IBMからPC事業を継承したレノボの米国拠点は
東海岸の地方都市“ラーレイ”にある
「IDFのついでにレノボの開発拠点を取材しませんか?」そう持ちかけられた筆者は、レノボの招きにより、米国のノースカロライナ州ラーレイを訪問することにした。
レノボは、2004年にIBM社からThinkPad事業を買収することを発表、翌年5月に買収を完了している。また、2014年1月にはIBMのサーバービジネスのうち、インテルアーキテクチャのサーバー開発部門の買収を発表している。
ノースカロライナ州ラーレイは、もともと、IBMのThinkPadのビジネス拠点のあったところだ。ThinkPadの開発は、日本IBM(当時)の大和研究所をメインで行なってきたが、IBM本社のPCビジネス拠点としては、このラーレイが中心だった。
また、2014年にやはりレノボに買収されることになるx86系サーバーも、ここラーレイが拠点だった。現在では、この地にレノボの米国本社が置かれている。
読みやカナ表記はいろいろのRaleigh
ラーレイと呼ぶのが習慣化している
さて、地名の「ラーレイ」だが、日本国内では一般的に「ローリー」と表記することが多いようだ(日本語版Wikipediaもローリーだ)。搭乗した飛行機内のアナウンスを聞いた感じは「ラーリィ」と聞こえた。旧日本IBMや同社から移籍したレノボの社員は、伝統的にここを「ラーレイ」と呼んでいる。
また、現在のレノボ社の日本語サイトでも「ラーレイ」という表記が使われている。理由は不明なのだが、ローリーやラーリーでは、他の用語や他の地名と混同される恐れもあり、区別を付けやすくしたのではないかと想像される。「原戸籍」を「ハラ戸籍」と呼んだり、「出発」を「でっぱつ」と発音するのと同じなのではないかと想像している。
世界的な企業ともなるとあちこちに事業所があり、地名の間違いは、結構致命的である。間違ったところへ出張してしまったり、社内で荷物が間違って送られたりすれば大変なことになる。そういうわけで、本記事では、ノースカロライナ州の「Raleigh」を「ラーレイ」と表記することにする。
そんなノースカロライナ州だが、米国の東海岸にあり、IDFが行なわれていたサンフランシスコからは、北米大陸を横断することになる。実際にかなりの遠方で、日曜日にサンフランシスコを出発、翌月曜日に取材、火曜日に帰るという強行軍(最近の言い方なら弾丸ツアー)である。
筆者は最初ノースカロライナの位置さえおぼつかなかったが、今回の取材で位置をはっきりと把握した。名前は不二家のキャンデーのおかげで子供の頃から知っていたものの(今はもう売っていないかもしれないが、渦巻き模様のあれだ)、米国の州の1つという以上の知識はなかった。ラーレイとという言葉自体は、ThinkPad関係の取材などで聞くのだが、ノースカロライナ州という意識もなかった。
こうしたThinkPadのビジネスの中心がラーレイだったわけだ。レノボのオフィスのある地域は、「Research Triangel Park」と呼ばれている地域で、各社の研究拠点などが集まる地域だ。トライアングルというのは、空港のある「Raleigh」と州都である「Durham(ダーラム)」、それに隣接する「Chapel Hill」(それぞれに大学がある)を囲む地域になっているからだ。
正直言って、自然が豊かな場所
サーバー事業の伝統はIBMから受け継いでいる
ラーレイ空港に着陸する前に飛行機から空港近辺を見ると、広大な森が広がっていて、お世辞にも大都会という感じではない。自然が豊かと言えばいいのだろうか。とはいえ、ラーレイ空港近辺のモールには、Apple StoreもMicrosoft Storeもある。そういう意味ではごく一般的な米国の地方都市の姿でもある。
最初に訪問したのは、サーバー系の開発を行なう「Enterprise Innovation Campus」だ。もともと、IBMのサーバー開発拠点が同じリサーチトライアングルパーク内にあり、サーバービジネスの買収後、現在の場所に移ってきた。リサーチトライアングルパークは、研究/開発部門のみが入ることができ、製造拠点を置くことはできないため、ここは、純粋にサーバーの開発やテストなどを行なう拠点である。
ここは、川のようにも見える「池」を挟んで2つの建物に分かれている。建物のすぐそばに池や森があり、環境としては申し分ない場所だ。筆者のようにすぐにコンビニに買い物に行きたい人には物足りないところかもしれないが。
ここには、約1500人の従業員が44万5500平方フィート(約4万1388平方メートル)のキャンパスで働いている。うち40%は、ラボ専用のスペースだという。また、キャンパス内に張られたネットワークケーブルの総延長は284マイル(457km)になるという。しかも、基本的には、ここはレノボのサーバーだけの開発拠点なのである。
建物内のいくつかのラボを案内されたのだが、残念ながら撮影禁止。筆者も他社の開発拠点は取材の経験があるが、業界内でもかなり上位にランクされる施設という感じがある。筐体の大きなサーバーを単体ではなく、システムとして構築して、パフォーマンスを測定するようなラボが独立してあり、さらに電源関連や冷却機能用のテスト、ラボ施設もある。
現在のレノボ社のサーバー製品には、データセンター向けの水冷用マシンなどもあり、ここでは、その内部を見る機会も得た。データセンターに冷却水循環の設備を作り、各サーバーと接続、水を循環させて冷却を行うことができる。印象的だったのは、CPUやチップセットだけでなく、メモリや拡張カードなどにも冷却水が循環していたことだ。拡張カードは、カード側と本体側が熱的に接続できるように本体側にコの字型のスロットがあり、そこに冷却水が循環している。
また、メモリは、背中合わせに配置された2枚のDIMMの間に冷却水が通るようになっている。もともと、IBMは、機構設計に優れたコンピューターメーカーとして名高いが、そうした伝統がまだ生きている感じがある。
サーバービジネスについては、レノボ社Enterprise Business GroupのWorld Wide System Developmentのマイケル・ゲベル(Michael Gebele)副社長と話をする機会を得た。
IBMでは自社で多くのソフトウェアをまかなっていたが、レノボではどうか? という質問をしてみたところ、IBM時代は、自社のソフトウェアを使うのが大前提だったが、IBMから分離した現在は市場にあるさまざまな素晴らしいソフトウェアが利用でき、さまざまなソフトウェア会社と協力関係にあり、非常に自由にビジネスができているとの答えが返ってきた。
IBMのサーバー部門のうち、PC系から分離したx86サーバービジネスだけがレノボに譲渡されたわけで、ビジネス的には特定企業のソフトウェアにこだわる必要がなく、かえって自由になったわけだ。
また、IBMは前述のように機構設計に優れた会社だが、その点ではどうかという質問に対しては、開発メンバーなどがほとんど移籍してきており、その点も問題はないとのこと。この質問は、ラボを見学する前だったが、ラボにさまざまな試験設備などがあるのを見て、検証やテストが厳しいと言われていたIBM時代とあまり変わらない状況を見ることができた。
ThinkPadの開発部隊はここではなく日本にある
スマートフォンとの連携はどうなる?
その後、我々は、離れた場所にある、ThinkPadを担当するPC Groupのいるレノボ米国本社ビルのある、Lenovo Perimeter Park Campusを訪ねた。そもそもノースカロライナ州のリサーチトライアングルパークでは、周りの森を大きく越えるような建物が許されておらず、どの建物もあまり高くない。
本社というと、なんだか超高層ビルのようなものを想像してしまうが、そういう建物ではなかった。なお、この本社ビルの手前の通りは、「Think Place」という名前になっている。
こちらは、米国における本社となっており、過去のThinkPadなどを展示したショールームなどもある。ただし、マシン自体は日本側で開発しているため、ここには開発関係の設備はないようだ。
こちらでは、ThinkPad担当者との懇談とショールームの見学を行なった。最初は、PC Groupのルイス・フェルナンデス(Louis Hernandez)副社長(ThinkPadビジネスユニット)、プロダクトマーケッティング担当Executive Directorのジェリー・パラダイス(Jerry Paradise)氏、Marketing and Design Operationsのケビン・ベック(Kevin Beck)氏(WW Competitive Analyst)の3人。
基本的には質疑応答で、筆者はスマートフォンとThinkPadの今後の関係などについて聞いてみた。レノボは中国市場では、以前からスマートフォンを販売しており、最近グーグルからモトローラ・モビリティを買収している。
スマートフォンとPCの連携については、重要なものと認識しており、さまざまな検討を行なっていると一般的な回答で、具体的な計画などには触れなかった。このあたり、レノボだけでなく、PC業界全体に関わる問題であり、今後の各社の戦略に影響が出る部分だ。PCとスマートフォンに展開するWindows 10は、1つの解答ではあるが、シェアを考えるとAndroidとWindowsの連携が重要になると思われる。
他の参加メンバーの質問などから考えるに、他社同様レノボ社も、PCビジネスの方向性については“悩んでいる”部分があるのだと感じた。急速に普及するスマートフォンとどのような関係を築くべきなのか、特にスマートフォンとPCを製品として持つメーカーには悩みがある。
この問題はソフトウェア的な解決しかありえず、PCとスマートフォンに独自のハードウェアを付加するような解法は正解にはなりえない。また、さらにいえば、シェア2位のiOSとの関係をどう築くかも問題だろう。ThinkPadの場合、企業内ユーザーやプロフェショナルといったユーザーがあり、「スマホで撮った写真を共有できる」といったお気楽な解法は受け入れられない(もっとも多くのPCメーカーでも多かれ少なかれ、こうした部分はあるのだが……)。
その点、モトローラ・モビリティの買収は、米国を含む中国外へのスマートフォン進出を意味しており、そこで、どのような連携を提案するのかが注目されるところだ。
(次ページでは、「四半世紀近くコンセプトを維持してきたThinkPad」)