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遠藤諭のプログラミング+日記 第66回

テクノロジーの大波は「オモチャ」のようなものからやってくる

2019年07月12日 15時00分更新

文● 遠藤諭(角川アスキー総合研究所)

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なぜ、AIカーを走らせることが重要なのか?

 いまジリジリと人気の高まってきているのが、市販のラジコンカーにRaspberry Piなどのマイコンをのせて人工知能で走らせる「AIカー」だ。キットを買ってくれば、AIに詳しくない人でも走らせることはできる。そのくせ、AIがどいうものかを知るにはもってこいの奥深さがある。

 その代名詞的な存在が、「Donkey Car」というオープンソースのキットだが、昨年11月にはアマゾンが「 DeepRacer」というよく似たラジコンカーを発表(6月のAWS Summit Tokyo 2019では会場でリーグも開かれた)。先日は、NVIDIAが注目のシングルボードコンピュータJetson nanoを搭載した「JetRacer」を発表した(このJetson nanoは以前このコラムでも触れたがNintendo Switchの中身そのものといえるものである)。

 これらは、いずれも市販のラジコンカーにマイコンボードをのせて、Donkey CarならTensorFlowなどの人工知能をインストールして走らせるものである。まずは人がリモコンで操作して白線を引いたコースを走らせる。20回くらい周回させたところでクラウドにあげて学習モデルを生成。それをAIカーに戻してコースに放ってやると、これが笑ってしまうくらいそれらしく自動走行する。

 これの凄いところは、そのしくみのシンプルさにある。「そんなバカな!」というくらい超入門レベルのプログラムで動いているのだ。

 私も受講したことのある「0~9の数字認識」というAI入門の定番課題がある(MNISTといういろんな人が書いた文字画像を使う)。新たに与えた画像を見て「70パーセンントの確率で“6”、30パーセントの確率で“0”です」といった具合に答え(予測ラベル)を出すというものである。

 Donkey Carは、あれと同じようなシンプルなしくみで動いている。人間がリモコンで走らせたときのカメラ画像とハンドル(角度)、スロットルの2つの数字を紐づけて学習する。自動走行では、ちょうど数字の画像を見て「70パーセントの確率で“6”」などとやったように風景画像からハンドルとスロットルの値を決める。

 実のところ、「それじゃ、数字の文字認識する入門編やっていると同じじゃん」といわれれば、そのとおりである。まったくそのとおりなのだが、Donkey Carは、私に文字認識のセミナーでは得られなかったまったく違うなにかを与えてくれたと思っている。

 たとえば、次の動画を見ていただきたい。私の自宅の屋上でDonkey Carを走らせたときの映像だが、数字の文字認識のプログラムでは起きなかったことが起きている点に注意してほしい。人間(私)は、コースの白い線を見て学習走行したのに、彼(Donkey Car)は、太陽や木の陰を見て走っていたらしいのだ。



AIカーに触れるとどんなことが起きるか? 座学のAI入門セミナーとは得られるものが違う。

 MNISTが、無菌状態のデータであるのに対して、Donkey Carは、我々と同じ実世界の中で活動していたわけなのだ。ここで重要なのは、

 「太陽を見て走っていたなんてAIカーって昆虫みたいではないか!」

 ということではない。ここで見ておくべきなのは、

 「人間が予測していなかった状況変化に対してAIが反応した」

 ということだと思う。あまりよい結果ではなかったが、予測しない状況変化も学習したていたらうまくいった可能性だってある。つまり、従来のプログラミングとAIにおけるプログラミングは、その中身が多いに異なるということだ(やってみるとその重みがわかる)。

【従来のプログラミング】

 人間が起こりうるケースを想定して書く。それを、「もし~なら~する」といったアルゴリズムとして記したものがプログラム。

 従来のプログラミングでは、たとえば、「コースを表す白い線がクルマの右側に見えたらハンドルを左に切る」といった具合のプログラムを書いたはずだ(いわゆるLINEトレーサーの世界ですね)。それに対して、Donkey Carは、そもそも白い線ではなく風景を漠然と見て走っていたのだ(たぶん人間が運転しているときもこれに近いだろう)。

【AI(Donkey Car)のプログラミング】

 人間がこざかしく考えない。多層ニューラルネットワークに対してあるがままを入力したらとりあえず出力があるのがプログラム。

 ある走行会では、私のDonkey Carは私の靴を好きになってしまった(私はSALOMONの黄色い靴を履いていて1回ぶつかっただけなのだが、私は彼が靴に向かって走らないように靴を隠さなければならなくなったのだった)。同じように、コース上に赤いパイロンを置いて、それを避けるように何度か学習走行してやると、Donkey Carは、パイロンを避けて走るようになる。

 AIってなんて賢い(あるいはバカな)奴なんだ! なにしろ、人間がすべての起こりうることを想定してコードを用意しておくことは困難である。「いまさら何言ってんの?」と突っ込まれそうな話を書いてしまっているが、このときに、私の脳みそのなかになにかが芽生えたのを感じた。

 それは、「こういう奴ならもっとこういうことに使えそうだ」という頭の中のヒントのメカニズムのようなものである。それは単なる知識ではない。このようなインスピレーションを生む学びは、コンピューターの中だけで終始するAIのお勉強ではけして得られないものだ。

「茶の湯」と「自動運転のブレークスルー」

 そんなわけで私は「Donkey Carって何が面白いの?」と聞かれると「茶の湯の世界ですよ」と答えることにしていた。

 ある人によると、“茶の湯”には、「火」、「水」、「木」、「金」、「土」のすべてがあるそうだ。茶室という空間は、ちょっとした宇宙模型になっていて、世の中の摂理を目の当たりにできる。そこに、人の対話が入ってきたら「AI的空間」そのものではないか?

 それに対して、Donkey Carには、「センサー」「マイコン」「クウラウド」「GPU」「ニューラルネットワーク」がある。Donkey Carの走行会では、これから来るAIのある生活をコンパクトに肌で知ることができる。つまり、

 AIカーを走らせることは、時代を生きる大人としての「たしなみ」である。

 とさえ感じてしまうわけである。

 ところが、私のAIカーの師匠たちであり、今月も7月16日(火)に開催する“Donkey Carセミナー”の講師をつとめてくれる株式会社GClueの佐々木陽さんやクイックシャーの山本直也氏から聞いた話は、私の「茶の湯理論」をはるかに超えるものだったのだ。

 彼らは、5月17~19日にサンフランシスコで開催されたMaker Faire Bay Area 2019にブース出展してきたのだが、そこにクリス・アンダーソン氏が二度も訪ねてきたというのだ。元『WIRED』の編集長であり、『ロングテール』(篠森ゆりこ訳、早川書房)や『フリー』(小林弘人監、高橋則明訳、NHK出版)、『MAKERS』(関美和訳、NHK出版)の著者である。ここ10年ほどの産業にかかわるパラダイムのトレンドを先んじて的確に指摘してきた人物である。

 彼は、DIYROBOCARSというほかでもない米国のAIカーのコミュニティを牽引しているのだった。なぜ、そんな人物がなぜDonkey Carを走らせているのか? という理由が、あまりに説得力のあるもので正直まいってしまった。

 私は、Maker Faire BayAreaにも出かけなかったので勝手にまとめさせていただくど次のようなことだ(なのでちょっと誤解が含まれるかもしれない)。

 自動運転に関してはWaymoやUberやBaiduなどの企業が目下鎬を削っているのはご存じのとおりだ。彼らは、私たちのよく知っている自動車を安全に自律運転すべくクルマに群がってAIで走らせようとしている。それはそれで大切なことかもしれない。しかし、いまのガソリン自動車の常識の範囲内でやっているうちは、そこから突出したブレークスルーが出てくるとは思えない。

 それよりも、1/16スケールで本体重量も1キログラムにも満たないDonkey Car(AIカー)を、あらゆる制約から解き放つように自由に走らせることが重要なのだ。まさに、

 「The next big thing will start out looking like a toy」

 (テクノロジーの大波は「オモチャ」のようなモノからやってくる)

 というとおりではないか!

 この言葉は、米国の実業家で投資家のクリス・ディクソンのブログによれば『イノベーションのジレンマ』のクリステンセンに遡るテクノロジーに関する本質的な問いに答えたものだ。最初の電話は1~2マイルしか声を伝えられないオモチャのようなものだった。ほかでもない最初のPCもまさに電子ホビー雑誌の呼びかけで作られたものである。ブログによれば、これは人々のニーズよりもテクノジーの進化のスピードが速くなる傾向にあることから起こる。

 ところが、こうしたことは歴史上それを身をもって体験した人にしか正確に認識されない傾向がある。クリス・アンダーソン氏は、ドローンの会社をやってきたわけだが、ドローンは100年以上の歴史のある航空工学によってもたらされたものではない。初期の自作ドローンは、ArduinoにWiiのヌンチャクコントローラから加速度センサを剥ぎ取って付けたMultiWiiと呼ばれるボードが人気だった。

 それがいまや、未来の交通手段の1つとして有望視される“空飛ぶ自動車”までが、ドローン的な制御なしには考ええないものである。

 航空工学からドローンが生まれなかったように、ゴットリープ・ダイムラーの末裔のような現在の自動車から未来のモビリティが生まれるとは思えないというわけだ。Donkey Carが進化して、現在のクルマとは似ても似つかない未来のクルマが生まれたら楽しい。生き物たちの生存戦略と同じように、それは人間の想像力とは別のところにあると私も思う。

 「茶の湯理論」とはまるで違う高みをめざしてAIカーが走らされていたとは! いささか呆然とせざるを得なかった私だが、同時に、AIカーのより本質的な価値を知ってちょっと嬉しかった。走らせても役に立たなそうなDonkey Carに、なぜ人々は惹かれるのか? アマゾンやNVIDIAなど、最先端を行く企業までがオモチャを作りだしたのはなぜなのか? 6月15日に六本木一丁目のTechShopで開催された「Donkey Car走行会&見学会」にはるばるやってきた、某自動車メーカーの若手社員たち4人(?)、キミらはたぶん正しい!

「子ども v.s. AI」、本当に職業を失うのは誰か?

 さて、ここからはお知らせになるのだが、6カ月ぶりにAIカーの走行会をやることにした。8月3日(土)、4日(日)、東京ビッグサイトで開催される「Maker Faire 2019 Tokyo」でコースが作られることになったのだ。オライリージャパンによる主催者イベントとして、運営面で角川アスキー総研が共催させていただき、フェイスブックグループ「AIでRCカーを走らせよう!」の仲間の協力のもと実現するというものだ。

 内容は、Donkey Carと自作エキスパートカーがごちゃまぜで2台ずつを走らせるトーナメント(近々、前述フェイスブックグループで走行経験者のみ参加を募る予定=まだいくつか課題が残っていてうまくいくかとても心配なのだが。さらに日本のAIカー人口を考えると参加者数も心配。AIカー経験者はぜひ走らせに来てほしい)。

 もう1つは、「子ども v.s. AI」と題して、有志の学習済みAIカーとMaker Faireを訪れた小学生が操作するラジコンカーによるレースである。6月22日に柏の葉キャンパスのKOIL STUDIOで行われたハンズオンでは、AIカーと小学生が白熱したレースを展開して、まさに「AIに人間は仕事を奪われるのか?」という気分にさせられた。



学習済みAIカーと小学生の操作での走りどちらが速いか?

 ところで、冒頭に「AIに詳しくない人でも走らせることはできる」と書いたが、茶の湯のところで触れたとおりAIカーはセンサーからクラウドまでのフルスタックの世界である。私もそうだったのだが最初は手引きしてもらったほうがスムーズに動かすことができる。

 ということで、Maker Faireをにらんで、その前哨戦として7月16日(火)に「AIでRCカーを走らせよう(3)走行会&ハンズオン」を開催することにした。詳しくは、以下をご覧あれ。

「AIでRCカーを走らせよう!(3)走行会&ハンズオン」

開催日:2019年7月16日(火)19:00~23:00
会場:五番町グランドビル 7F / KADOKAWA セミナールーム
   東京都千代田区五番町3-1
主催:株式会社角川アスキー総合研究所 (http://www.lab-kadokawa.com/
講師:佐々木陽氏(株式会社GClue http://www.gclue.com/
   山本直也氏(クイックシャー http://kwiksher.com
参加費:ハンズオンコース 6,000円
    走行会コース 3,000円
※Donkey Car(AIカーのスターターキットを組み立てたもの)が必要です。
対象者:AIカー/自動運転/人工知能に興味のある方
    ハンズオンコースに関しては、プログラミングの知識は不要ですが一定のPC操作のスキルが必要です。また、若干のLinuxのコマンドやソフトのインストールなどを行います。
申し込み:
=>https://lab-kadokawa84.peatix.com/

遠藤諭(えんどうさとし)

 株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。月刊アスキー編集長などを経て、2013年より現職。雑誌編集のかたわらミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』など書籍の企画も手掛ける。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。アスキー入社前には80年代を代表するサブカル誌の1つ『東京おとなクラブ』を主宰するなどポップでキッチュな世界にも造詣が深い。著書に、『近代プログラマの夕』(ホーテンス・S・エンドウ名義、アスキー)、『計算機屋かく戦えり』など。今年1月、Kickstarterのプロジェクトで195%を達成して成功させた。

Twitter:@hortense667
Mastodon:https://mstdn.jp/@hortense667


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