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宇宙、医療、新分野……知財が問われるスタートアップ領域はこれからもっと増えてくる

インキュベイトファンド 代表パートナー 村田 祐介氏インタビュー

特集
STARTUP×知財戦略

この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」(外部リンクhttps://ipbase.go.jp/)に掲載されている記事の転載です。


 インキュベイトファンドは、創業期のスタートアップ支援に特化したベンチャーキャピタル(VC)として、2010年の設立以来、日本を代表する多くのスタートアップを支援している。近年は宇宙、医療、創薬といったディープテック領域のスタートアップが注目されているが、これらの事業には研究開発費や知財の獲得に多額の資金が求められる。インキュベイトファンド代表パートナーの村田 祐介氏に、日本のディープテック系スタートアップの成長を加速するために必要な環境、VCとしての取り組みについて伺った。

インキュベイトファンド 代表パートナー 村田 祐介氏
1999年に金融機関向けSaaSスタートアップに創業参画し開発業務に従事した後、2003年にエヌ・アイ・エフベンチャーズ株式会社(現:大和企業投資株式会社)入社。主にネット系スタートアップの投資業務及びファンド組成管理業務に従事。2010年にインキュベイトファンド設立、代表パートナー就任。メディア・ゲーム・医療・フロンティアテック関連領域を中心とした投資・インキュベーション活動を行うほか、ファンドマネジメント業務を主幹。2015年より一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会企画部長兼ファンドエコシステム委員会委員長兼LPリレーション部会部会長を兼務。

インキュベイトファンドは、どのようなVCか?

 一般的なVCはプロダクトが完成した段階から投資するのに対して、インキュベイトファンドは、シードステージにおけるゼロからの立ち上げにこだわり投資活動をしているのが特徴だ。これまで創成したファンドを通じて367社ものスタートアップを支援し、上場した投資先は13社、M&Aは22社と、創業期のスタートアップへの投資では、国内最大規模の実績をもつ。

 もともとネットビジネスを中心に投資をしてきたが、近年は、宇宙ベンチャーや医療系などのディープテック領域への支援に力を入れているそうだ。

 「今は大企業にとってもデジタルトランスフォーメーション(DX)が重要なキーワード。大企業がリアルからネットへ、スタートアップがネットからリアルへと進み、その交錯地点から新しいイノベーションがたくさん生まれてくる。既存の産業にこれまでにないテクノロジーが掛け算されることで、ネイティブなコネクティッド・インダストリーが作られることに期待しています」と村田氏。

 例えば、メディアアーティストとして著名な落合陽一氏の率いるピクシーダストテクノロジーズ株式会社、内視鏡専門医の英知を集めた内視鏡AIを開発する株式会社AIメディカルサービスなどは、立ち上げ前から村田氏が支援をしている。また多様な産業という点では、営業や会計など企業に用いられるSaaSの仕組みを、農業や漁業など特定産業向けで生かす新しいSaaSビジネスでの投資も増えているそうだ。

 今でこそ、ディープテックやSaaSビジネスは注目されているが、インキュベイトファンドは、現在創業している企業の5、6年前の創業以前から支援を継続している。いつごろから現在の状況を予見できていたのだろうか。

 「通常の特定領域に特化したVCファンドは、技術を基礎研究の段階から長期にわたって追いかけていますが、我々の場合は、ずっと同じ軸で捉えるよりも、点で捉える感覚です。これまでインターネットやコンピューターサイエンスを軸にスタートアップを支援してきたこともあり、コンピューターサイエンス自体の進展を信じている感覚があります」(村田氏)

 例えば、内視鏡診断の技術の歴史は長いが、深層学習で画像診断ができるようになったのは2015年頃からだ。内視鏡そのものの進化ではなく、掛け算によるコネクテッド・インダストリーズとして見出せるようになったのは今の時代だからこそ。また、XRによる人間の知覚拡張も、古くから研究されてきた視覚の拡張×顧客体験を向上させる仕組みの交錯地点でこれまでなかった新しいビジネスの展開がある。

知財と新株予約権の交換で大学発ベンチャーの成長を加速

 このようなディープテック領域では、知財は競争力の源泉そのもの。XTechによって知財が問われる領域はこれからもっと増えてくるだろう。しかし、日本のスタートアップは知財を軽視しがちだ。その原因を、村田氏は二つ挙げる。

 ひとつは、90年代にビジネス特許がもてはやされたものの、実際には会社の競争力としてあまり役立てることができなかったこと。もうひとつは、ベンチャーが大企業と協業する際に、すべての知財が大企業側のものになってしまうケースが多かったことだ。

 また、大学発ベンチャーの場合も、大学側との権利のやり取りがスムーズとはいえない環境が続いている。

 日本の大学は、スタートアップ向けに知財をライセンスアウトすることには消極的だ。創業期の大学発ベンチャーにとってライセンス料は大きな負担だが、大学側にしてみればライセンス料で得られる額はわずかであり、双方にとってメリットは少ない。そこで、村田氏らが提案するのは、大学の知財を活用する対価として、スタートアップの株式・新株予約権を付与する仕組みだ。スタートアップにとっては創業期の資金負担が軽くなり、会社が成長すれば、大学は大きな利益が得られる可能性がある。

 創業期はライセンスの対価としてのバリュエーションの判断が難しい。ここについて、「会社の立ち上げ前にVCとコミュニケーションをすると同時に大学との交渉を始め、ライセンスの移転が確認できた時点で、その価値を含むバリュエーションとしてVCが出資し、ライセンスの対価として新株予約権に承継すればわかりやすい」と村田氏。

 ピクシーダストテクノロジーズの場合、2017年の日本法人化の際に資金調達をし、筑波大学の落合研究室から生まれた知財と新株予約権を等価交換する仕組みをつくっている。これにより大学とTLOを介さずに知財を扱えるようになり、他の企業との共同事業を進めやすく、産学連携のスピードも速まる。

 大学側のリテラシーだけでなく、最初にバリュエーションを付けるVC側もこの仕組みを理解していればより効果的だ。

 村田氏が企画部長を務める日本ベンチャーキャピタル協会は、大学による大学発ベンチャーの株式・新株予約権取得の促進を政策提言し、2019年1月には科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律が改正され、それに伴うガイドラインが策定されている。

 また、スタートアップが知財を活用するためのもう一つの課題は、伴走してくれる弁理士との出会いが少ないことだ。

 「これまでの日本のスタートアップはコンシューマ・インターネット分野が多く、彼らにとって特許は会社の競争力を左右するほど重要ではなかった。これからディープテック分野に需要が高まり、接点が増えれば、スタートアップに興味を持つ弁理士も増えるのではないでしょうか」(村田氏)

 身近な人が起業すると刺激を受けて、同じコミュニティーから起業家が生まれやすい。一昔前にネット系のスタートアップが多く生まれたのは、ネットビジネスに興味のある若者が集まる場所があったからだ。最近では、大学の工学系研究室や医療研究者からたくさんの起業家が出てきている。同様に、スタートアップの知財活用の成功事例が増えることで、専門家の需要も広がっていくだろう。

起業家と投資家がビジネスプランを磨く「インキュベイトキャンプ」

 インキュベイトファンドでは、スタートアップ向けにさまざまなイベントや勉強会を定期開催している。そのひとつが、起業前のスタートアップを対象とした「インキュベイトキャンプ」だ。

 2010年から年に1回開催しており、15~16社の募集に対して、毎回250~300社のスタートアップの応募があるという。起業家と投資家がペアを組み、1泊2日でビジネスプランをブラッシュアップするプログラムだ。

 特徴的なのは、起業家が投資家を選べる仕組みがあることだ。1日目のスタートアップによるピッチのあとドラフトがあり、1位指名が重複した場合、投資家から起業家へプレゼンして、起業家が気に入った投資家をパートナーに選ぶことができるという。

 「本来、起業家と投資家は対等な関係のはず。マーケットの環境によって売り手市場、あるいは買い手市場になっていくが、我々はフラットな関係でいたい。このプログラムでは、フラットな関係で伴走しながらゼロからビジネスプランをつくっていきます」(村田氏)

 最近は、ディープテック系の参加企業も増えてきているそうだ。ディープテックの会社は、研究開発の段階ではプロダクトがないこともあり、投資家に向けのプレゼンに不慣れだ。インキュベイトキャンプでは、投資家とペアを組むことで、投資家に伝わるアウトプットの方法を学ぶことができる。

 「起業家には、プロダクト・マーケット・フィットの視点が大事ですが、研究者でこの視点を持っている方はあまりいない。しかし、ディープテックは、バックグラウンドがあるからこそ、見えているマーケットのペイン構造があると思います。その業界独特の課題があり、このタイミングであれば解ける、という仮説を持っている人と一緒にやりたいですね」

VCコミュニティーを形成し、投資家の層を厚くする

 最後に、スタートアップエコシステムの発展に必要なVCとしての課題を伺った。

 「投資家の数を増やしていきたいです。研究開発の会社は、20億円以上ないとプロダクトをつくることさえできないので、投資家の数を増やさなくてはいけない。大きな資金調達ができるように、ディープテック領域の投資家やVC間の連携を進めていく必要があると思います」(村田氏)

 専門性の高い投資家を増やし、層を厚くするには、コミュニティーを形成し、キャピタリストの成功事例、起業家・CXOの成功事例が共有されていく必要がある。宇宙ベンチャーのiSpaceがシリーズAで100億超を調達したのは、インキュベイトファンドが投資家や事業会社を巻き込んだことにより実現した好例だ。

 コンピューターサイエンスの進化によって、医療、創薬、素材といった研究開発についても、プロダクトそのものにもITが組み込まれるようになってきた。インターネット系VCからもディープテックへの投資は注目されているという。

 「資金調達には、仮説、チーム、知財、ビジネスモデルなどすべての要素が評価の対象になります。例えば、サブスクリプションモデルは、ネット系のキャピタリストのほうが知見を持っています。さまざまな専門領域の投資家がコミュニケーションできる場所を増やしていくことで、もっとスケールアップする支援ができるはずです。知財の戦略的な活用についても、まだ工夫の余地はたくさんあるでしょう」

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