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高橋幸治のデジタルカルチャー斜め読み 第10回

ネット上とネット外の境界とは

五輪エンブレム騒動はクールジャパン、サザエbot中の人がネットを語る

2016年01月19日 09時00分更新

文● 高橋幸治、編集●ASCII.jp

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すべての人々の“中の人”でもある“なかのひとよ”

―― 2015年末に出版されたサザエbotのつぶやきを集めた書籍「あなたへ #100_MESSAGES_FOR_YOU(以下、あなたへ)」も読ませていただきました。この本の中には100の言葉が収録されていますが、いまおっしゃられたように、読んでいるとなんだか自分の心の声が綴られているように感じることがあります。

Image from Amazon.co.jp
昨年10月に出版された、なかのひとよ著「あなたへ #100_MESSAGES_FOR_YOU」(セブン&アイ出版)。サザエbotのツイートから選りすぐりの100個を集めた珠玉のメッセージ集

なかのひとよ そう感じながら読んでもらえるとうれしいわ。あの本の言葉はサザエbotというフィルターを通して発せられた言葉だけれど、実は読む人それぞれの心の声でもあるはずなのよ。

―― そう考えると、“なかのひとよ”という呼称は二重の意味がありますね。つまり、サザエbotの「中の人」であると同時にすべての読者の“中の人”でもあると。

なかのひとよ そうね、サザエだけに、すべての人の殻の中の魂、ゴースト・イン・ザ・シェルのようなものね。あの本のカバーを外すと表表紙に「for__」、裏表紙に「from_」と書かれているの。たとえばあの本をAさんがBさんにプレゼントしたとするとで、あの本は送った人=Aさんの言葉になるのよ。収録されている言葉も001から100まで番号が振ってあるけれど、本の中に000と書かれたカードが挿入されていて、そこにはプレゼントする人が自分の心の声をメッセージとして書き込んでほしいと思っているの。

―― おお、そこまで気付きませんでした(笑)。「あなたへ」というタイトルには本当に多様な意味が込められていますね。先ほど冒頭で「カルチャーとカルチャーでないものの境界があいまい」というお話がありましたが、なかのひとよという存在は常に“境界”を往き来しつつ、“境界”の「あちら側」と「こちら側」を微妙に融合し続けているのではないかと感じるんです。いまの本の話で言えば、もはやAさんとなかのひとよさんの間にある「自己と他者」の区別は希薄になっていますね。ほかにも「実在と非実在」「現実と虚構」「実名と匿名」などなど。こうしたものが実は溶け合っている、という現実を表現しようとしているのかなぁ……と。

なかのひとよ そうした差異や対立がすべて消滅しつつある状況こそが、インターネットをベースとしたデジタルカルチャーなのかもしれないわね。

―― たとえば「炎上」という現象ひとつとっても、いまや評判になっていることと炎上していることの区別なんて付きませんもんね。「あなたへ」の帯にも書かれていますが、まさに「批判されておめでとう」ですよね(笑)。

なかのひとよ いろいろなジャンルにコメンテーターみたいな人達が大勢いるけど、中には炎上すらしたことがない人達がたくさんいるわ。インターネットの世界の価値基準/価値判断で言えば、それは通過儀礼すら終えていない、スタートラインにすら立っていないということと同じよね。批判なんて恐れず、みんなもっとインターネットの自由を楽しむべきじゃないかしら?

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