0.3mmを職人が指で調整
まっすぐなラインではなくG-SHOCKの「G」の形になっているPPL。「自分たちがブランドの信頼をつくっている」と意識してもらうためなんだとか。1つのラインに7~8人がついてG-SHOCK上位機種「MR-G」や「MT-G」、カシオの高価格腕時計「オシアナス」全機種を生産している。
最初の工程はアナログムーブメントに、コイルスプリングという非常に小さい部品をつめこんでいく。手で(以下、すべて手で)。次につめこんだものにソーラーパネルをはめこみ、時計の顔にあたる文字盤を組みこんでいく。
そしていよいよ文字盤に針をつける。いわゆる針打ちだ。まずはクロノグラフの小さな針から。専用のピンセットのような工具で針をピックアップして、指定位置にセット。針を打ち込んだら、確認用ディスプレイを見ながら動作確認だ。
針位置の精度にもカシオの異様なこだわりがある。針打ちの設備自体も、カシオ独自で作りあげたもの。針はある程度のところまで機械が持っていくが、最終的には拡大鏡で確認した人間が、やはり手で位置を合わせるようになっている。
拡大鏡およびディスプレイに映しだされるのは、たとえば時針・分針・秒針が、文字盤の上で平行な「三」の字になって重なっているところ。細かなズレや傾きがあっては針がぶつかってしまうので、ここで人間が調整をかけるという流れだ。ちなみにこの「三」の平行線の間隔は、わずか0.3mm!
PPLに入れるのは山形カシオが「技能認定メダリスト」として選定した熟練のスタッフのみ。実務経験にもとづいた実技認定、そして国家試験から抜粋したような難解な筆記試験をクリアしたエリートたちが針打ちにあたっているというわけ。
その後、金型の設計から部品の成型まであらゆるラインを回らせてもらったが、この「人と機械の共同作業」というイメージはすべてに共通だった。
部品製造には、金型仕上げの研磨職人、はんだづけのテクニシャン、調整作業専門のメンテマンがいる。一方、切削機の刃が欠けてきたときにはロボットが交換する。単純な作業は機械、精緻な作業は人間という仕事の分類ができている。
人工知能が人間の仕事を奪うという論調も強いが、製造ラインがすべて人工知能とセンサーに置き換わるにはまだかなりの時間がかかりそうだ。
腕時計工場にかかる月
そういうわけで、カシオのマザー工場にして腕時計工場、山形カシオは異常とも言えるこだわりの結晶だった。
半導体工場レベルのクリーン度に始まり、職人の目と手を重視したラインづくり、自社・国内にこだわった金型設計に至るまで「ここまでやるか」というほどの力の入れようを感じさせられた。
帰りがけ、工場の裏山に見事な月が上っているのが見えた。空気が澄んでいるためか、見事に丸くて美しい月だった。カシオの腕時計はこんなに美しい月を見ながら作られているんだなと、ふしぎな感懐にひたりながら工場を後にした。