企業ビジネスにAIの知性を組み込むために考えるべきこと、「IBM Think 2018」講演
「データとAIの時代」に向けたIBMの戦略、ロメッティCEOが語る
2018年03月26日 07時00分更新
2018年3月19日から22日にかけて、米国で開催されたIBMの年次カンファレンスイベント「IBM THINK 2018」。世界中からおよそ4万名の顧客やパートナーが参加し、「IBM Cloud」ブランドのクラウド事業だけでなく、「Watson」およびAI、ブロックチェーン、量子コンピューティング、サイバーセキュリティと、幅広いテーマに及ぶカンファレンスやデモ展示が行われた。
20日午前に行われたIBM会長、社長兼CEOのジニー・ロメッティ氏による講演「Putting Smart to Work」では、ビジネスとテクノロジーが大きな歴史の転換点を迎えている現状を指摘し、時代に対応した変革の必要性を訴えたうえで、そうした企業を支援するIBMのビジョンを紹介した。
ロメッティ氏の講演では、現在、そしてこれからのIBMがどのような立ち位置に立とうとしているのか、その戦略を理解するうえで興味深い発言が相次いだ。本稿ではまず、その概要をお伝えする。
25年周期で起こる急激な変化――次はAIによる「学ぶ」能力の飛躍的成長
ロメッティ氏は、ビジネスとテクノロジーにはおよそ25年ごとに「急激なシフト(変化)」のタイミングが訪れると語った。ビジネスとテクノロジーのアーキテクチャが「同時に」変化するタイミングでは、「直線的(リニア)ではなく、指数関数的な急カーブを描くような成長が起きる」という。
そして、過去60年間を振り返るとそうした急激なシフトは2度起きており、それぞれ事後に「法則」として定式化され、知られるようになった。
ひとつは1960年代に提唱された「ムーアの法則」だ。「トランジスタの集積数は18カ月ごとにおよそ2倍になる」というこの法則が示したとおり、コンピューターの処理能力は指数関数的な成長を続け、現在ではあらゆる企業のバックオフィスでコンピューターが業務に使われるようになっている。もうひとつ、1990年代には「ネットワーク通信の価値は接続デバイス(ノード)の数の2乗に比例する」という「メトカーフの法則」が提唱されたが、これもインターネット時代を迎え、フェイスブックなどのプラットフォーム企業の台頭につながったと指摘する。「どちらのシフトもビジネスを大きく変えた」(ロメッティ氏)。
そして、それからおよそ25年が経過した現在、また新たな「急激なシフト」がビジネスとテクノロジーに訪れているというのがロメッティ氏の主張だ。それはAI技術の発展に伴う急激なシフトである。ムーアの法則、メトカーフの法則に続いて、これが「もしかしたら“Watsonの法則”と呼ばれる日が来るかもしれない」とロメッティ氏は笑う。
AIは企業に何をもたらすのか。ロメッティ氏は、AIの活用によって企業は「指数関数的に『学び』、成長できるようになる」と表現する。これは、AIの“学習能力”が劇的に成長することで、人間だけでは価値が引き出せなかった膨大なデータをビジネス活用するチャンスが生まれ、既存業務の効率化やより良い意思決定を通じて競争優位性を生むという意味だ。IBMでは、こうしたシフトを通じて全世界で新たに生み出される価値を「10年間で2兆ドル規模に及ぶ」と試算している。
ここで鍵を握るのが「データ」の存在だ。すべての企業が同じデータでAIに学習させているかぎりは、競争優位性は生まれない。しかしロメッティ氏は、誰もがインターネットで入手できるようなデータは20%に過ぎず、残りの80%は個々の企業が保有する非公開のデータ(たとえば顧客情報、財務情報、取引履歴など)であることから、正しいデータ/AI戦略を取れば「選ばれた一部の企業だけでなく、すべての企業が勝者になれる」のだと強調した。
「データとAIを活用することで、(新興企業ではなく)歴史ある既存の企業でもディスラプター(市場の変革者)になることができる」(ロメッティ氏)
あらゆるプロセスをAIに学習させ、「人+マシン」で業務を進める時代へ
「データとAIの時代」の始まりを迎え、これからは企業も社会も大きくシフトしていくことになる。ロメッティ氏はそれぞれ、具体的にどんなシフトが求められるようになるのかを、事例もまじえながら紹介していった。
まず企業のシフトについては、「デジタルプラットフォームのてこ入れ」「あらゆる業務プロセスへの“学習”の組み込み」「『人+マシン』=デジタルインテリジェンスによる業務支援」という3点を挙げた。
ロメッティ氏は、「5年後の企業は複数の外部プラットフォームを使うようになっていると考えられるが、実際に競争優位の鍵を握るのは、自社で独自に構築するデジタルプラットフォームだ」と語る。そこにはWatsonのようなデジタルインテリジェンスが埋め込まれており、それが自社のあらゆる業務プロセスを学習して独自のナレッジと洞察を備え、人間の意思決定や業務効率化を支援していく、というビジョンだ。
それを実現している例としてロメッティ氏は、テレコム企業(仏オレンジ)を母体に誕生し「Watsonが50%の銀行業務を処理する」というオレンジバンク、画像認識を組み込んだ対話形式の“コグニティブマニュアル”を顧客に提供するフォルクスワーゲン、1日35万通に及ぶ問い合わせメールの60%をWatsonエージェントで自動回答するクレディミュチュエル銀行を紹介した。
ちなみにクレディミュチュエルでは、(人間の)エージェントの95%がWatsonによる業務支援を「良い」と評価しているという。「『人 VS. マシン』ではなく『人+マシン』で仕事を進める時代だ」(ロメッティ氏)。
またIBM自身でも、過去数百万件ぶんのインシデントデータをWatsonに学習させITアウトソーシング/保守サービスの改善を図る「IBM Services Platform with Watson」、「Workday」にWatsonを組み込んで昨年1年間で1億ドル以上のコスト節減を果たしたHR(人事)プロセス、これまで11万5000人の腫瘍患者に対する診断を補助してきた「Watson Health」などの実例がある。
「こうした例のように、デジタルプラットフォームを受け入れ、どの業務プロセスをマシンに学習させるかを考え、マシンに人を支援させることで、(この講演のタイトルである)“Putting Smart to Work”(仕事に知性を組み込むこと)が実現する。これが、企業が世界の動きを変えていくための方法だ」(ロメッティ氏)