遠藤諭のプログラミング+日記 第78回
スマートフォン、AI、ブロックチェーン、DX、オンラインサービス、そして……
ニューノーマルの時代にITとデジタルはなにができるか?
2020年06月12日 17時00分更新
新型コロナで飲食店の営業縮小や休業がはじまった4月初旬に、塚本幹夫さん(メディアストラテジストで仕事でもお付き合いがある)が「東京テイクアウト応援団」というFBグループをはじめた。テイクアウト情報を共有することでレストランを応援しようというもので、「いままで滅多に予約の取れなかったフランス料理店」などと書かれていることも多い(みんなのイチオシが出てくる感じが嬉しい)。
ところが、FBグループではどんどん書き足されていくだけで地域ごとに見たりできない。そこで、塚本さんご自身がそれをエクセルで地域・ジャンル・店名・URLをいれてまとめられた。そこまでデータ化したのならGoogleマップにスポット登録するとさらに便利そうだ。ということで、私が簡単なプログラムを書いてそれをGooleマップに展開してみた(URLはコチラ)。
新型コロナの時代に1人1人はなにができるか? 私は他人のプロジェクトのおまけでちょっとしたプログラムを書いて動かしただけである。なのでそういう実感はほとんどないのだが、これって新型コロナに対して個人が起こしたアクションにほかならない。「東京テイクアウト応援団」は期間限定で6月末にアーカイブ化される予定だそうだが、むしろこれから始まる「ニューノーマルの時代」に1人1人ができることを考えてみるべきタイミングだと思う。
新型コロナによって、世の中はガタンと音を立てるように土台が変わったようなものである。「元の社会にいつ戻るのか?」というアンケート調査も行われていてその気持ちもわかるが、もっと前を見てピンチはチャンスだと考えたいものだ。
そこでカギをにぎるのは、日本の場合は「IT」しかないと思う。なぜならば、1990年代以降、世界は、IT技術によって大きく変化をとげた。いま米国の経済を支えているのは、20世紀の米国ブランドたちではなく、アップル、グーグル、アマゾン、セールスフォースなどのITブランドだ。これは、ヨーロッバはそこまではいけてないが中国は完全に同じレベルに達している。そうした変化を捉えきれず、すっかり乗り遅れて不況のなかにあるのがいまの日本だからだ。
そんな日本が、21世紀に入って「世界最先端IT国家をめざす」(世界最先端 IT 国家創造宣言)と言ったのはよかったと思う。ところが、2020年までに世界最先端IT国家にすると唱えていたのが、その2020年になったいま我々の目の前にある現実はどうだろうか? 感染者数のファックスによる連絡が原因の誤集計や給付金等の申請方法がeガバメントとはほど遠いのはニュースを見てのとおりだ。
2008年に、経済学者の野口悠紀雄さんと共著で『ジェネラルパーパス・テクノロジー―日本の停滞を打破する究極手段』を書かせてもらった。その中では、旧ソ連の崩壊が、やがてインターネットに発展することになる分散型コンピューターシステムとその政治体制の不一致によるものだと述べられている。ITをやれるかどうかは、国家体制が終わるほどのインパクトがあるということだ。
日本は、80年代までの製造業を中心とした繁栄でなんとか持ちこたえているのはありがたいことだがとても古い国になってしまっている。そんな30年間にもわたって変われなかった日本が、ようやく変われる千載一遇のチャンスがいまなではないのか?
それでは、IT、あるいはデジタルは、ニューノーマルの時代に何ができるのかを書き出してみた。レゾリューションもバラバラのまま、漏れもあるのは覚悟のうえだがこれくらいに絞ったほうが俯瞰できるかもしれない。そして、書き出したものを少しでもとらえやすいように縦軸・横軸にマッピングしてみた。
実は、はなはだ便宜的なマッピングのつもりだったが1つ大きな構図がこの中に見えることに気づいた。それは、ここでの縦軸というものが新型コロナの時代そのものだということだ(上方向は必ずなければならない感染対策、下方向には新しい生活や社会のあり方だ)。つまり、衣食住や社会インフラ的な重みでコロナ対策の軸がついてまわるということである(戦時下みたいなことか)。書き出した項目について触れてみよう。
スマートフォン
アップルとグーグルが協力して「濃厚接触通知アプリのAPI(Exposure Notification API)」の提供を開始したのは、ITにできることの代表的な例だ。スマホユーザーの行動履歴は非常に正確な位置情報と分単位の時間で記録される(グーグルのロケーション履歴を見てみるといい)。
この行動履歴は記録を許可したユーザーしかとれないので十分なデータにならない可能性があるうえにそのまま使うわけにはいかない(一部の国の感染対策アプリにはプライバシー上問題ありなものもあるが)。そこで、アップルとグーグルのAPIは匿名な状態のまま人と人の接近を知ることで感染リスクを可視化しようというものだ(Bluetoothを利用)。第2波、第3波がくるままえにマスクなみにアプリが徹底されているとよいのだが。
スマートフォンは、我々の身体拡張のようなものなのでいささか違和感はあるが「ウイルスとの戦い」の1つの項目としてマッピングした。いうまでもなく、スマートフォンというデバイス自体は、非接触で支払えるQR決済をはじめ個人に紐づけした部分でやれることはまだ何倍もある。
AI
2013年以降に注目されたテクノロジーであるにもかかわらず、新型コロナ関連ではもっとも注目されまた期待されているのが「AI」(とくに深層学習)の分野だ。
今年3月16日、米国ホワイトハウスと複数の研究組織が協力して「CORD-19(COVID-19オープン・リサーチ・データセット)」という新型コロナウイルスに関関連する論文データセットを無料で世界の研究者たちに公開した。これは、論文が自由に読めるだけでなく、AI技術を駆使して機械に読ませることを前提としていることが大きな特徴である(自然言語処理や文献キュレーションなど)。
Kaggle(データの投稿・分析プラットフォーム)の「COVID-19オープン・リサーチ・データセット・チャレンジ」(アレン人工知能研究所による=このプラットフォームが使われるのもいかにも2020年のいまだ)を見ると、この記事を書いている6月11日現在、69,000以上の全文を含む学術記事、138,000以上の学術記事リソースからなるとある。
AIの活用は、遺伝子解析、医療画像の解析、新薬の開発などの研究分野から、感染を心配する人向けのAI相談窓口や非対人物流のための自動運転などの利用も貢献しそうである。最新のAI活用分野の広さは手前みそながら『AI白書2020』(独立行政法人情報処理推進機構編、角川アスキー総研発行)をご覧いただきたい。
我々は、ウイルス v.s. 医療×人工知能の戦いという新しい歴史を見ているのかもしれない。
DX
新型コロナウイルスの時代は、リモートワークに象徴されるオフィスやビジネスの形をいやがおうにも変化させている。これには、ZoomやSlack、企業向けのクラウドサービスが準備されてきたのも大きい(「ZoomとSlackとGoogle Docsが三種の神器/オンラインハッカソンをやりたい」参照)。これによって、1990年代にもてはやされたビジネスプロセス・リエンジニアリング的な業務フローの見直しをするのはありだろう。少なくとも、オフィスの契約を解除して家賃分経費が削減できたなどという話で終わってはもったいない。
企業が取り組むべき次のステップは新型コロナ時代の「DX」(デジタルトランスフォーメーション)しかない。ただし、昨年11月に経済紙主催イベントに招いていただいたときも触れたが、企業活動を根本的にデジタル化するという(つまりITやデジタルを手段として導入するという)発想では、どんなに力づくで巨額の予算を投じてもうまくいかない。逆に、たった1つのことを実現すれば企業はしぜんとDXを起こすというものだ。
そもそもトランスフォーメーション(形質転換)とは、細菌細胞に外部から遺伝子を導入して菌の遺伝的形質を変えるという生命科学の現象からきているそうだ。イーロン・マスク氏が買収するまでのテスラはEVの会社だったが、中心にソフトウェアを置いたときからクルマをスマホのような体験に変えた。Uberも、中心にソフトウェアがあるからUber Eatsのような転用が可能なのだ。実は、アマゾンもグーグルも、同じようにソフトウェアが真ん中にあって、オタクどもがちょっとやり過ぎてしまった結果のような会社である。本尊は、データでありソフトウェアである。
ブロックチェーン
新型コロナウイルスの時代とは、すなわち人と人が距離をおいて接触を減らす非接触型社会ともいうべきものだ。これはおのずと分散型の社会システムをうながすことになる。目の前で書類のやりとりをしたり、握手をしたあとで振込手続きをするなんてことが減るのだとしたら、そこに登場すべきはブロックチェーン技術だ。将来的に会社に替わるものとなるという意見もあるDAO(分散自律型組織)の可能性も広がるというものだ。新型コロナウイルスに対する免疫力を証明する「デジタルヘルスパスポート」(抗体パスポート)にブロックチェーン技術が使われるというニュースもあるが、その応用範囲はもっと広いものになるかもしれない。
オンラインサービス
ニューノーマルにおいては、ネット通販や動画配信、ソーシャルメディア(これに関してはデマなどネガティブな部分もあるが)、Zoomの飲み会やUber Eatsなどが、人々の日常生活や心と体のケアの部分で助けてくれた。オンライン授業や診断など、いままでオンライン化がなかなか進まなかったものも少しずつ広がっている(先生は大変そうだが)。
ただし、日本は、オンラインサービスやアプリに関して「UI」(ユーザーインターフェイス)やサービスの設計がきわめて弱い。そのために主要なサービスを外国勢に抑えられがちである。Amazonの次にはAliexpress、YouTubeの次にはTikTokなど中国勢がすでにきている。消費全体に占めるオンラインの比率が高くなれば、アプリの植民地みたいなことになりかねない。日本は、ゲームエンターテインメントではUI的に優れたソフトも少なくなっかた。本当の原因はどこにあるのか真剣に考えるべきである。
私たち自身がどう変わるか?
この原稿の冒頭でふれた「東京テイクアウト応援団」の内容をGoogleマップにスポット登録するプログラムを書いたとき、「えーっ、プログラムでやるとはさすが!」みたいなことを言われた(オヤジたちの間でだが)。「SikuliX」という画像認識が使えるPythonベースの言語を使いましたと言うと、「なんと、AIまで使っているとは!!」というような感じになった。でもこれ、ホントにちょっとまともな中学生ならできてしまう内容なのだ(3時間くらいのレクチャーを最初にやればよいか?)。
米国のオバマ前大統領が、「すべての人にプログラミングを!」と訴えたのは2013年のことだった。それは、綺麗ごとではなく「 アメリカがが最先端をゆく国であり続けたいのであれば、我々の生活を変えてるような、ツールや技術を習得した若い人が必要です」と述べたのだった。もちろん、プログラミングは本人の価値も高めるはずだが、「アメリカの将来のためにコンピューターマニアが必要だ」と正直に言ってのけたのだ。
オバマもすべての人がプログラマになるべきとまでは言っていなくて、自分のまわりで何か課題が生じたときに「プログラムで解決できるよね」と発言できる人を増やしたいということなのだろう。その意味で、プログラミングを体験しておくことは重要ということだ。このデジタルの肌感とでもいうべきものが身についているかどうか? それを、子どもから大人から企業トップから官僚まで持てるかである。
日本でモノや文化を生み出してきた人たちが、いまのITとデジタルを自由に使いこなし受け入れられるようになったら本当に面白くなると思う。
それは、カラオケのような遊び心やウォークマンのようなライフスタイルを生み出すかもしれない。時計やカメラのような研ぎ澄まされた世界、車や街のよさなのか、浮世絵やマンガや寿司のような文化なのか。その日本らしさは、我々自身と世界をハッピーにするはずだ。ITとデジタルのほうはいつでも来てくださいねという状態なのだが。
遠藤諭(えんどうさとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長などを経て、2013年より現職。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。プログラミングは遠ざかっているが「AMSCLS」(LHAで全面的に使われている)や「親指ぴゅん」(親指シフトキーボードエミュレーター)などフリーソフトウェアの作者でもある。著書に、『近代プログラマの夕』(ホーテンス・S・エンドウ名義、アスキー)、『計算機屋かく戦えり』など。
Twitter:@hortense667Facebook:https://www.facebook.com/satoshi.endo.773
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