四半世紀近くコンセプトを維持してきたThinkPad
資本が変わっても受け継がれているものは確実にある
その後、ThinkPadのデザインを担当するデビッド・ヒル副社長(Chief Design Officer PCG,EBG)との懇談に移る。同氏は、ずっとThinkPadのデザインに関わり、Lenovo社のブログページに「Retro ThinkPad」(関連リンク)というカテゴリでいくつもの記事を投稿している。また、2012年には、「ThinkPad Design Spirit & Essence」という冊子を作った。
今やデザインコンセプトを維持し続けているPCはごく少数派だ。ThinkPadは、最初の頃から筐体色は黒で今でも黒い。日本ではいわゆる“銀パソ”ブームがあったり、白いパソコンも登場したが、ThinkPadは、最初からの「弁当箱」デザインコンセプトをずっと維持している。
レノボになって、ThinkPad以外のブランドのPCも登場し、黒以外の製品も登場したが、ThinkPadだけは変わっていない。デザインにこだわるアップルでさえ、モバイルPCのデザインは、一転、二転している。
変わらないことが無条件に良いというわけではないが、少なくとも、これだけの長い間(最初のThinkPadである700cは1992年に登場した)、デザインコンセプトを維持したPCはほかにはないだろう。その理由の1つは、最初に設定したデザインコンセプトが優れていて、時代が変わり、技術が進歩しても適用可能だったからだと考えられる。
反面、日本国内に普通にある「薄くて、軽い」ノートPCには、到達できなかったが、プロフェッショナル向けに「強固」なPCを提供するという目的は常に満たされていた。筆者も何台もThinkPadを購入して、海外取材で利用したが、移動中にPCが壊れるという事故は一回のみ。それも、他人にThinkPadの入ったカバンを棚から落とされるという事故の結果だった。
同氏の「Retro ThinkPad」は、最初のThinkPad 700cを現在の技術を使って実現したら? というものだ。こうした考察ができるのもデザインコンセプトあってのものだろう。ThinkPadのデザインコンセプトは、1992年にドイツの工業デザイナー、リヒャルト・ザッパー(Richard Sapper)氏が作った(同氏のウェブサイト)。ザッパー氏は、IBM最初のラップトップである「IBM Convertible PC」や、デスクトップパソコンPS/1モデル111(PS/2の廉価版)などのデザインも手がけたという。
1930~70年台に作られた未来志向のデザインやこれを模して作られたものを「レトロ・フューチャー」と呼ぶことがある。流線型のロケットや日本で言えば、万国博覧会に登場するようなデザインだ。筆者は、ThinkPadには、このレトロ・フューチャーの雰囲気があるように感じている。
IBMにおけるThinkPadのビジネスがレノボに売却され、その行く末が心配された時期があった。実は筆者もクチコミなどを気にして他社のPCに乗り換えてしまった。しかし、今回米国本社を訪問して、そこにThinkPadのスピリットのようなものを受け継ぐ人々を見るに、それは杞憂だったのかもしれないと考えてはじめた。
もちろんレノボは中国資本の企業なのではあるが、ThinkPadは、その伝統を受け継ぐ人達によって作られている、そういう感じがしている。伝統を受け継ぐから無条件にいいとは言いきれないのだが、道具とは用途を満たしたうえでなら、好みのものを使うことができる。たとえば、良く切れるカッターナイフよりも、銘の入った肥後守を使う。そういうものではないかと思う。