VRによってクリエイターは感性のバージョンアップを迫られる
水口 いま到来しているVRの潮流というのは、人間や表現というものにとって、おそらく相当なジャンプなんじゃないかと思うんですよね。
メディアの歴史を振り返ると、19世紀の終わりにフランスのリミュエール兄弟が「列車の到着」という世界で初めての映画を撮りましたよね。その上映のとき、ホームに入ってくる列車の映像を観てみんな映画館から逃げ出したというエピソードがあるけれども、それに匹敵するようなインパクトがあるんじゃないかと。
あのとき、人間はまったく新しい映像体験を目の前にしてある種の恐怖もあっただろうし、それで開眼してしまったものもある。まさに五感のチューニングや知覚のマッピングが変更されてしまったわけだよね。
1986年、「映画の父」と呼ばれる兄オーギュストと弟ルイのリミュエール兄弟によって制作された「ラ・シオタ駅への列車の到着」。こちらの向かって走ってくる列車に恐れをなした観客が映画館から逃げ出したという逸話がある |
高橋 そうですね。新しいテクノロジーとそれをもとにした新しいクリエイティブによって、人間がバージョンアップしてしまったという感じでしょうね。
水口 もちろんリミュエール兄弟の「列車の到着」から現在の映画の形態になるまでには、カメラ技術の進化や撮影所の設備の発達、ストーリーテリングの技法の開発など、それなりに時間がかかっているわけだけれども、“映像を四角形のスクリーンに映し出す”という基本的な原理だけはまったく変わっていないわけでしょ? そして時代とともにそのスクリーンがテレビになり、PCになり、いまではスマホになった……。それでも、結局、“映像をスクリーンに映し出す”ということだけはずっと継承されてきたわけです。
VRはこの平面的で四角形のスクリーンからの解放なんだよね。100数十年のときを経てこの枠組みがいよいよ外れる。人間もバージョンアップするだろうけど、まずはクリエイターたちが感性のバージョンアップを迫られると思いますね。
高橋 よく武邑先生の講義の中でもマクルーハンの「人間が道具を作り、道具が導入する新しい尺度が人間を変える」という言葉が引用されますが、VRをはじめとする現在のテクノロジーの進化の過程というのは、まさにこの言葉に集約されているような気がしますね。
水口 2013年に武邑塾を始めたときよりも、その言葉の重みはより増していますよね。「半導体チップのトランジスターの数は2年ごとに2倍になる」というムーアの法則すらいまはもう崩壊していて、テクノロジーの進化の加速度としては、われわれは直線グラフ的な緩やかな階段ではなく指数関数的な急激な上昇カーブの中にいる。
その先にはやっぱりシンギュラリティー的な風景がひらけているんだろうなと本気で思い始めましたね。
(次回に続きます)
水口 哲也(みずぐち てつや)
レゾネア代表/米国法人 enhance games, inc. CEO/慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(Keio Media Design) 特任教授。
ヴィデオゲーム、音楽、映像、アプリケーション設計など、共感覚的アプローチで創作活動を続けている。2001年、「Rez」を発表。その後、音楽の演奏感をもったパズルゲーム「ルミネス」(2004)、 Kinectを用い指揮者のように操作しながら共感覚体験を可能にした「Child of Eden」(2010)、Rez のVR拡張版である「Rez Infinite」(2016)など、独創性の高いゲーム作品を制作し続けている。 2002年文化庁メディア芸術祭特別賞、Ars Electronicaインタラクティヴアート部門名誉賞などを受賞。2006年には全米プロデューサー協会(PGA)とHollywood Reporter誌が合同で選ぶ 「Digital 50」(世界のデジタル・イノヴェイター50人)の1人に選出される。2007年文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門審査主査、2009年日本賞審査員、2010年芸術選奨選考審査員などを歴任。
著者紹介――高橋 幸治(たかはし こうじ)
編集者。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、1992年、電通入社。CMプランナー/コピーライターとして活動したのち、1995年、アスキー入社。2001年から2007年まで「MacPower」編集長。2008年、独立。以降、「編集=情報デザイン」をコンセプトに編集長/クリエイティブディレクター/メディアプロデューサーとして企業のメディア戦略などを数多く手がける。「エディターシップの可能性」を探求するミーティングメディア「Editors’ Lounge」主宰。本業のかたわら日本大学芸術学部文芸学科、横浜美術大学美術学部にて非常勤講師もつとめる。
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