評論家・麻倉怜士先生による、今月もぜひ聴いておきたい“ハイレゾ音源”集。おすすめの曲には「特薦」「推薦」のマークもつけています。e-onkyo musicなどハイレゾ配信サイトをチェックして、ぜひ体験してみてください!!
『ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ、他
―ピアノと管弦楽のための作品集』
ヤン・リシエツキ
NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団
クシシュトフ・ウルバンスキ
若きピアニストと、若き指揮者の素晴らしい協演だ。ヤン・リシエツキは弱冠23歳。カナダはカルガリーでポーランド人の両親の元で生まれ、わずか9歳でオーケストラ・デビューしたという逸話の持ち主だ。
以後、世界各地の有名オーケストラとの共演、室内楽、リサイタル活動にて、主要なコンクール入賞履歴なしに、いまや世界的なスターピアニストだ。
協演のクシシュトフ・ウルバンスキ/NDRエルプフィルは最近、ミューザ川崎ホールで聴き、知情意が高い次元で均衡した、現代ドイツを代表するサウンドを堪能させてくれた。NDRフィルは、ヘンゲルブロックの下で機能的なドイツ系モダンオーケストラに進化した(ヘンゲルブロックはピリオドだが)。その成果を若きウルバンスキは見事に発展、開花。しなやかにして剛毅、エッジが立つが柔軟な音が聴けた。特にトゥッティの響きに深さと潤いがあり、包まれるような香しさがあった。
では本音源だ。リリシズムの極のような透明な音響である。ショバン名曲中でも、この「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ ト長調 / 変ホ長調」は、ロマンの香りが特に濃厚な曲だが、若きピアニストは、はっとするような新鮮でクリヤーな音色を、ロマンティックに響かせる。ソノリティが素晴らしい。ビアノの音が明瞭で、こまやかな響きのフラグメントが、会場に広く、美しく消えゆく様からは、新しいエルプホールのアンビエントの高性能さが感じられる。途中から入るオーケストラのスケールの大きさと同時に、細かな部分までの解像感には驚かされる。響きの美しさでは、最近のピアノとオーケストラ作品では最右翼だ。
モーツァルト「ドン・ジョバンニ」バリエーション。冒頭の弦がスピーカーの位置ではなく、2つのスピーカーの間からファントム的に立ち上がってくる濃密な空気感には圧倒された。
FLAC:96kHz/24bit
Deutsche Grammophon、e-onkyo music
ドラマーの大坂昌彦が率いる東京キネマ・ジャズトリオの第3弾アルバム。今回は「モア」「ひまわり 愛のテーマ」「アルフィーのテーマ」……など、ヨーロッパ映画のスタンダード・ナンバー11曲だ。セールスポイントは「DSD11.2MHzによる一切編集無しの一発レコーディング」。
以前、大坂氏にインタビューした時、こんなことを言っていた。
「俺がDSD11.2MHzの先鞭をつける。これは俺しかできないだろう」。DSDは編集できないと嘆くのではなく、それこそが音楽の本質ではないかと喝破した。
「DSDは編集ができないと聞いて、これだ!と飛びついたんだ。プロ中のプロでなければできない音楽性にて一発録音し、ハイレゾの新しい規範を作りたかった。そこで目を付けたのがDSDの弱点である編集できないこと。俺の辞書には録り直しという言葉はない。11.2MHzDSDも再生デバイスが揃ってきた今が、タイミングだと思った」
ピアノトリオの3人演奏がミソだ。ソロならば11.2MHzDSDの一発録音は可能かもしれないが、合奏ではなかなか難しかろうというのが大坂氏の見立てであった。完全に一発でOKできる自信が無ければ到底、無編集制作に挑めないし、さらに音楽性の点でも、すべての音楽的能力を露わにする超高解像度フォーマットなのだから、単にミスがないという次元を超えた完成度の高さも同時にも求められる。大坂氏は言った。「ジャズってそういうものだろう。ライブじゃ修正なんかできるわけないのだから」。
11.2MHzDSD録音には切り貼りにより、音楽の完成度を高めていく一般的なセッションとは違う、ライブ的な一発勝負の精神が必要だ。その挑戦に完璧に成功したときにのみ、ウルトラハイファイの再現性が、演奏のすみずみにまでスポットライトを当て、さらに音楽的な感動を深めてくれる。それこそが11.2MHzDSDの本質だろう。
今回も、キング関口台スタジオでの録音だが、その様子を、レコーディング&ミックスを手掛けた塩田哲嗣氏がe-onkyo musicの特設サイトで述べている。「僕らがJazzだと思うテイストは、やはりルディバンゲルダー以降のオンマイク(近い音像)なものですので、そのテイストをちゃんと生かしつつ、いかに最先端の録音スペックを使ってそれが実現出来るか?という事だったと思います。別の言い方をすれば、高解像度な録音でありながら昔ながらのJazzの匂いがぷんぷんする作品を目指したという事です」
こだわったのがヴィンテージ機材の使用。リミッター Collins/26U-2、リミッター&コンプレッサーFairchild670、RCA 44BXリボンマイク、Coles 4038リボンマイク、Neumaan U67真空管マイク、Neumann KM54真空管マイク、Neumann M49真空管マイク、AEA N8リボンマイク、Telefunken V41a真空管マイクプALTEC1567a真空管ミキサー&マイクプリアンプ……などを駆使し、「高解像度な録音でありながら昔ながらのJazzの匂いがぷんぷんする作品を目指した」のである。
DSD11.2MHzの音はまさに息を呑む高音質。「ワルツ・フォー・デビイ」では、まずピアノがフューチャーされ、メロディを呈示。ピアノ音像は2つのスピーカーを睥睨して巨大に広がる。ピアノの高音が倍音領域まで輝き、はっとする新鮮な音の切り口がまさに見える気がする。
大阪氏のドラムスはセンターに定位。ベー-スソロもスケールが大きく俊敏。バッキングのピアノが、スピーカーの両側を超えて、手前に迫るような音場の錯覚も。DSDの音色はキメが細かく、音の粒立ちが明瞭で、グロッシーな雰囲気が横溢。ジャズの名盤が多く生み出された時代に使用されたビンテージ機器ならではの音の柔らかさ、潤い感も十分に感じることができる。デジタルの極北のDSD11.2MHzなのに、音色が暖かいのである。ヒューマンなとてもアナログ的な音調だ。東京キネマ・ジャズトリオのパーソネルはパット・グリン(Ba)、熊谷ヤスマ(Pf)、大坂昌彦(Dr)。
WAV:192kHz/24bit、FLAC:192kHz/24bit、DSF:5.6MHz/1bit、DSF:11.2MHz/1bit
キングレコード、e-onkyo music
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