「物販モデル」から「サブスクリプションモデル」への移行はIT企業ならず、どの企業でも大きな課題だ。そんな課題に向け、グローバルで800社の企業をサブスクリプションモデルに移行させてきたのが、米Zuora(ズオラ)だ。日本法人の桑野順一郎社長にサブスクリプションモデル移行への必然性と同社が提唱するRBM(Relationship Business Management)の概念を聞く。
業界全体がサブスクリプションモデルに移る背景
2007年に設立されたZuoraは、セールスフォース・ドットコムの創業メンバーが立ち上げたスタートアップで、サブスクリプションビジネス向けのプラットフォームを提供している。セールスフォースのマーク・ベニオフCEOを含め、多くの投資家から300億円にのぼる資金を調達し、顧客数もグローバルで約800社に上る。導入企業もIBMやHP、デル、シトリックスのようなIT企業、マルケトやコンカー、ドキュサインのようなSaaSベンダー、BOXやPivotal、EngineYardのようなクラウドベンダー、さらにはメディア、IoT、テレコム、教育、ヘルスケアなど多岐におよぶ。「イギリスや米国の大手新聞社も採用している。最近多いのはIoTの事例。GMのコネクテッドカーやシュナイダーのIoTビジネスなどで、サブスクリプションモデルの導入を支援している」とZuora Japan 代表執行役社長の桑野順一郎氏は語る。
さまざまな業界において、Zuoraが支持されてきた背景には、サブスクリプションモデルへの移行を支援する同社のプラットフォームが、まさに業界全体のニーズにマッチしていたからにほかならない。桑野氏の話をベースに、まずはサブスクリプションモデル移行の必然性を説明していこう。
従来、多くのビジネスは、プロダクトを購入したときに売り上げが立つ「物販モデル」で成り立っていた。契約を1つとると、1回請求が行なわれ、回収が完了すると、売り上げが立つというシンプルなモデル。これが長らく、グローバルでの商習慣の基本であった。しかし、顧客のニーズが「所有」から「利用」に移る中で、契約期間内にサービスを提供する「サブスクリプションモデル」が台頭してきた。こちらの場合は、1つの契約に対して、複数の請求・回収のフローが必要になり、売り上げ計上も期間中は複数回行なわれる。企業側はユーザーに長く使ってもらうことで、長期的に収益を得る形になる。
こうしたサブスクリプションモデルは通信や電力サービスなどを中心に行なわれていたが、昨今はクラウドサービスでも一般的となってきた。しかも、この波はITのみならず、消費財や流通、ヘルスケア、教育、メディアなどさまざまな業種に派生している。
たとえば、デジタル化が進む音楽や映像の流通に関しては、すでにCD・DVDのようなパッケージ販売から、AppleやGoogleが提供する月額課金のサブスクリプションモデルに移行しつつある。また、米国ではひげそりや歯ブラシ、おむつなどの日用品をサブスクリプションモデルで展開するスタートアップも増えており、既存のプレイヤーのビジネスを大きく侵食している。そして、昨今注目度の高いIoTビジネスや電力自由化に関しても、サブスクリプションモデルを前提として構築されている。
「サブスクリプションモデルは日本市場では課金体系の延長上に捉えられているが、米国ではより大きなビジネストランスフォーメーションの波になっている。今までは、いいプロダクトを作り、付加価値を付ければモノが売れたが、利用を前提とする市場では、もはやモノは売れなくなっている」と桑野氏は指摘する。
サブスクリプションモデル導入は大きなビジネス変革
こうした市場の変化に向け、2000年代からはカスタマーセントリックなアプローチがマーケティング分野を中心に進んだが、今後は長期的な視野でサービス利用者(サブスクライバー)との関係を構築するRBM(Relationship Business Management)が必要になる。これがZuoraの描くサブスクリプションモデル移行のシナリオだ。「過去にアドビはライセンス販売からサブスクリプションモデルに移行した結果、一時的に売り上げは落ちたが、株価は一気に上がった」(桑野氏)とのことで、痛みを超えた先に安定した収益基盤が待っている。
しかし、物販モデルとサブスクリプションモデルはビジネスモデルがまったく異なっている。物販モデルでは原価に利益を載せることでプライシングが実現してきたが、サブスクリプションモデルでは顧客の需要と使用量により、価格が決定される。また、売り上げ向上の方法も、単に販売数を増やす施策から、顧客との関係強化がメインになる。
さらに他社との差別化要因も、単に製品コストと品質だけではなく、柔軟なプライスパッケージが必要だ。サブスクリプションモデルの場合、より魅力的なサービスが出たら、あっという間にサービスは解約されてしまうからだ。「欧米はベーシックやフリーで使ってもらったお客様に対し、いかにアップセルやクロスセルをかけ、契約を変化させるが大きな関心事になっている」と桑野氏は語る。
つまり、企業にとっては単なる月額課金制の導入にとどまらず、大きなビジネスプロセスの変更を余儀なくされるわけだ。しかし、売り上げや顧客、案件の管理をメインとす従来型のERPやCRMはこうしたサブスクリプションモデルを前提としていないため、長期的なリレーション構築が難しい。「請求書の数自体が爆発的に増え、しかもそれらを日割り計算をしなければならない。現在、国内の多くの企業は、これをExcelで管理しているので、月の途中にサービスインしても、翌月スタートになってしまうところが多い」と桑野氏は指摘する。
魅力的なプライスパッケージが長期間の関係を作る
背景の説明にページを費やしたが、こうしたサブスクリプションモデルを容易に実現できるのがZuoraのプラットフォームだ。SaaS型なので、導入は非常に短期間で済む。サブスクリプションモデルに対応したプライスパッケージを定義してしまえば、あとは見積もり作成、請求、回収、売り上げ計上、仕訳、レポーティングまで処理はすべて自動化される。
しかも、SalesforceやOracle、SAP、NETSUITEなど既存のビジネスアプリケーションと緊密に連携できるのがポイント。「まずZuoraでプライスパッケージを定義し、対面販売をする場合はSalesforceと連携することで、サブスクリプションでの見積もりが可能になる。受注すると契約情報がZuoraに入り、仕分け処理が行なわれたのち、使用量データと共にペイメントゲートウェイなどに渡すことができる」(桑野氏)。
Zuoraの本質は、ユーザーにとって柔軟なプライスパッケージを構築し、長く愛用してもらうことだ。Zuoraを導入した企業はまずシンプルな月額課金サービスからスタートし、次に請求頻度を増やして、月払いや年払いにまで対応する。さらにプロダクトのバンドルやアドオンの提供、従量課金制や階層型課金の導入、果てはグローバルを前提とした国際プライシングまでシフトさせることができる。
さらにZuoraではサービス開始から解約までのライフサイクルを細かく管理できる。最初はフリートライアルやギフトなどをきっかけにサービスを使ってもらい、顧客の利用動向を見つつ、アップグレードや追加を促す。「たとえば、クラウドストレージサービスであれば、利用量をチェックすれば、アップグレードを促した方がよいのか、解約の兆候があるのか、把握できる」とのことで、他社のサービスに乗り換えられるのであれば、あえてダウングレードをさせるという選択肢も用意する。アップセルとクロスセルを柔軟に組み合わせ、解約を削減させるのがZuoraの大きな効果だ。
Zuoraには、こうしたプライスパッケージのノウハウが溜まっており、それを踏まえたバージョンアップを83ヶ月連続で行なっている。こうしたベストプラクティスの集積が顧客を呼び込んでいるとも言える。「たとえば、夏期休暇中だけ休止するというサービスを導入しているお客様もいる。顧客や市場のニーズで数時間単位でサービスを変え、収益の最短化ができる」(桑野氏)というわけだ。
日本法人の立ち上げは昨年9月で、直販と間接販売の両面でビジネスを展開。昨年からのバージョンアップで、日本の商習慣への対応もおおむね完了したとのこと。すでにビッグネームの顧客も獲得しており、今後はIT業界内のみにとどまらず、幅広い業界にサービスをアピールしていくという。