音像と音楽の表情をありありと描き出す
ここからは最近何かと話題のMQA音源をいくつか聴きたい。“CDサイズにハイレゾクオリティ!”という触れ込みのMQAだが、僕が思うにオーディオとしてMQA最大のご利益は“立体感の増強”だ。詳しい説明は省略するが、MQAの特徴である「デ・ブラーフィルター」を通した、10μ秒の精度による音をどれだけ描ききるか。この瞬発力がこれからのオーディオに求められるだろうと僕は考えている。なので今回の試聴も、音の立体感、瞬発力、信号に対する反応の良さといった点を中心に聴いてゆく。プレーヤーはソニー「NW-WM1A」を使った。
まずは「Karajan The Best of Maestro」から、ベルリンフィルを指揮した「アルルの女組曲第2番 ファランドール」。音源を持っているワーナーミュージックは、大手の中で最初にMQAに取り組んだレーベルのひとつ。音源は何十年も前の古いマスターテープを使っているが、入念な修復作業とリマスターで、見事に現代のデジタルオーディオに復活している。時代を象徴する巨匠カラヤンが「楽壇の帝王」と呼ばれていた頃の、最もパワーと勢いのあるオーケストレーションを、最先端のオーディオ技術で文字通り“再生”する。
実際の音は「豪華絢爛!」と表現するのが実に相応しい。半世紀前の録音とは思えないほど響きが豊かで、音がきらめいている。とても派手で、それでいて音がエネルギッシュ。「ザ・カラヤン」と思わず口から出てくる。上から下まで隙のないN5005との相性もバッチリで、カラヤンの大オーケストレーションを小さなポータブルで余さず表現している。
それにしても、とにかく音数が多い。MQAらしい、見通しの良さをキッチリ出しきっている。特に感じるのはベルが舞台下手に向くホルンの奥向きの響きと、バイオリンが楽器の上向きへ放射する響きのミックス感だ。ホルンは前向きに音が飛ばず、基本的にステージ上のひな壇や反響板に向けて音を出す。そのため奏者は常に反響音を想定し、前に音が出る楽器よりも一歩先んじて音を出すのだ。対してバイオリンは楽器の胴によって擦弦音を幾重にも響かせてホール中へ放出する。このバイオリンとホルンが織りなすハーモニーの、何と饒舌なことだろう! この重奏感こそ、オーケストラの醍醐味のひとつだ。
プロヴァンス地方の舞曲であるファランドールは、8分の6のリズムをタンバリンが刻むのが大きな特徴だ。カラヤンによるベルリンフィルの演奏では、このタンバリンのベル音がすごくよく立っている。加えてオペラのクライマックスに演奏される曲でもあり、弦セクションとは違う、威風堂々とした金管楽器の強烈なパワー感をカラヤンは全面に押し出している。そのスピード感は凄まじく、3分半の演奏が駆け抜ける様に過ぎ去ってゆく。まるで祭りの狂乱の様子そのものに引きずり込まれる感覚だ。
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今回の試聴で最も印象が良かったのが、カラヤンによるファランドール。ゲルマン的な迫力とラテン的な華やかさが混在する演奏で、MQA版で聴くとまるで音が踊りだすようだ |
次は「TVアニメ『ガールズ&パンツァー』オリジナルサウンドトラック」より「カチューシャ」のボーカル入りバージョンを選曲。ランティスはアニメ業界の中でもハイレゾに早くから取り組んできたレーベルで、中でもガルパンのOSTはハイレゾ配信最初期の、ハイレゾアニソンを牽引してきた存在だ。
カチューシャの聴きどころは、何と言っても上坂すみれさん演じるノンナのロシア語歌唱だ。ロシア文学の専門家とガチトークで盛り上がるくらいのロシア通として知られる彼女の、本場仕込みの発音による歌に注目したい。
その音はと言うと、カラヤンと比べるといささか平面的な印象だ。その代わりすみぺと金元寿子さんのボーカルが凄まじく立体的で、主役がググッと引き立っている感じがする。吹奏楽バンドに関しては、グロッケンのコツンという鍵盤打楽器特有の打鍵感、金属質な質感がとてもよく出ている。吹奏楽をやっていた人ならば、この音の感じにハッとするのではないだろう。
それにしても上坂さんのロシア語は美しい。とても滑らかな発音を鮮明に描き出しており、巻き舌の口元まで見えるようだ。逆にバンドの音は少々眠たく、もう一声欲しくなる印象を受けた。丁寧な音ではあるけれど、眼前で歌っている様なボーカルの臨場感とは明らかに音の雰囲気が違う。うーん、現代のポータブルはそこまで聴き分けさせてしまうものなのか。
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ハイレゾアニソンの最初期にリリースされたガルパンのOSTは、MQA版もかなり初期の段階でリリースされている。イヤフォンで聴くと上坂さんが耳元で囁いてくれるような、至福の感覚に浸れる |
最後はジョン・コルトレーンの名盤「My Favorite Things」。ピアノトリオの伴奏をバックに、コルトレーンが演奏するソプラノサックスが弛緩した雰囲気のメロディーを紡ぐ。独特な音色のサックスに耳を奪われがちだが、それを支える雰囲気をリズムセッションがどう創るか。このバランス感覚が聴きどころ。どちらかが目立ちすぎてもダメなのだ。
N5005による演奏は、音の粒立ちがハッキリしたものだった。特にシンバルが非常に新鮮でフワッと浮き出るような印象を受ける。ダブルベースは高音よりも暖かい響きで、良い意味でドライバーの違い・個性を感じる。
だがしかし、ソプラノサックスの色気はもう一歩欲しいところ。高解像度だが全体的に一歩引いた位置から冷静に観察しているような、クールでドライな印象を受ける。リアルだが音楽に浸るという感じではないサウンドは、少々残念だ。あるいはモード・ジャズとしては、その方が正しいのかもしれないか……。
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モード・ジャズの名盤「My Favorite Things」。録音自体は古いが、ドラムセットの粒立ちが非常に印象的 |