【前編】『SHIROBAKO』プロデュース 永谷敬之氏(インフィニット)インタビュー
『SHIROBAKO』永谷Pの覚悟――「負けはPの責任、勝ちは現場の手柄」
2015年07月11日 15時00分更新
この子を『SHIROBAKO』と一緒に伸ばしてあげたい
―― オーディションをした女性声優のなかから誰にするかを決める会議のシーンですね。3人のプロデューサーが自社の利益をめぐって言い合いをするところは何とも言い難い迫力がありました。
永谷 あれは、丁々発止のライブ感を出すために、声優さんに先に声を入れてもらって、それに合わせて絵を起こすという手間がかかったシーンでした。
あのPたちは、イベント映えする子がいいとか、この子とお茶をしたいというような私利私欲を言っているわけですけれども……ちょっと言い回しが難しいのですが、最近、業界内外で“政治的キャスティング”みたいなことを言われることが多いと思うんですが、「そんなものはほとんどないんだよ」ということを入れるために、あのエピソードは必要なのではないかと思いました。
とはいえ、スリリングだと思った理由は、誰かに当てはまってしまう可能性があるかもしれないからです。
100%ないとは言い切りません。ただ、それがアニメ業界の全体的な話かと言われると、そんなことは全然なくて、少なくとも僕の十数年のアニメプロデュース生活で、ああいう方たちには幸いなことにお会いしたことがないし、政治的キャスティングというものが発生したことはありません。
作中で、音響監督の稲浪たちが言っている「その役に合っていることがすべて」という本来のオーディションに立ち戻って、結果的にあの3人のPは駆逐され、しかるべきキャスティングになりました。あの描写がその答えのすべてです。
視聴者の皆さんに誤解なく真意が伝わったかなという意味でどきどきしていましたが……。『SHIROBAKO』でもキャスティングを見ていただくと察しがつく通り、主役の木村珠莉さんをはじめ、どちらかというと駆け出し・新人の子を起用しました。
―― “売るためのプロデュース”として、知名度がある声優さんを起用しようとはお考えになりませんでしたか?
永谷 人気声優が登壇するとイベントは集客しやすいとかいうようなことを言われる方も確かにいらっしゃいますが、それってそもそも作品の評価ではないですよね、というのが僕の本心ですね。
(キャラと合わない)人気の声優さんを起用しても、お客さんから「この声合っていないよね」という感想をいただくことになりますから。
―― 今作では新人の方を起用するときに、現場で揉めることはなかったのでしょうか。
永谷 ありませんでした。ひと言で言ってしまうと、『SHIROBAKO』は水島監督が音響監督も兼任されていたので、意見が分かれてしまうことはなかったのです。
特に『SHIROBAKO』のメインキャラクターである、あおいたち5人については、一番のびのびやってくれそうで、可能性を秘めている子たちにしましょうというのが現場の共通見解としてあり、その上で、作中で音響監督の稲浪が言っていた「彼女を育ててあげればいいんですよ」という雰囲気のほうが、『SHIROBAKO』オーディション会議では強かった気がします。
宮森あおい役の木村珠莉さんは、キャスティングした段階でのTwitterのフォロワーさんは数えるほどでした。それが今は1万人を超えています。
僕らとしては、この宮森あおいという登場人物に、木村珠莉という子が合っているという判断をした以上、この子を『SHIROBAKO』と一緒に伸ばしてあげたい、彼女と作品を一緒に育てようというイメージでキャスティングをしていました。
ただ、全員が新人ですとアフレコの統率がとれない可能性もあるので、メイン以外は、いわゆる中堅から大御所まで入っていただいて、彼女たちがアフレコしやすい空気を現場でも作ってもらえるようにとバランスをとらせてもらったつもりです。
そもそもアフレコに慣れていない段階の子たちばかりだったので、そういった意味では、先輩方に教えてもらうという“学ぶこと”も『SHIROBAKO』のテーマとしてあったと思います。
―― スタッフの学びには手間がかかりますね。
永谷 手間がかかってもスタッフは育てていきたいですね。僕たちも先輩から教わった身ですから。
僕は、キングレコードに務めていたときに、上司だった大月俊倫さんからさまざまなことを教えてもらいました。
―― あの『新世紀エヴァンゲリオン』の大月プロデューサーですか。
永谷 はい。今でもすごく覚えている大月さんの言葉があって、「作品が成功したら現場の手柄、失敗したらプロデューサーのせい」。
今僕が、現場のクオリティーを上げるために「ごめんなさい」をするのは、作品を評価という形で現場に還元したいから。それは、負けたときに「僕の企画の立案が悪かったです」と言えるかどうかにもつながっています。
丁半バクチをしたときでも、現場には負けさせられない。
そんな、プロデューサーとしての覚悟を教わりました。
後編は永谷Pの意外な一言からスタート
放送から5年経つ作品のラッピング電車を走らせ、7年前の作品の新グッズを発売するなど「作品を10年運用する」ことを目標に活動してきた永谷P。『SHIROBAKO』の製作に携わることであらためて気付かされたこととは……?
<後編はこちら>
著者紹介:渡辺由美子(わたなべ・ゆみこ)
1967年、愛知県生まれ。椙山女学園大学を卒業後、映画会社勤務を経てフリーライターに。アニメをフィールドにするカルチャー系ライターで、作品と受け手の関係に焦点を当てた記事を書く。著書に『ワタシの夫は理系クン』(NTT出版)ほか。
連載に「渡辺由美子のアニメライターの仕事術」(アニメ!アニメ!)、「アニメリコメンド」「妄想!ふ女子ワールド」(Febri)、「アニメから見る時代の欲望」(日経ビジネスオンライン)ほか。
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