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ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情 第391回

業界に痕跡を残して消えたメーカー イーサネットの普及に絶大な貢献をしたNovell

2017年01月24日 07時57分更新

文● 大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/) 編集●北村/ASCII.jp

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高額なのがあたりまえのイーサネットに
低価格カードを投入しネットの普及に貢献

 インターネットそのものは1990年代に入ってから少しづつ普及してはいたが、今のようにイーサネットあるいはWi-Fiでそのまま接続するのではなく、モデム経由でプロバイダーとつないで使うものだった。また、TCP/IPは自宅あるいはオフィス内で使うには、まだ支障が多かった。

 この結果としてNovellのIPX(Internetwork Packet Protocol)をは広く普及することになり、少なからぬUnixシステムがIPXや、その上位プロトコルであるSPX(Sequenced Packet Exchange)をサポートしたりしていた。

 ネットワークであるからには当然イーサネットを利用することになる。1980年代においてはこのイーサネットカードが高価で、さらにイーサネットのケーブルそのものも高価かつ扱いが面倒だった。それまでNovellは自社で専用のネットワークカードを用意していたが、こちらもなかなか価格が下がらなかった。

 これが変わるのは、1987年にNovellが提供を開始したNE1000というカードである。これはNational Semiconductor(現TI)のDP8390というイーサネットチップを搭載した製品だが、低価格性を追求してバスは8bitのXT Bus準拠とし、転送はDMAを使わずPIOのみに絞ったものだ。

NE1000。といってもこれは1990年に作り直されたRevision Bカードの模様。AUIとBNCをサポートする

 上の画像に搭載されたDP8390は、8/16/32bitのI/Fを持っており、またDMAチャンネルを2つ持っているので、フルに生かすとそこそこの性能が出るはずのチップだったが、あえて低価格のためにこれを低く抑えた形だ。

 1987年2月の発表時の価格は495ドルだったが、これはすぐに下落する。1988年には220~230ドル前後で、やや後になるが1991年11月の広告を見るとNE1000は148.44ドルまで落ちている。

 同程度のスペックを持つ、3comの第一世代のイーサネットカードである3C501は、同じ時期に316.09ドルだったので、いかに安価かわかるだろう。

 ただ、さすがにDMAを切って8bitのPIOのみでは10Mbit/秒のイーサネットの性能ですらフルに発揮できないということで16bitのISAバスに切り替え、かつDMAをサポートするようにしたのが、IBM-PC/ATにあわせて1988年に投入されたNE2000である。

1990年に作り直されたリビジョンCのNE2000。16bitバス化した関係か、バッファメモリー(左上のHYUNDAIのロゴが付いたもの)が倍増されている

 コントローラーチップそのものは引き続きDP8390が使われており、ドライバーそのものは共通化できた(実際にはDMAの有無などで多少動作は異なるが)。

 こちらも当初の価格こそ高かったが、すぐに価格は下落していく。1991年11月の広告ではNE2000が157.06ドルとなっており、NE1000のわずか9ドル増しでしかない。競合である3comの3C503が257.65ドル、3C507が281.61ドルだったので、100ドル以上も安価に提供された。

 加えて、1990年頃からNovellはNE1000/NE2000の設計をロイヤリティフリーで利用可能(ただしNovellによる認証が必要)とし、さらにNE1000/2000のボードやパーツ類を自由にサードパーティーがオーダーできるような方策を採った。これにより、さまざまなベンダーが、NE1000/2000互換カードを製造して販売できるようになった。

 ちなみに認証というのは、完成したカードをNovellに送付し、そこでテストに通るとコントローラー部にNovellのシールを貼れるようになるというものだ。当初こそ、シールを真面目に貼ったカードが流通していたが、1990年代も終わりになると、シールすら貼っていないカードの方が大勢を占めていた気がする。

“It runs with NetWare”と書かれた赤いシールが認証の証

 とはいえ、Novellとしてはイーサネットカードを売ることによる利益よりも、NetWareのクライアントソフトウェアを売ることによる利益の方が遥かに大きかったため、NE2000互換カードが市場に溢れ、低価格化することはむしろ長期的には好ましいものであり、この結果としてNE2000は1990年代後半のデファクトスタンダードになった。

 そしてカードが売れるということは、ネットワーク機材もまた売れるということである。イーサネットで最初に登場した規格は10BASE5で、これはド太い同軸ケーブル(直径が1cm近かった)に、これまた大型のタップを挟み込んで、そこからAUIケーブルと呼ばれる、またまた太いケーブルを使ってつなぐもので、オフィスなどでは取り回しが非常に面倒で、しかも高価だった。

 NE1000/2000が出てくる頃には10BASE2と呼ばれる、BNCコネクターとRG58といういくぶん細い同軸ケーブルを使った規格が普及を始めていたが、これも取り回しが大変で、1ヵ所ケーブルを切り離すとネットワークが全部止まるなど、いろいろ使い勝手に難があった。

 これに代わるものとして10BASE-Tは1987年に標準化されていたものの、当初はハブの価格が高いなどの理由で普及が進まなかった。ところが世の中にNE2000互換カードが溢れ始め、またこれらが10BASE-Tに対応したことで、必然的にハブの需要も増え、価格がどんどん落ちて、これがまた普及を促すという好循環が構築され、1990年台にLANそのものが「高価格な設備」から「ごく普通にあるもの」になった。ここでNE2000が果たした役割は決して少なくない。

※お詫びと訂正:SPXのスペルに誤りがありました。記事を訂正してお詫びします。(2017年2月1日)

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