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アジアン・セキュリティ最前線 ― 第8回

セキュリティとプライバシー保護の狭間

学校がスマート制服で登下校管理はプライバシーの侵害?|中国

2019年07月08日 11時00分更新

文● 牧野武文 編集●ASCII

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制服で生徒の登校・下校をチェックするシステム

 中国でスマート制服を巡って、論争が起きている。このスマート制服は、貴州冠宇科技が開発をしたもの。仕組みは単純で、ジャージのような制服の肩の部分に電子タグが埋め込まれている。そのまま洗濯することができ、洗濯機では200回まで、手洗いであれば500回まで耐えることができる。-40度から150度までの温度に適合し、充電などの必要はない。

このスマート制服問題を報道したネットメディアの動画より。スマート制服のシステムがわかりやすく紹介されている。

 このスマート制服の機能は、電子タグを読むシステム側にある。校門のところには電子タグリーダーとカメラが設置され、スマート制服を着た生徒が校門を通ると、電子タグを読み取り、教員室内のモニターに生徒の氏名が表示され、音声でも読み上げられる。下校時も同じで、登下校時間は自動的に記録されていく。

 この時に、10秒間の動画も撮影され、保護者のスマートフォンに自動的に送信される。万が一、授業中に校門から外に出ようとすると、教師、保護者のスマートフォンにプッシュ通知のアラートが送られる。

 つまり、登下校の勤怠管理をするというシステムだ。電子タグで個人を識別するが、カメラによる顔認識も補助的に併用されている(制服を友人に持たせて、登校したことにするいたずらを防ぐため)。

 すでに貴州省、広西省の11の小学校、中学校で採用されている。

スマート制服を着た貴州省福泉市第一小学校の生徒たち。貧困地域の学校であるため、冠宇科技が34名全員分のスマート制服と設備一式を寄贈し、学習資金の寄付も行なった。生徒に安全、保護者に安心を提供するためのスマート制服が論争になってしまった。

貴州冠宇科技の公式サイトより)

誘拐事件を阻止すべく導入された技術に、英メディアが物言い

問題の起点となった英デイリーメールの報道。「トラッキングチップ」「顔認証」という言葉が踊り、中国の顔認証監視システム「天網システム」と結びつけて報道されている。

 中国では以前から比べれば激減したとは言え、保護者は幼児誘拐を心配している。そのため、送り迎えをする家庭も多く、その役目は同居している祖父母が担っていた。しかし、都市化が進み、核家族化が進むと、送り迎えができなくなる家庭も増えてきた。この問題を解決するために、スマート制服が開発され、導入している学校の教師、保護者たちから歓迎されていた。

 ところが、2018年12月に、この内容を英国のデイリーメールが「もう学校はサボれない!中国の学校が、トラッキングチップと顔認証機能つきの人工知能制服を使い、生徒がどこにいるかを監視」という見出しで報道した。しかも、中国の監視社会の象徴である「天網システム」(スカイネット)と結びつけられて紹介されている。

 天網システムは、街頭の防犯カメラをネットワーク化して、顔認証により身分特定をし、犯罪者やテロリストを早期発見しようとするシステム。現在、2000万台の監視カメラがネットワーク化され、14億人の識別を3秒以内に完了することができる。すでに指名手配犯の逮捕や、イベント会場などでのスリ犯の逮捕、迷子、誘拐された子どもの捜索などで成果をあげている。当然ながら、政治信条や思想上の問題がある人を監視することにも利用されているのではないかと西側メディアから疑いを持たれている。

 また「トラッキングチップ」という言葉もGPSを連想させ、生徒が学校外であっても、常に監視されていると誤解をしてしまう。

 このデイリーメールなどの報道が、中国国内に伝わると、国内からも「やりすぎ」「プライバシーの侵害だ」という批判が起き、スマート制服を導入している学校や開発元の冠宇宙科技に対して、悪意のある非難や誹謗中傷が相次いだ。中には「学校を刑務所にするな」という激しい意見もあったという。ネットにはいまだに「スマート制服により、生徒は常時監視されている」という誤った情報が書き込まれている。

 開発元の冠宇宙科技では、公式サイトで、この問題に対する声明を発表している。報道やネットの書き込みの誤りをただし、スマート制服に対する正しい理解を求める内容だ。

 そもそもスマート制服にはGPSは搭載されていないので、生徒が今現在どこにいるかは把握できない。有料オプションとして、GPSユニットを追加するサービスを行っているが、これは保護者が申し込むもので、位置情報は学校は関知せず、保護者のスマートフォンにのみ表示される。

 また、電子タグ認識時に顔認証も同時に行なっているが、これはあくまでも補助的な手段にすぎないとしている。

 スマート制服が管理をするのは、登下校のみで、生徒のプライバシーとの兼ね合いは考慮されている。導入時の保護者説明会でも反対の声はなかったという。

曲解報道に追い討ちをかける学校の個人情報漏洩事件

 この問題は、一度沈静化したが、新学期の9月が近くなり、再び再燃している。進学する学校を決めなければならない時期になったからだ。

 あいかわらず、海外報道に基づいた誤った書き込みがされているが、ネットワーカーたちが不安を感じるのには一理ないわけではない。学校の個人情報漏洩事件が起きているからだ。

 中国の個人情報漏洩事件では、企業でも学校でも、多くの場合が外部からのサイバー攻撃ではなく、内部犯行が圧倒的に多い。最近、判決が出た事件では、2016年11月に起きた安徽省の個人情報漏洩事件がある。安徽省の学生管理システムの管理責任者であった女性は、職務上、学生たちの学籍情報にアクセスできる立場を利用し、1人あたり0.1元で4万人分の個人情報を業者に売却したという事件だ。同類の事件が、企業、教育機関などで起きているため、プライバシーを重視する人たちは、企業、教育機関が過度の個人情報を所有することそのものに批判的な人もいる。

会社のスマート出退勤は当たり前の今、学校の登下校のスマート管理は是か非か

 貴州冠宇科技は創業3年のスタートアップ。彼らにとってこの騒動は災難だったとしかいいようがない。拡大解釈された報道と曲解したネットワーカーたちによって、生徒たちの安全を守ろうという志で開発したスマート制服が、監視社会中国の象徴であるかのように扱われるようになってしまった。

 しかし、天網システム、個人情報漏洩と、ネットワーカーたちが憂慮する状況も中国には存在する。企業の出退勤管理には電子タグやスマートフォン、顔認証といったものが応用されることが当たり前になり、現在は教育機関への登下校管理にさまざまなテクノロジーが使われ始めている。このスマート制服の問題は、まだまだ尾を引きそうだ。

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