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ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情 第401回

業界に痕跡を残して消えたメーカー 表計算ソフト「VisiCalc」で世界を震撼させたVisiCorp

2017年04月03日 11時00分更新

文● 大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/) 編集●北村/ASCII.jp

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さまざまなプラットフォームに移植され
確実にシェアを伸ばす

 1980年におけるApple IIの売上の7割は、VisiCalcを動かすためだった、という情報まであるほどだ。ちなみにApple IIの1980年における売上台数は7万8100台だそうで、5万4000台余りがVisiCalcを動かす目的で購入されたということになる。

 もちろんこうなると他のマイコンベンダーも黙って見ているわけがない。Personal Software(経由でSoftware Arts)には、他の機種への移植要請が大挙して舞い込むことになる。このうち、Apple IIと同じMOS Tecの6502を搭載したAtari 800と、CommodoreのPET 2001への移植は比較的容易だったらしい。

 一方同じ6502(厳密にはSynertekの6502A)を搭載したApple IIIや、ZilogのZ80を搭載したTandyのTRS-80 Model 2~4や、SONYのSMC-70(!)への移植は、それなりに時間が必要だった。

 この頃はそもそも機種ごとにハードウェア構造やアドレス配置が全部異なっていたため、同じCPUを使っていても必ずしもそのままプログラムが使えるわけではなかったし、SMC-70に至ってはCP/M-80上への移植も必要だった。

 またIBM-PCへの移植も行なわれている。そんなわけで1980年にはApple III・TRS-80 Model 2/3・IBM-PC、PET-80・HP 125・Atari 800に、1981年にはSMC-70にそれぞれ移植した製品がリリースされた。

 またVisiCalcそのものも煩雑にバージョンアップされており、こうした作業にSoftware Artsは忙殺されることになった。

さまざまなプラットフォームで動くVisiCalc。左上から時計回りにApple III、TRS-80 model 3、Apple II、IBM PC、TRS-80 model 2、Commodore PET CBM-80、HP 125、Atari 800となっている

 1992年には可変長のカラム幅や整形機能の強化、マクロの搭載などを行なったVisiCalc Advanced Versionも用意された。

 これはまずApple III、次いでApple IIe向けに提供されたが、なぜかIBM PC向けは後回しになり、これが後で大きく影響することになる。

 VisiCalcとは別に、エンジニア向けの科学技術計算を行うTK!Solverもこの1982年にSoftware Artsからリリースされた。ただそれより大きな変化は、Personal SoftwareとSoftware Artsの関係に発生した。

IBM PCへの移植が遅れたことで
Lotus 1-2-3に覇権を奪われる

 1980年頃、Personal Softwareはより売上高を増やすべくベンチャーキャピタルから投資を受け、製品ラインの拡充などを図ろうとしていた。ただそうは言ってもPersonal Software(同社は1982年にVisiCorpに社名を変更し、さらに“VisiXXX"という名前の製品を投入し始めた)にとって最大の売上源はVisiCalcであることに変わりはなかった。

 ここで問題になったのは、Software Artsへのロイヤリティーの高さである。これを解決すべく、まずPersonal SoftwareはSoftware Artsの買収を計画するものの、ベンチャーキャピタル筋の反対に合い頓挫。次いでバイアウト(VisiCalcの製品資産とライセンス・権利などを一括買収)の話し合いを始めるが、これが遅々として進まなかった。

 そうこうしているうちに1983年に登場したのがLotus Development CorporationのLotus 1-2-3である。VisiCalcの競合製品そのものは、MicrosoftのMultiplan(1982年)や、SorcimのSuperCalc(1980年)などがすでに登場していたが、VisiCalcの牙城を崩すには至らなかった。

 ところが1-2-3はあっという間にIBM-PCの市場で大きなシェアを握り、VisiCalcの売上が目に見えて落ち始めた。これに先立ち、VisiCalcの価格を100ドルから250ドルに上げたのも、売上を落とす一助になったのは間違いない。

 Personal Softwareとしては、ロイヤリティー支払後の利益を少しでも増やすための策だったのだろうが、結果としてユーザーを競合製品に追いやる助けにしかならなかった。

 追い込まれたVisiCorp(この頃にはもう社名が変わっていた)は1983年、Software Artsを訴えた。訴因はAdvanced Versionの提供が遅れたために、VisiCorpは数千万ドルの損害を受けた、というものだ。

 もちろSoftware Artsも直ちに反訴する。1984年の夏にこの両方の訴訟は和解に至るが、この結果としてVisiCorpはSoftware Artsに若干の金額を支払うとともに、VisiCalcの商標を利用できないことになった。要するに大黒柱であった製品を販売できなくなったわけで、VisiCorpがその状態で存続できるわけがない。かくして同社はPaladin Softwareに買収され、消えてなくなってしまった。

 一方のSoftware Artsはというと、訴訟合戦の間もさまざまな製品を開発しており、例えばSpotlightと呼ばれる、後のBorland Sidekickに似たポップアップユーティリティーや、Wildfireというコード名の電子メールプログラムなどがあった。

 もちろんTK!Solverも引き続き開発・販売を行なっていた。ただ同社もPersonal Software/VisiCorpという強力な販売会社を失ったわけで、そのままでは立ち行かなくなるのは目に見えていた。結局数ヵ月に渡る交渉のあと、Software Artsの資産一式はLotus Development Corporationに買収された。

 TK!Solverは別の会社に売却され、SpotlightはLotus Metroとして、WildfireはLotus Expressとしてそれぞれ日の目を見たが、VisiCalcはそのまま捨てられることになった。

 VisiCalcはIBM PC向けだけで30万本、全機種向けをあわせると合計100万本が販売されたとしており、決して少ない売上ではないはずであるが、あっという間に市場から消えてしまっており、今では知る人も少ないソフトウェアになってしまったのは惜しい気がする。

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