ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情 第409回
業界に痕跡を残して消えたメーカー HDDの容量を劇的に増やす圧縮ソフトStackerを送り出したSTAC
2017年05月29日 12時00分更新
1週空いたが、再び業界に痕跡を残して消えたメーカーをお届けしよう。今回紹介するSTAC Electronicsは、国内では知名度が今一つかもしれない。ただ米国では、マイクロソフトとの死闘を繰り広げたことで、それなりに有名だった企業だ。
ユーザーが意識せずに自動的にファイルを
圧縮・伸張を行なうソフト「Stacker」
STAC Electronicsの社名は“State of the Art Consulting”の略だそうだ。当時CALTECH(カリフォルニア工科大学)でComputer Scienceを履修中のGary Clow、Doug Whiting氏、John Tanner氏、Mike Schuster氏、William Dally氏の5人の大学院生が中核となって1983年に創業した。取締役会議長兼CEOはGray Clow氏が引き受けている。
さてこのSTAC Electoronics、“Electoronics”の文言からもわかるとおり、ソフトウェアの会社ではない。当初彼らが手がけていたのはディスクあるいはテープドライブのデータ圧縮伸張チップである。
当時はまだHDDやテープドライブの容量が小さかったため、データをそのまま記録するのでなく、書き込み時に圧縮・読み込み時に伸張するような仕組みを入れて、より多くのデータを格納できるようにする、という仕組みは有望に見えた。
さて、当時同社のエンジニアはこのチップの開発に勤しんでいたわけであるが、どういう理由でそれを始めたのかは不明だが、同じ圧縮伸張のアルゴリズムをMS-DOSの環境に移植する、という作業が並行して行なわれることになった。
当初の同社の圧縮伸張チップのターゲットはHDDベンダー、あるいはワークステーションのメーカーなど、マイコン市場を必ずしも見据えたものではなかったが、IBM-PC/XTでHDDが搭載できるようになり、その後IBM-PC互換機に急速にHDDが普及したことを考えると、このアイディアは悪くないと誰かが判断したのだろう。
同社が冴えていたのは、BIOSのFunction Callにフックする形で圧縮伸張エンジンを実装したことだ。通常MS-DOSではINT 21HのFunction Callを利用してHDDやFDDにアクセスすることになるが、同社はこのFunction Callを横取りし、書き込み時には圧縮・読み込み時には伸張を自動的に行なうような仕組みを考案した。
この結果、アプリケーションからは、それが通常のHDDなのか、圧縮伸張を行なったものなのかは見えなくなる。意識せずにHDDの容量を増やせる(勝手に圧縮伸張が行なわれる)、という点が非常に便利だったわけだ。
Stackerと名づけられた、MS-DOSに対応したこのHDD(やFDD)の圧縮伸張エンジンの最初のバージョンの登場時期は不明だが、1990年10月のInfoWorldにレビューが掲載されているあたり、1990年であろうと思われる。
画像の出典は、“Google BooksのInfoWorld 1990年10月12日号”
圧縮レートは平均2:1とされていたが、実際はファイルの内容によって圧縮レートは細かく変わることになる。拡張カードを使うと、圧縮伸張をカード上のチップ側で行なえるので、CPUの負荷が減りより迅速にアクセスが可能になる。
もっともこれは当時、まだ80286や80386SXを使ったマシンが多かったことに起因する。一応時期的にはすでに33MHzの80486がリリースされ、これを搭載したマシンも販売されてはいたが、まだ手頃とは言えない価格だったからだ。
先のレビューと同じ1990年10月号に掲載されているGATEWAY2000の広告によれば、12MHzの80286マシンが1695ドル、16MHzの80386SXマシンが1995ドルなのに対し、25MHzの80486マシンには5295ドルの価格段が付いている。
したがって、非力なCPUではこの圧縮伸張の処理に相応の時間を要しており、これをハードウェアで行なうことで高速化できる、という話だ。ただし、その後急激にCPU性能が上がり、かつそれを廉価で入手できるようになると、拡張カードの出番はどんどんなくなっていった。
ちなみにStackerを始め、同種のツールはこの後多数登場するが、いずれも基本的には「ディスク圧縮ツール」である。例えばStackerの場合、標準ではCドライブにSTACVOL.DSKという巨大なファイルが1個できることになる。Cドライブにアクセスする場合、このSTACKVOL.DSKは直接操作できない。
ところがこれと同時に新しいドライブ(例えばDドライブ)が出現し、ここにファイルを書き込むと、それは圧縮した上でSTACVOL.DSKの内部に格納され、読み出しは逆にこのSTACVOL.DSKの中から取り出して伸張される。ファイル単位での圧縮は、当時のディスク圧縮ツールは非対応であった(*1)
(*1) フリーソフトでファイル単位の圧縮を行うものもあり、使った経験もあるのだが、いろいろトラブルが多かった。また圧縮率もさして高くなかった。
この連載の記事
-
第796回
PC
Metaが自社開発したAI推論用アクセラレーターMTIA v2 Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第795回
デジタル
AI性能を引き上げるInstinct MI325XとPensando Salina 400/Pollara 400がサーバーにインパクトをもたらす AMD CPUロードマップ -
第794回
デジタル
第5世代EPYCはMRDIMMをサポートしている? AMD CPUロードマップ -
第793回
PC
5nmの限界に早くもたどり着いてしまったWSE-3 Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第792回
PC
大型言語モデルに全振りしたSambaNovaのAIプロセッサーSC40L Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第791回
PC
妙に性能のバランスが悪いマイクロソフトのAI特化型チップMaia 100 Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第790回
PC
AI推論用アクセラレーターを搭載するIBMのTelum II Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第789回
PC
切り捨てられた部門が再始動して作り上げたAmpereOne Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第788回
PC
Meteor Lakeを凌駕する性能のQualcomm「Oryon」 Hot Chips 2024で注目を浴びたオモシロCPU -
第787回
PC
いまだに解決しないRaptor Lake故障問題の現状 インテル CPUロードマップ -
第786回
PC
Xeon 6は倍速通信できるMRDIMMとCXL 2.0をサポート、Gaudi 3は価格が判明 インテル CPUロードマップ - この連載の一覧へ