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遠藤諭のプログラミング+日記 第54回

自動運転よりトレンド? お弁当運びロボットとラジコンカー

オープンソースのAI学習カー「Donkey Car」を走らせてみた!

2018年12月31日 09時00分更新

文● 遠藤諭(角川アスキー総合研究所)

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UCバークレーの校内では100台の弁当運びロボがウロチョロしている

 自動運転やMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)が大きく注目を集めているが、もう1つの大きな波は「お弁当運びロボット」かもしれない。先週のMITテクノロジーレビューの記事「UCバークレー学内で出前ロボットが炎上、学生らが追悼」という記事を見ていて、いちばん驚いたのは「バークレー校内で食べ物を配達する100体の出前ロボットのうちの1体」とさりだけなく書かれていたことだ。

 実は、MITテクノロジーレビューは2週間前にも「歩くランチボックス、ポストメイツがLAで無人配達を開始」という記事をのせている。その中には、「新たに生まれつつある配達ロボット産業」というくだりも出てきて、彼らが目下注目しているのは「お弁当運びロボット」らしい。

学生たちがロボットを追悼したというニュース本来の部分より、驚いたのはUCバークレーの校内を100台ものロボットがサービスで使われているという部分だ。

 私もまったく彼らと同じように「お弁当運びロボット」に可能性があると思う。無人配達ロボットは、UCバークレーのようなクローズドな敷地の中だけなら比較的うまくいきそうである。日本でもローソンとZMPが共同で2019年2月まで慶応SFCの校内で宅配ロボの実験をやっているそうだ。

 ポストメイツがサービスを提供するのはロサンゼルスだそうだが、届け先の近くまで車で運ばれ、そこから客の玄関までをロボットが運ぶ。23キロの荷物をのせて人の歩く速度で移動するそうだ。

 これは、なんでもロボットにやらせてしまうロボット至上主義ではなく、玄関まで伸びるアームが無人配達ロボみたいな感じだ。物流に関しても「最後の1マイル」が大きなコスト増の原因である。郵便の輸送も郵便局間の大量輸送は比較的効率がよい。米国の「アースクラスメール」(Earth Class Mail)などは、まさに郵便物の最後の1マイルを配達する代わりに開封して自宅からネットで読んでねというサービスである。

 自動運転では、世界中の道路に詳しくなるか道路の一般的な状況に強くなると努力していると思う。それに対して、チョロチョロと出てきた無人宅配ロボットは、自分が担当するエリアに関してだけはローカルな事情に詳しくなっていく可能性がある。ポストメイツのロボットにはマンガみたいな顔が書かれているが、近所のオバちゃんと挨拶をかわすようなことも起きるかもしれない。

ポストメイツの宅配ロボットのカワイさは米国メディアではちょっとした話題になった。しかし、彼らの路上での権利やカワイさがゆえにいじめられないかも心配だが。

AIでRCカーを走らせよう!

 ポストメイツの無人配達ロボもカワイイそうだが、私が、ここ1カ月ほどはまっている「Donkey Car」もなかなかである。Donkey Carというのは、いちど「AIカーが来てる! 自動運転でラジコンカーを走らせよう!」で書いているとおり、1/16スケールで走るロボットカーである。

 ラジコンカー(または1/16か1/18スケール程度の模型自動車)にAIを搭載する試みはいくつか行われている。前述の記事でもそのことを書いたが、オリジナルでAIカーを作っている人もいて、11月末にはアマゾンが「DeepRacer」というAI模型カーを発表して世間を驚かせた(米国などでの本格的な発売は3月からだが事前受付販売分はeBayでプレミアがついている)。

 そんな中で、Donkey Carは、そのスタンダードになっているスターターキットだ。一般販売されているラジコンカーと専用のシャーシ、Raspberry Piとスピードコントローラ、電源コンバーター、そして、Piカメラを搭載。シャーシ以外は、全部ありものからなる。これに、グーグルの機械学習ライブラリTensowFlowを搭載して自動走行させる。すべてオープンなところが魅力で、価格も日本への送料や税金を含めても3万円台とリースナブルである。

 Donkey Carは、AIカーのいちばん手軽な入門なのだが、発展過程のためソフトウェアは頻繁にバージョンアップしており、ドキュメントの更新も遅れがちである。こういうときは集まって情報交換しあうのがいちばんよい。ということで、この件でなにかとお世話になっている佐々木陽さんの株式会社GClue秋葉原オフィスで、モクモク&走行会をもう3回ほどやっている。私のDonkey Carも少々手間取っていたが(なにぶん初心者)、12月27日の会でめでたくテスト走行に成功したのだった。

 そのときのようすは、以下をビデオにまとめてみたのでぜひご覧いただきたい。



 3分ほどのコンパクトな動画なので、ここでもう少し分解して説明しておきたいと思う。ちなみに、これよりも前にDonkey Carの環境設定が終わっている必用があるのだが(前述のとおりこれがなかなか1人でやるのは大変なのだが=1/26、2/2にハンズオン&走行会をやります)、それができていたらこんなに楽しい世界が待っている!

 まずは「学習走行」。写真のようなコースをオフィスの床にテープを貼って作り、その上を人間が操作してDonkey Carを走らせる。Raspbaerry Pi上でPythonで書かれた専用ソフトを起動。PCの画面やスマホを傾けたりすることでも操縦できるが、私の場合は、主にPS3のワイヤレスコントローラを使用。右周回、左周回、それぞれ15周ほどさせてコースを覚えさせてやる。

 こうしてDonkey Carが撮影した数十万枚のカメラ画像をPCに移して、PCにインストールしたTensorFlowで学習モデルを生成してやる。なんといっても、いま自分が操縦して走ったばかりの走行記録が学習モデルになるのは楽しい。というのは、Donkey Carでやっている機械学習は画像認識でも入門編である。同じ入門編でも、AI入門セミナーで使われるのは数字やネコの顔の認識という話ばかりでだいぶ飽きてきているからだ。

 しかも、どこの誰が書いたかわからない数字の文字認識に比べて、Donkey Carのそれは世界で1つだけの自分が作りだした学習モデルである。ちなみに、Donkey Carでやっていることは本物の自動運転とはまるで別次元の信じられないくらいシンプルなものである。白い線が右にあったらとかガチガチのアルゴリズムで走るのではない、というあたりも機械学習らしさである。

 学習モデルができたら「自動走行」だ。PCで生成した学習モデルをDonkey Carに戻してやってコースに放ってやると勝手に走りだす。私の場合、ちゃんと自動走行させるのはこの日が初めてだったが、2度めトライで、きわめて忠実にコースを走らせることができた。コーナーの前では減速して、レールの上を走るような感じではなく生き物みたいな動きで周回していくところがカワイイ。教え込んだ犬くんみたいな感じでひたすら走る。

 なにしろ自動走行なので人が見ていなくても延々と走り続けるのだが、実は、同じコーナーで何度かコースアウトしていた。数十回の周回のうちの6~7回、かならず同じコーナーからオフィスの誰かの机に向かって一直線に外れていってしまう。AI模型カーにも「魔のコーナー」があるのか?

 これの理由は、あとで「学習走行」のビデオを見ていて分かった。学習走行で、自分で操作しているときにそのコーナーでまったく同じようにコースアウトして机のほうに激突させていたのだ。白と黄色のテープを貼ってコースは作ってはあるが、Donkey Carは、カメラに映る画像に対してステアリングとスロットルのようすを紐づけていくだけである。だから、コースアウトもシッカリ学んでしまったのだ。

 ところで、ビデオでも左周回を中心に紹介しているが、右周回はもうひとつうまく走らなかった。理由として考えられるのは、時間の関係で学習モデルの生成を途中ではしょってしまったからというのが濃厚である(夜中の2時までかかっていましたらかね=やはり学習が重要)。

 それにしても、自分がさっきまで「学習走行」でやった動きを、まるで自分が1/16スケールまで小さくなって乗り移ったように「自動走行」する。犬のように走っていたのは自分の分身だったのだ。とても、不思議な気分である。Donkey Carは、そのあたりを眺めることに意味があるのかもしれない。小さな茶室の中で宇宙を感じる茶の湯の世界にも通ずる、AI時代の大人のたしなみではないか? と真面目に思えてくる。

 私と株式会社GClueの佐々木陽さんと、クイックシャーの山本直也さん(前述のセミナーで講師もお願いしている)のほか、何人かでモクモク&走行会をやっているが、「AIでRCカーを走らせよう!」というフェイスブックグループも開設してみた。春に計画中の「AIカーグランプリ」に向けて、少しずつ情報交換の輪をひろげられたらと思っている。

 これから人工知能は、ロボットや自動運転などの形で物理空間でどんどん動きだすようになってくる。PCの画面の中やAIスピーカーで喋っているのから、あるいはお掃除ロボットが少しだけ実空間で活躍していたのに続いて、どこで人工知能のお世話になるようになるのか分からないのがいまだ。そろそろ、お弁当運びロボットも出てくるのだとすると、これは悪くない経験なのではないか? もちろん、TensorFlowを見よう見真似でもインストールして使ってみた以上、ここからAIのお勉強でもエッジAIの実践でもはじめるのはありだ。


遠藤諭(えんどうさとし)

 株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。月刊アスキー編集長などを経て、2013年より現職。雑誌編集のかたわらミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』など書籍の企画も手掛ける。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。アスキー入社前には80年代を代表するサブカル誌の1つ『東京おとなクラブ』を主宰するなどポップでキッチュな世界にも造詣が深い。著書に、『近代プログラマの夕』(ホーテンス・S・エンドウ名義、アスキー)、『計算機屋かく戦えり』など。今年1月、Kickstarterのプロジェクトで195%を達成して成功させた。

Twitter:@hortense667
Mastodon:https://mstdn.jp/@hortense667


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