評論家・麻倉怜士先生による、今月もぜひ聴いておきたい“ハイレゾ音源”集。おすすめ度に応じて「特薦」「推薦」のマークもつけています。酷暑が続きますが、ご自愛ください。7月にリリースされた優秀録音を中心にまとめました。e-onkyo musicなどハイレゾ配信サイトをチェックして、ぜひ体験してみてください!!
世界遺産的大名盤がDSDで登場。このスタン・ゲッツ+ジョアン・ジルベルト+アストラッド・ジルベルト+アントニオ・カルロス・ジョビンの1963年録音盤が世界的なボサノバブームに火を付けた。私が高校生の時に初めて買った洋楽のLPだった(当時はクラシックLPしか買っていなかった)ので懐かしい。
e-onkyo musicでのDSDファイルはクラシック作品が多く、ジャズとの相性はどうかと思ったが、実に素晴らしいではないか。DSDの持つヒューマンな響き、豊かな音場感は、少なくとも本スタン・ゲッツの名盤の洛陽の紙価を格段に高めている。ジョアン・ジルベルトの飴色のトーン、アストラッド・ジルベルトの艶色の輝き、スタン・ゲッツのサックスの官能的な響きが、より深く堪能できる。ジャズでは音場という概念は珍しいが、本アルバムはまさにアコースティックな暖かく、麗しい音場が聴ける。これもDSDの賜物。今後のジャズDSDに大いに期待したい。
DSF:2.8MHz/1bit
Verve Reissues、e-onkyo music
『Thank You Everybody』
角田健一ビッグバンド
録音・マスタリング会社の ミキサーズラボが設立したレコードレーベル「STUDIO MASTER SOUND」第1弾作品。同社が制作した作品から選ばれた、この角田バンドのアルバムは、高音質コンテンツの定番で、私も何度となく、紹介したことがある。もともとリニアPCMの96kHz/24bitで録音し、DSD2.8MHzでマスタリングし、2010年にSACDリリースされた。今回は、そこから再度、96kHz/24bitに変換した配信ファイルだ。
多くのプロセスを経ているが、そんなことが信じられない、ひじょうにクリヤーで、解像度の高いサウンドだ。複数の楽器のアンサンブルで、ここまで混濁が少なく、透明度高く分離する録音は、珍しい。バンド全体としてのマスな音と、パート、個々の楽器の描きの明確さが両立しているのが見事だ。マクロとミクロのどちらも極めて高い次元にある。
制作者側が特に薦めるのが、3曲目の 「サムバディー・ラブズ・ミー」。「ブラス&ホーンセクションの音の分離が素晴らしく、プレーヤーの立ち位置が良く分かる録音&ミックス」としているが、確かに トランペット/トロンボーン/ベース/ドラムの、各人のポジション感、音色感、音の伸びや爆発感などの表現性は高い。リード楽器間で3度や5度の並行メロディが流れる。この録音は音程感が正確に捉えられているので、ハーモニーがたいへん美しく、離れた音程が同時に出てぶつかることで融合感が増す。これぞビッグバンドの醍醐味。
FLAC:96kHz/24bit、WAV:96kHz/24bit
Studio Master Sound、e-onkyo music
『Double Vision (2019 Remastered)』
Bob James, David Sanborn
MQAが拡がってきた。MQA-CDではユニバーサル・ミュージックに加え、大手のワーナー・ミュージックも参入した。香港のEvosoundは、ボブ・ジェームス音源を積極的にMQA化している。今回MQA-CDに加え、MQA配信に踏み切った。『Double Vision』は1986年発売され当時、ベストセラーを記録したフュージョン・シーンの名作アルバム。今年8月の全米ツアー「Double Vision Revisited」(ボブ・ジェームス / デヴィッド・サンボーン / マーカス・ミラー)を記念し、リマスタリングバージョンをマルチメディアで展開。24K Gold MQA CDと180g重量盤LP、そしてMQA配信だ。
MQAで試聴。音の粒立ちが鮮明で、押し出し感が堂々とし、MQAらしい細部の切れ味、眼前で演奏するような臨場感が、生々しい。MQAの素晴らしさが聴いた瞬間に知覚できる。時間的に切れ味がたいへんシャープで、リスニングルームで聴いていても、生っぽいスピード感が体感できる。
FLAC:192kHz/24bit、WAV:192kHz/24bit
MQA Studio 192kHz/24bit
Evo sound、e-onkyo music
『シェーンベルク:清められた夜 & ブラームス:弦楽六重奏曲 第1番』
マティアス・ストリングス, 齋藤真知亜, 降旗貴雄, 坂口弦太郎, 松井直之, 宮坂拡志, 村井将
NHK交響楽団の第1ヴァイオリンの齋藤真知亜をリーダーとし、彼の名前「マチア」を冠した弦楽アンサンブル「マティアス・ストリングス」。これまでバッハ:「ゴールドベルグ変奏曲」モーツァルト:「レクイエム」の編曲もので知られる。今回は編曲ものではなく、シェーンベルク:清められた夜 & ブラームス:弦楽六重奏曲 第1番のカプリング。マイスターミュージック制作らしく、素晴らしい音であり、素晴らしい演奏だ。
音場が広く、深い。ステレオで聴いているわけだが、まるでマルチチャンネルのように、ステージ奥まで響き、リスナーに向い響きがせり出す。「7.弦楽六重奏曲 第1番 作品18 II. Andante, ma moderato」の冒頭に奏されるテーマの峻厳でありながら暖かく、哀愁を帯びたニ短調の旋律の重み、深さが、本録音の立体的な音場にて聴き手にひしひしと伝わってくるのは、マティアス・ストリングスの演奏の力であり、マイスターミュージックの音楽に真摯に向き合う録音姿勢の賜物だろう。その後のバリューションもダイナミックで、精緻だ。音色がナチュラルで、虚飾を排しているのが好ましい。
WAV:384kHz/24bit、DSF:11.2MHz/1bit
マイスターミュージック、e-onkyo music
『マルサリス: ヴァイオリン協奏曲、他』
ニコラ・ベネデッティ, フィラデルフィア管弦楽団, クリスティアン・マチェラル
有名なジャズ・トランペッターのウィントン・マルサリスが作曲したヴァイオリン協奏曲とヴァイオリン組曲。ヴァイオリン協奏曲はスコットランド出身のヴァイオリニスト、二コラ・ベネデッティのために書かれ、2015年11月にロンドン交響楽団の演奏で初演された。現代曲だが、親しみやすい旋律に満つる。第1楽章「ラプソディ」はロマンティックな夢見るような風景。第2楽章「ロンド・バーレスク」は激しい舞踏シーン。第3楽章「ブルース」は気だるい昼下がりの雰囲気。第4楽章「フーテナニー」は「元気な農民の踊り」とクラシック調に命名したい。ケルトも交じった賑やかなカーニバルの熱気。2017年11月、フィラデルフィアでのライヴ収録。ライブとは思えない音の良さと、ライブならではの熱気が伝わる。カップリングの「フィドル・ダンス組曲」は、二コラの地元スコットランドに古くから伝わるフィドル奏法を生かした作品。これは2019年3月にイギリス・サリーで収録。
FLAC:96kHz/24bit、MQA:96kHz/24bit
Decca Music Group Ltd.、e-onkyo music
ロック界のレジェンドたちがプロデュースした60年代テイストのPOP集。リズムの強調感、ベースの飛翔感、歪んだギターサウンド、ポップな躍動感はまさにあの時代の雰囲気だ。SOLEILのちょっと舌足らずの歌も60年台風で可愛い。「2.メロトロンガール」はバネッサ・パラディ風のビートが心地好い。あえてモノラルミックスで、センターへの凝縮感を圧倒的に高めている。音色もワイドレンジでなく、中域への集中度を高めた昔的なもの。作品性も音調もトータルで、60年台にオマージュした作品だ。
FLAC:48kHz/24bit、WAV:48kHz/24bit
VICTOR STUDIO HD-Sound.、e-onkyo music
『Grits, Beans And Greens: The Lost Fontana Studio Session 1969』
タビー・ヘイズ・クァルテット
1950~60年代に活躍したイギリスのサクソフォーン奏者、ヴィブラフォン奏者、タビー・ヘイズの未発表スタジオ録音。実にエネルギッシュ、音の底から音的な、そして音楽的なエネルギーが沸いてくるような力感に溢れた音であり、パフォーマンスだ。センターに正確に定位したサックスが偉容で、音的な体積感もとても緻密だ。50年前の録音とはとても信じられない、ひじょうな鮮明さ。音の表面が磨かれ、内実も濃い。
FLAC:88.2kHz/24bit、MQA:88.2kHz/24bit
Decca(UMO)、e-onkyo music
『A Toda Cuba Le Gusta (2018 Remastered Version)』
Afro Cuban All Stars
イギリス・ロンドンのキューバ・西アフリカ音楽専門のレーベル、ワールド・サーキット・レコードは、「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」で有名だが、それ以前のキューバ音楽を率いていたアフロ・キューバン・オールスターズが97年にリリースしたアルバムのリマスター版。うきうきする躍動的なラテンリズムが格別だ。リズム、ピアノ、ブラス、コーラスとソロという編成だが、音的に充実した音組織と、濃厚でオイリーなテクスチャーで、熱い太陽の下のキューバ音楽の精雅が体感できる。
FLAC:96kHz/24bit、MQA:96kHz/24bit
World Circuit、e-onkyo music
『Shiplaunching [2019Mix]』
冨田 ラボ
冨田恵一のプロデュースになる「冨田ラボ」の第2弾アルバム『Shiplaunching』(2006年)の新ミックス&リマスタリング。
「2.プラシーボ・セシボン feat.高橋幸宏+大貫妙子 (2019 Mix)」は高橋がメインを、対メロディを大貫妙子が取る、しっかりとしたリズムによるファンタジー。「3.Like A Queen feat. SOULHEAD」はリズムとブラス隊が牽引する。突進力が強い。サウンド的には、音場いっぱいに音が溢れるように流れ、ヴォーカルを含め、各楽器はサイズの大きな音像描画だ。堂々とした進行が印象的だ。
FLAC:48kHz/24bit
Sony Music Labeles、e-onkyo music
村下孝蔵没後20年記念の周年企画ハイレゾ。大ヒットした「初恋」、「踊り子」を含む19曲収録で、ほとんどが1/4インチ、もしくは1/2インチアナログマスター。最後の「同窓会」だけがDAT録音だ。中域が強く、輪郭がしっかりとし、ドラムスが鋭角的。基本的にキラキラする質感のポップス音調だが、ハイレゾで聴くと、細部にまで気が配られていることが、分かる。ヴォーカルの響きの豊かさと、確実で強固な進行感、ダブルトラックのヴォーカルのハーモニーが特に美しい。
FLAC:96kHz/24bit
Sony Music Direct、e-onkyo music
訂正とお詫び:レーベルおよび配信フォーマットの説明に誤りがありました。(2019年11月12日)
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