全米オープン優勝! 大坂なおみ選手のコーチに聞いたデータ活用法、データは何を支援できるのか?
大坂なおみ選手の全米OP優勝にデータの活用は? サーシャコーチに聞く
2018年09月20日 06時00分更新
日本人として初めてテニス全米オープンで優勝した大坂なおみ選手、勝利を支えたコーチは的確なアドバイスのためにデータを活用してきたと言う。今回、2018年9月17日に開幕した東レ パン パシフィック オープンテニストーナメントの会場で、大坂なおみ選手のコーチを務めるSascha Bajin(サーシャ・バイン)氏に話を聞いた。大坂選手にもデータを用いたコーチングについてコメントをもらった。
女子テニス協会(WTA)は2015年より試合中にコーチの助言や指導を受けられる「オンコート・コーチング」で、段階的に試合中のデータ利用について認めてきた。最新のルールでは1セットに1回となっている。そこで唯一利用が許可されているデジタルソリューションが、SAPがWTA向けに開発した「SAP Tennis Analytics for Coaches」だ。
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過去のデータから分析、より確実なコーチングにつなぐ
コートに配置されている10台のカメラから、1回目のサーブのコース、2回目のサーブのコース、自らミスをしたアンフォーストエラーの数、ストロークのコースなどのデータが得られるというもの。
「データの活用は選手により異なる。なおみのコーチングではデータをよく使っている」というのは、2017年12月より大坂選手のコーチを務めるバイン氏。これまでSerena Williams(セリーナ・ウィリアムズ)選手をはじめ、Victoria Azarenka(ヴィクトリア・アザレンカ)選手、Caroline Wozniacki(キャロライン・ウォズニアッキ)選手のコーチを務めたが、「セリーナの時はそんなに使っていなかった」と言う。
バインコーチが愛用しているのが、「SAP Tournament Performance Centre」だ。「SAP Tennis Analytics for Coaches」が試合中のリアルタイムデータを表示するのに対し、過去の試合を含むデータを集めたポータルとなる。
「過去になおみが対戦した相手について調べたり、傾向を見ている。対戦したことがない場合は、なおみと同じような選手との試合のデータを見ることもある」とバイン氏。よく見るデータは、ブレークポイントの時のサーブのコース、リターンの場所などだそうだ。驚くような発見があると言うよりも、自分の直感を裏付けてくれるような役割という。データを見ることで「自分が予想していたことを確認できる。なおみに伝えるときに、もっと確信を持って伝えられる」とバイン氏はデータの役割を表現する。
「データは正確。試合前に予想をして準備をするのに大きな助けになっている」というバイン氏の言葉通り、大坂選手も「コーチが相手について教えてくれるので、準備ができる」と同じ意見だ。データを使ったコーチングについて大坂選手は、メンタルについての良い影響はないというが、「集中力がさらに増しているかも」と付け加えた。
なお、大坂選手自身が直接データをあれこれナビゲーションするようなことはない。それは「自分の仕事」とバイン氏、得られる大量データから自身がフィルターとなって必要な、意味のある情報のみを伝えていることがうかがえた。
データは試合前、試合後と利用している。
試合前は先述のように、試合に向けた準備で主に相手の研究だ。それまでは対戦相手のビデオをみて手書きでメモをしていたが、この時間が大きく短縮されているようだ。「3時間が10分になる。大きく軽減された。時間との戦いの中で、これはありがたい」とバイン氏はいう。
たとえば先の全米オープンで4回戦にArnya Sabalenka(アーニャ・サバレンカ)選手と対戦した時は、サバレンカ選手のサーブについて調べた。「2回目のサーブの成功率などを見ていると、ざっくりとした考えが浮かんでくる」とバイン氏。残念ながら全米オープンはWTAではない(全米オープンは全米テニス協会主催、国際テニス連盟管轄のイベント)のでデータを使ったオンコート・コーチングはできず、全米オープン中のデータ活用はない。そのため、それ以前の試合のデータを使ったと言う。結果は6-3、2-6、6-4で大坂選手の勝利、初のベスト8への道を切り開いた。
トレーニング、改善に確実性を高めるデータ活用
試合後は選手自身のプレイ改善に向けても使っていると言う。
百聞は一見にしかず。データは口で説明するよりそのまま見せることが多い。オンコートでタブレットを持つ時間が長めに許可されている場合は、試合のデータをキャプチャーして大坂選手に見せることもあるという。「彼女が自分で分析できるようにする。ベースラインから遠かったなどと指示をしなくてもいいので、自分の仕事が簡単になる」とバイン氏、視覚的に事実を見せることで、口での指示による誤解や摩擦が減ることもあるようだ。
試合中にそのようなデータを見せても、選手がそれに合わせて改善できるかどうかはテクノロジーの及ぶところではない。「データはあくまでも事実を伝えるだけ。それから得られる洞察、そして指示を実行できるのかは選手の力量」とSAPのジェニ・ルイス(Jenni Lewis)氏は述べる。グローバルスポンサーシップ テニス テクノロジーリードとして、当初からソリューション開発に関わり、各地のツアーに張り付いてコーチと選手の声を拾って開発を進めてきた。現場をよく知るルイス氏は、「大坂選手はすぐにアドバイスを受け入れて改善出来る選手」と分析する。
データを積極的に使っているというフランスのキャロリン・ガルシア(Caroline Garcia)選手も、「データは役に立つが、テニスのほんの一部を占めるに過ぎない」と述べる。
「敵がどのようにプレイしているのかの糸口があることは重要。何がうまくいっているのかを客観的に把握できる視点があることが助かる時もある。だがそれらはあくまでも情報であって、コートで起こっていることにフォーカスしなければならない」という。「データは支援になるが、メインではない」とガルシア氏。
データと選手のパフォーマンスを結びつけることはできないが、データを使うバイン氏がコーチになってから大坂選手の成長は数字として現れている。2017年には60位だった世界ランキングは、現在7位だ。成長を示すデータは他にもある。WTAとSAPによると、大坂選手が全米オープンでサーブゲームをキープした(勝った)率は91.5%、これはこれまでの自己平均から17.8ポイントアップだ。平均のサーブゲームの勝率は2017年の69.6%から76.2%にアップしている。ブレークポイントのセーブ率(サーブ権を持つゲームで対戦相手にブレークポイントまで詰め寄られた後でゲームをキープした割合)も50.6%から60.1%に、やはり改善している。
SAPによると、テニスコーチのデータ利用率は増えており、SAPの技術を利用するコーチの比率は70~80%に達しているという。バイン氏はじめ要望が多い機能のひとつが、動画分析だ。ボールの辿ったコースはわかっても、どの高さから打ったのかなどはわからない。ルイス氏はバインコーチらの要望を認識しており、「検討している」と述べている。