人間がデジタル化していく中で関心を集めるのが身体
本連載の9回目以降たびたび取り上げている「シンギュラリティー」(技術的特異点)は、一般的には「人工知能」が人間の知性を超越する人類史の転換点として喧伝されている。
これは同時に人間の脳を中心としたあらゆる器官の機能がリバースエンジニアリング(完成している機械や製品の分解/分析を通してその仕組みを明らかにしていく調査方法)によって解明され、「私」を構成する「意識」や「精神」「記憶」「DNA情報」といった「コンテンツ」が生身の「身体」以外の「メディア」にデジタル情報としてアップロードされるような事態をも含み込んでいる。
その“私”を組織する情報がコピーされる先は人型のロボットなのか、はたまたHDDなのかはわからない。ただ、いずれにしても、人間の総体がデータ化されるということは、ある種、物理的な存在としての身体を捨てて、精霊的な存在の天使になるということである。
宗教画などで、天使はよく翼を持った子供として描かれているが、本来、天使は体を持たない。17世紀イギリスの詩人ジョン・ミルトンの『失楽園』にも描かれているように、天使とは「関節や肢体の桎梏に煩わされることもなく、厄介な筋肉のように骨格の脆い力に後生大事に縋りつくこともなく、自由自在に姿を変え、あるときは拡大し、あるときは凝縮」できるような存在だ。
現在進行中の人間とコンピューターとの関係の劇的な変化の一方向をこうした天使主義(デジタル・エンジェリズム)だと措定すれば、もう一方向はその真逆(実は表裏なのだが)、つまり“身体”への回帰、もしくは肉体の復権とも言える潮流だろう。ここにこそ、ウェアラブルコンピューターの可能性はある。「自分の体への関心」……、この意識の台頭が今後のテクノロジーとコンピューティングを牽引する重要なトリガーとなるに違いない。
“情報”と聞いてごく普通に連想されるのは、「誰がどこで何をした」とか「いま何が流行っている」とかいったニュースの類、人々の趣味/趣向などを分析したデータ、メディアを通して伝達される視覚や聴覚に向けてのメッセージ群などが挙がる。しかし、ウェアラブルコンピューターとそれらに内蔵されるセンシング技術の発達は、われわれの身近な情報環境に「身体情報」という新種の要素を増大させていくはずだ。
世間的にはどことなく加速がつかない印象のウェアラブルコンピューターは、時間とともにさらなる改良が加えられる。その過程の中で「Google Glass」のような眼鏡型や「Apple Watch」に見られる時計型とも異なる幅広い形態を生み出しながら、われわれの自分の体への関心と手を携えて着実に浸透していくものと思われる。身体情報がわれわれを取り囲む情報世界の、重要な要素となるのはそう遠い未来の話ではない。
(次ページでは、「身体情報が今後与える影響」)
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