働き方改革の一環としてリモートワークを採用する会社が増えている。社員はパソコンで会社につながればいつでもどこでも仕事ができる。勤務地や時間に縛られず、通勤の必要もなく働けるのは従業員にとってもメリットになるが、実際に会社が制度として導入するのはそう簡単な話ではないらしい。
プラネットウェイもリモートワークを採用している会社のひとつだ。同社はエストニア政府の個人情報管理技術をもとにしたシステムを開発するIT企業。開発者はリモートワークがほとんどで勤務地はばらばらだ。すると、どうしても会社としての目標や指針が共有されづらいのだと同社平尾憲映代表は言う。
「うちの場合は社員の半分がエストニアで、半分が日本。お互いに一度も会ったことがない人がほとんどで、社員同士のコミュニケーションはほぼなかったんです」
交流がないことでズレが生じる
リモートワークで契約しているスタッフたちはプロとして、プロジェクト単位で各自の仕事をまっとうする。そのぶん組織に属する感覚は薄く、良くも悪くも「傭兵」状態だ。「傭兵」スタッフが全体の方針を理解せずに動いてしまうと、会社の方針とズレが生じて、かえって効率が悪くなることがある。
帰属意識が低いままだと、重要な戦力をあっさり他社にとられかねないというリスクもある。会社組織の一員としてリモートワーカーをとらえることなく、「便利だから」「管理しやすいから」と、業務を外注するような感覚で採用していると「組織として腐っていきますよ」と平尾代表は警告する。
同社では、オープンソースデータベース「MySQL」開発チームが採⽤した研修にKGBの研修方法をミックスし、応⽤して導⼊した社員研修プログラムにて、リモートワークの悩みを解消したという。社員全員を勤務地とはちがう国に連れていき、数日間かけて教育するものだ。費用は1000万円規模、プログラムはとても厳しいが、社員たちは目に見えて変わったそうだ。
欧州流 鬼のダメ出し研修
研修内容はこうだ。
まず、社員は1人あたり社員5人以上と話をする。次に、社長が社員たちの前に立って会社のビジョンを語る。次に、社員たちが社長のビジョンを徹底的に批判する。
「基本ボロクソにされるんです。そんなビジョンは実現しようがないとか、あいまいすぎるとか、現実味がないとか。いつもはそんなことを言わないような人たちもみんな言って、サンドバックに。内容を知らなかったので結構衝撃的でした」(平尾代表)
次に社員はグループに分かれ、なぜ社長のビジョンがよくないのかを議論する。社員は営業・開発・日本人・エストニア人、それぞれの立場から意見を述べる。
「地獄のようにダメ出しをされつづけて、1日目はものすごくモヤモヤしたまま終わります」(同)
翌日、社長はあらためて会社のビジョンを社員に説明する。具体的な取引先名、売上規模、従業員数、時価総額、1年計画から10年計画まで細分化したプランに落とし込んだ内容だ。さながら投資家を相手にするようなプレゼンをした後に、ふたたび社員が批判する。すると社員からは見違えるような意見が出てくるのだという。
「前日は全否定でしたが、当日は『ここを変えたらどうなる』『6年目の課題はどうする』など、みんな自分の意見を言い出して、しゃべらない人がいないくらいの状態になっていた。人ってたった1日でこんなに変わるのかなって…」(同)
じつは社長だけではなく社員たちもグループに分かれた時点で徹底的に批判されていたのだという。合間にうまくブレイクをはさみながら社員たちに適度なストレスをかけることで、モヤモヤした気持ちを解消するようコミュニケーションをとるようになり、組織としてまとまりが生まれる。これが研修のねらいだったそうだ。
離れているからこそヒトへの投資は必須
研修は合計1週間程度が必要になる上、社員全員の宿泊費などを考えるとコストも安いものではない。しかしヒトに投資すると考えるなら、研修などにかかる多少のコストは覚悟すべきだと平尾代表は考える。
「ぼくがスタートアップで一番大事だと思っているのはヒト・モノ・カネの中で『ヒト』なんです。やっぱりヒトが一番難しい。それが1週間で変わるんだったらやった方がいい。たしかに費用はかかりますけど、めちゃくちゃ安い投資だろうと」(同)
エンジニアやマーケティングなど、現場を担う社員がリモートワークやテレワークになると、会社(=本社)の方向感を理解するのはむずかしくなってくる。プラネットウェイは研修を通じて対策をとった。雇用者側はいかに社員と適切なコミュニケーションをとるべきか、しっかり考えて実践していく必要がありそうだ。