ロックはミニコミだった
橘川 それで高校まではジャズが好きだったんだ。ポップスも好きだったけどね、ビートルズが好きだったから。もちろん時代的にグループ・サウンズとかポップスとか聴いていたんだけど、なんとなくジャズはカッコ良かったんだよ。それで四谷にいーぐる※2っていうジャズ喫茶があってね。今のあそこに引っ越す前のいーぐるな。
※2 説明無用のジャズ喫茶いーぐるは、新宿通りの拡幅工事により、同じオーナーが経営していたロック喫茶「ディスク・チャート」を閉店・改装する形で移転。橘川さんが通っていた頃の旧いーぐるは、シュガー・ベイブ発祥の地として知られる現在の場所より30mほど四ツ谷駅寄りだったらしい。
そこに高校生がコーヒーを飲みながらね、岩波文庫を読むというね。暗く、シニカルな、いい感じだったわけだ。で、マイルス・デイビスとかよくわかんないけど「やっぱ、すげえな」とか。「やっぱコルトレーンはわからないとダメだよな」とか。そういうわかったような能書きを言いながらジャズを聴いていたわけだ。それで大学に行くようになってロック喫茶に行き始めたんだ。するとぜんぜん違うわけだよ。なにかって言うと、うるせえんだよ。
西牧 あはははは。
橘川 ジャズ喫茶は音楽をバックグラウンドで聴くという環境だから、文庫でも読めるんだよ。ロック喫茶って異常な音量でやるから、うるさくて本なんか読んでられないんだよ。
西牧 もう喫茶じゃないんですね。
橘川 そう。暴力装置なわけだよ。ソウルイートという新宿にあったロック喫茶なんだけどな。それで本を取り上げられちゃったわけだよ。ただボーッとしてさ、音にまみれるみたいな。で、渋谷がレコードかけてるわけだよ。
四本 渋谷っていうのは陽一ね。マンパクとかやってる会社の。
西牧 あ、はい。
橘川 それで日比谷の野音で100円コンサートがあるから、行くわけだ。すると聴いたことあるヤツないヤツ、いろんなヤツがバンドをやっていて、そのロック喫茶の連中も行って、ぎゃーぎゃー騒いでる。ところが次の回に行くと、隣で騒いでいたヤツらが、向こう側にいるわけだよ。ステージの上に。それが日常なんだ、ステージの上と下が入れ替わるのが。
そこで、ジャズとロックの違いを考えたわけだ。旧来のメディアとか表現というのは、天才的なテクニックを持っているミュージシャンとか、誰も到達できない鍛え方をした才能とか、そういう人たちのものなんだ。だからステージで演奏すると、圧倒されるだろ? 俺らは客席で拍手するわけだ。ところがロックって、ミュージシャンと客席が同じ位相に立っているんだよな。ミュージシャンと観客が一緒になって場を作るもの。まさにミニコミだったわけ。
西牧 役割が流動的ということですか。
橘川 流動的だし、その場に価値があるんだよ。演奏はあくまできっかけなんだ。同人雑誌の場合は同人が主役だろ。ジャズもミュージシャンが主役なわけだよ。俺らそれを鑑賞するだけ。おお、素晴らしいと。
ロックは、参加できるわけだよ。単に客として聴くだけじゃなくて、一緒に盛り上がることで場を作る。つまりそれが演奏することになるわけだ。客席で騒いで殴り合いするようなことも含めて、その場全体がひとつのメディアだと。これが新しいんだと。だからオレは将来、これに行こうと。作品とか芸術家とか、素晴らしい人を崇め奉るのではなくて、一緒に場を作っていこうと。それがオレにとってのロッキング・オンなんだよ。おい、四本! おまえ知らなかっただろう!
四本 先がまだまだあるのは知っています。
橘川 よし、これで第一章は終わりだ。
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ロッキング・オンの時代 |
橘川幸夫著『ロッキング・オンの時代』
11月19日発売
渋谷陽一、岩谷宏、松村雄策とともに創刊メンバーだった著者が振り返る、創刊から10年の歩み。荒ぶる1970年代カウンターカルチャーと今をつなぐメディア創世記。装丁はアジール。
著者紹介――四本 淑三(よつもと としみ)
1963年生れ。フリーライター。武蔵野美術大学デザイン情報学科特別講師。新しい音楽は新しい技術が連れてくるという信条のもと、テクノロジーと音楽の関係をフォロー。趣味は自転車とウクレレとエスプレッソ
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