向ではなく、世界中がそんな雰囲気。風向きが変わったのは2014年、Googleの本格参入からです。

 当時カリフォルニア大学のサンタバーバラ校にいたジョン・マルティニスという人が、精度良く量子デバイスを制御するというブレイクスルーを起こしたのです。ブレイクスルーというより地道なエンジニアリングと言ったほうが適当かもしれません。それ自体で革命的に何かが変わったわけではないのですが、エンジニアリングの面を追求したことが特徴的で、その結果、まともな量子コンピューターが作れる見通し、ロードマップがそこで初めて見えてきたのです。

 ロードマップが見えるとGoogleなどの大手も次々に参入しますから、空気が一変しました。リソースの量が増えたので、数十人規模の研究者が参画するプロジェクトが生まれ、スタートアップも数多く立ち上がりました。加えて、それまでものづくりには無頓着だった研究者たちが軒並み意見をひるがえし、「俺も量子コンピューターを作れる」「来年には10量子ビットの量子コンピューターが完成します」と言い始めたのです。つまり、どうやったら量子コンピューターを作れるか? ということを真面目に議論できる時代になりました。

 最近では米国のトランプ大統領がNational Quantum Initiativeと銘打って5年で約1500億くらいの予算をつけて研究拠点の増加を図っています。また、僕らが「量子コンピューターの開発は今やるべきだ」と国のさまざまな委員会に長年訴え続けていたこともあり、米国でお金が動き出したのをみて日本政府も反応しました。2014年あたりは資金的にもどん底だったのですが、2016年頃から予算がつくようになり、状況は改善しつつあります。

―― 藤井先生は研究を始めたとき、『どこかでブレイクスルーが起きて、必ずこんな時代が来る』と信じて始めたのですか?

藤井 うーん、ここまで状況が進むと思っていたかというと……。とにかく実現する目処すら立ってないものを、とことんリアリスティックに研究するという、ちょっと狂気的なところを楽しんでた感があったことは否めませんね。

 当時は一匹狼だったので、そんな状況を楽しんでいました。現在ではこの分野にかかわる人も増えて、国の予算もつき、私も立場的に偉くなりつつありますが、ちょっと複雑です。当時はかなり自由で、誰も興味を持っていないような状況に楽しみを感じていた、というところはあるので。やはり、テクノロジーの進歩はすごいですよ!

―― 自分だけがファンだと思っていたアイドルが突然人気沸騰してメジャーデビューしてしまった、みたいな(笑)

量子コンピューターの過去・現在をざっくり紹介

 量子力学という言葉を聞いたことがある人は多いだろう。量子力学とは、原子を構成する電子や陽子といった素粒子(量子)の振る舞いを扱う学問である。

 量子力学に対して、日常的なサイズの物体の振る舞いを扱う学問は古典力学と呼ばれるが、量子力学の世界では、常識では考えられないような奇妙な現象が生じる。例えば、高い壁に向かって野球のボールを投げることを繰り返しても、ぶつかって跳ね返ってくるだけだが、量子の世界で同じことをすると、壁を通り抜けることがあるのだ。

 これをトンネル効果と呼ぶが、こうした不思議な量子の性質を巧みに利用することで演算を行うコンピューターが、量子コンピューターであり、従来のコンピューター(古典コンピューター)とは動作原理が全く異なる。

 量子コンピューターという概念は1980年代に誕生したが、その実現は難しく、なかなか成果が出なかった。しかし、2011年に突如としてカナダのベンチャー企業D-Wave Systemsが量子コンピューター「D-Wave」の開発に成功したことを発表。

 D-Waveは、それまでIBMなどが開発にしのぎを削っていた量子ゲート方式の量子コンピューターではなく、量子アニーリングと呼ばれる手法を採用していることが特徴であり、最適化問題しか解くことができないという制限がある。D-Wave Systemsは、その後もD-Waveの改良を続け、2017年には2000量子ビットを実現した「D-Wave 2000Q」の販売を開始した。

 量子ゲート方式についても、2016年にIBMが5量子ビットの量子コンピューターを開発、2017年には20量子ビットの量子コンピューターのオンラインでの提供を開始、50量子ビットの量子コンピューターの試作機の構築に成功したことを発表した。2014年から量子コンピューターの独自開発を開始したGoogleは、2019年に53量子ビットの量子プロセッサ「Sycamore」を開発した。

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