このページの本文へ

前へ 1 2 次へ

1つの目的に向かって組織が1つになったという感覚

創業130年の老舗企業にSlackがもたらした組織とコミュニケーションの変革

2019年04月17日 09時00分更新

文● 萩原愛梨 写真●曽根田元

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

抵抗感ない部署から順に味方=アンバサダーを作っていく。

 社内に戻り、いざ導入を進める鈴木氏が行なったことは2点。まずは社内でもITリテラシーが高い自身の所属するIT情報システム部からテスト導入を行うこと。所属部署で活用する中で、鈴木氏自身もSlackによるコミュニケーションや組織の変化を実感し始めたという。

「Slackを使い始めて面白い変化が起きました。チャンネル内で私から柳瀬に対しての問いに、他のメンバーが答えてくれるようになったんです。1対1じゃないコミュニケーションが生まれることで、意思決定が早くなったし、仕事が見える化したことで共通脳が生まれました。これによって、1つの目的に向かって組織が1つになったという感覚がしましたね」(鈴木氏)

 鈴木氏自身が成功体験をし、いよいよ現場での本導入に進むことになる。ここで行った施策が『アンバサダー制度』だ。ITリテラシーが高そうな営業所を5拠点ピックアップし、そこに所属するメンバーの中からITアンバサダー2名を任命した。このITアンバサダーの選定について鈴木氏は以下のように解説する。

「営業所の中でのコミュニケーションは女性が起点になることが多い。だから女性を選定し、彼女にモチベーションを上げてもらえるように『アンバサダー』と特別感のある呼び方をする制度を作りました。また一人だとコミュニケーション成り立たないので、まずは2人で使えるような状態を作るため、1 拠点に2名ずつ任命することにしたんです」(鈴木氏)

 もちろんITアンバサダーを設置しても「よろしく」と任せてしまっては導入は進まない。ここでSlackの社内カスタマーサクセスのように、導入のサポートに尽力したのが新卒で入社したばかりだった柳瀬氏だ。鈴木氏は入社まもない彼女に任せることで、社内の多くのメンバーが話を聞きやすくなるし、彼女自身も社内のしがらみを恐ることなくプロジェクトを推進してくれるのではと期待していたという。

 柳瀬氏は丁寧に現場に寄り添いながら導入を進めた。カクイチの営業所は全国120箇所に散らばっているため、オンラインミーティンングアプリ「Zoom」を活用して遠隔でレクチャーを実施した。しかし、Zoomに接続するのも一苦労。接続だけで15分かかることもあったという。それでも柳瀬氏は根気強くサポートをした。

「まずはSlackについて説明する資料を、言葉を直して作り直しました。最初にわからない言葉が並んでいると『もう、無理』と拒否反応を示されてしまいます。だからカタカナを日本語に直して、さらにカクイチ内で伝わりやすい言葉に直しました。たとえば『mention』は『狙い撃ち』とかですね」(柳瀬氏)

カクイチ IT情報システム部 柳瀬 楓氏

 実際のZoomでのミーティングは1回2時間。そのうち1時間は導入理由を伝えることに使い、後半は3人で実際にSlackを操作する。柳瀬氏はITアンバサダーと同じ画面を見ながら「このボタンを押すとメッセージが送れます」と指示しながら、実際に3名でメッセージを送り合い、使うことへの不安がなくなるまでサポートした。

 最初にレクチャーをした営業所では、ITアンバサダーのメンバーに説明しながら「何がわからないのか」「どんなレクチャーが必要か」「何の情報がないと他のメンバーに広められないか」と柳瀬氏自身も学びながら進めていった。

九州のスタッフの仕事が見える化され、全社に影響を与えるまで

 柳瀬氏の地道に寄り添ったレクチャーの甲斐もあり、初期導入5営業所で好感触を得て終えることができたため、一気に範囲を広げ、その後2ヶ月で全社導入を完了させたのが、2018年12月のことだ。少しずつ狙っていた効果が現れてきたという。特に、トップと現場の距離が近づき、一体感が生まれている感覚があると、田中代表は語る。

「弊社独自のチャンネルで『社長のつぶやき』というものがあります。私はまだ4回しか発言していないのですが、どんどんと私の発言に対するリアクションが増えてきました。特に私の誕生日プレゼントに社員が送ってくれたパロディ動画についてのリアクションは、全アカウントの半数以上のリアクションがありました。とても一体感を感じることができましたね」(田中氏)

社長のつぶやきチャンネル

 カクイチだけに関わらず一般的に社員にとって社長は遠い存在だと感じられ、仮に社長が発言することがあっても直接コメントやリアクションはしづらいという場合が多いはずだ。 しかし、カクイチではSlackを活用して、社長の声を現場に直接届けることができるだけでなく、それを受けてメンバーもまた生の声を返すことが自然である空気を醸成し始めている。また、全国に転々と散らばった営業所での仕事の見える化がされ、会社全体の業務効率向上にも繋がった事例があるという。

「弊社は月に一回、会社に貢献したメンバーを讃え社長賞を贈っていますが、先日受賞したのは福岡支店の営業スタッフの女性でした。事務の彼女が一人の営業マンの困りごとのために面倒だった社内の申請フローを改善したことが評価されたのです。これをきっかけに、この改善案は全社で採用されました。こうしたことはこれまでにはなく、Slackによって仕事の見える化がされた効果だと感じます」(鈴木氏)

 導入時に想定していた意思決定の迅速化と情報網の構築が徐々に進んでいるカクイチ。ゆるやかな三角形のコミュニケーションが実現され、いろんな情報が現場の社員に届き、活性化しているという。現在、田中代表はこの変化に伴う新たなコミュニケーションの課題に取り組んでいる。

「現場にもどんどんと情報が流れるようになったことで、管理職の位置づけが変わってきました。管理職でなければ持っていない情報を用いてメンバーをマネジメントする状態ではなくなりました。現場も情報を得て、共通脳を持ち活性化することは良いことですが、それをうまく使いこなせない時もあるでしょう。このような時、いかにコミュニケーションを取って、正しくより良く導けるかが今後目指すべきマネジメントスタイルだと、管理職たちに教育しています」(田中氏)

 こうしてカクイチでは、戦略に則ったSlackの導入・活用によって、組織を超えたコミュニケーション・組織、働き方の変革を起こしてきた。トップダウンで方向性を強く示し、ゴールを一致させる。しかし導入時には一見面倒でも丁寧に成功体験を積ませ、現場の"置いてけぼり感"を抱かせないようサポートする仕組みを作ったこと。どちらかが欠けていても、この力強く迅速な変化は難しかっただろう。さらに、ツールに合わせすぎず、カクイチらしい機能の呼び方や使い方を工夫することで、既存のカルチャーにうまく溶け込ませることができた。

 老舗企業がまったく異なるカルチャーを持つツールを迅速かつスピーディーに現場へ定着させられた要因は、大胆なトップダウンによる意思決定と丁寧な現場へのレクチャーのバランス、そして自社の強みを見失わないしっかりと築き上げられた理念・哲学にあるのではないだろうか。

■関連サイト

前へ 1 2 次へ

カテゴリートップへ