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生物多様性の保全をビジネスとして成立させたバイオーム

文●石井英男 写真●バイオーム提供 編集●ASCII

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 ここ数年、生物多様性というキーワードを目にすることが増えてきた。生物多様性とは、要するに様々な種類の生物が暮らしているということだが、人間が健康に生活するためには、実はこの生物多様性が重要な役割を果たしている。

 しかし、生物多様性は急速に失われつつある。2010年10月に愛知で開催されたCOP10(第10回生物多様性条約締約国会議)では、愛知目標と呼ばれる生物多様性の損失を止めるための20の個別目標が定められた。愛知目標は2020年までに達成する目標とされたが、2020年時点では6項目で一部達成、残りの14項目が未達成という結果になっている。

 2017年5月に設立されたバイオームは、生物多様性の保全をミッションとするベンチャー企業。「いきものコレクションアプリ バイオーム」などを通じて、生物多様性の保全に取り組んでいる。電通国際情報サービス(以下「ISID」)オープンイノベーションラボ(以下「イノラボ」)も、以前から音を通じた生物多様性を定量化する研究をしており、生物多様性の重要性を認識していた。

 そんなバイオーム代表取締役藤木庄五郎氏とイノラボ藤木隆司氏が、生物多様性をテーマに語り合った。

生物多様性に世界が注目

イノラボ藤木氏(以下「イ」):自分は生態学者ではないので、社会トレンドから見た視点で、生物多様性について話をさせてください。いま生物多様性というキーワードが注目されている理由として、2021年6月に生物多様性に関するCOP15(第15回気候変動枠組条約締約国会議)という会議が開催され、「TNFD」(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures:自然関連財務情報開示タスクフォース)が立ち上がったことがひとつあると考えています。

イノラボ藤木隆司氏

 TNFDとは、企業が生物多様性に関連したリスクと機会を開示することを求めるタスクフォースです。最近、気候変動に関して「TCFD」(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース)が注目を集めています。たとえば、東京証券取引所は市場区分の見直しをする際、新設される「プライム市場」に申請する企業に対して、TCFD提言に沿った情報開示を求めています。地球環境に影響を与える企業活動に対して情報開示の要求が強まっていくなかで、TCFDの生物多様性版とも言えるTNFDが立ち上がった。TNFDの計画では、2022年に一部運用を行ない、2023年には枠組みを完成させる予定です。企業はそれに沿った「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標・目標」の柱で情報開示が求められていく。そうした動きを見据えて、企業が生物多様性に関してどのように取り組みをしていくのかが重要になっていく──と感じています。

 一方で、生物多様性は、言葉の意味がとらえづらく、範囲が広いため、何をすればいいかが分かりづらいことが課題です。まず、現状把握のための定量化が必要ですが、それが難しいことで目標値が立てれない、そのため対策も決められない。もっと言うと、そもそもどれほどの課題があるのかの問題意識の共有ができない、ということが起きてしまっています。そこで、生物多様性の定量化をどのように実現していくかが重要になる、と私は思っています。

バイオーム藤木氏(以下「バ」):うちの会社は生物多様性の保全をビジネスにしようということにチャレンジしている京都大学発のベンチャーです。この領域があまりうまくいっていない理由として、先ほども話題に出てきましたが、「生物多様性というものを定量化できていない」ということがあると思っています。そこをまずクリアしていくような取り組みにチャレンジしています。すなわち生物多様性をデジタル化していくという取り組みです。

バイオーム代表取締役藤木庄五郎氏

 デジタル化のため、どこにどんな生き物がいるのかという情報や、過去の調査データを集めています。その活動の中で、スマホからデータを集められるんじゃないかと思うようになりました。世界中に40億台以上普及し、ありとあらゆるところにあるスマホを通してデータを集められるんじゃないか。そのアイデアをもとに「いきものコレクションアプリ バイオーム」を開発しました。

 位置情報付きの生物、写真を登録していくアプリですが、ただ漫然と「情報登録してね」で情報が集まるわけはないと思っていて、「環境保全のためにデータを集めよう」だけではなく、「楽しいからやろうよ」というイメージを大切にしています。倫理観ではなく人間の欲望に刺さるようなサービスにするのが重要なんじゃないかということで、生き物を見つけたらレベルが上がるとか、他の人に見せ合いっこして楽しく会話できるような、ゲーム感覚のアプリにしたいと思って作っています。

 そのときに、あまり生き物に馴染みのない方でも楽しめるように、生き物の名前を判定するAIを同時に開発しました。スマホで写真を撮って位置情報付きの写真を送ると、AIが学習したデータから「この生き物じゃないですか?」と教えてくれる。その写真を登録して、コレクションできる仕組みです。

 ただし、保全上の観点から、希少種の位置情報は強制非公開にし、場所を特定できないようにしています。地図から種の検索をすることもできません。あくまでも自分の周りにいる生き物を知るためのものであり、採集を助けるものではないと位置付けています。

 アプリは現在、ダウンロード人数が約41万人。データとしては220万件以上の生物発見情報が収集されています。アプリを通してデータを集めるということについては成功に近い状況にまで持ってこられたと思います。

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