「腎臓売ります」
高級時計メーカーのIWCの掲示板には、そんなスレッドがある。
iWatchの発表が迫っている、と言われている。昨秋、高級ファッションブランド・バーバリーCEOだったアンジェラ・アーレンツがアップルの直営店およびオンラインストア担当上級副社長に転身した以前から、アップルのウェアラブルデバイスは高級志向になるのでは、と言われてきた。私が聞いた話では、アップルへの転身前後、アーレンツやティム・クックなど、バーバリーとアップルの幹部数十人が極秘裏に都内のホテルで会合を持ち、その後、諏訪地方を訪問したという。諏訪といえば、クオーツ時計発祥の地。時計の心臓部であるムーブメントの調達交渉に訪れたのかも知れない。
コンピューターと同じく、時計はコモディティ化した製品だ。クオーツ機構の低価格化により、正確に時を刻む時計は数百円でも手に入る。だが、時計マニアは正確な時刻より、製品としての素晴らしさに大金を払ってもいいと思う人たちだ。機械時計の永久カレンダー機構が年月や曜日、月齢を正確に刻み、577.5年に1日の誤差しか生じない、と聞くだけでしびれる。冒頭のインヂュニア・コンスタントフォース・トゥールビヨンの実勢価格は2000万円以上。時刻を知るにはiPhoneで十分なのに、実は私もIWCの時計を持っている。とはいえ、私が買えるクラスのモデルに永久カレンダー機能はなく、9月のように30日しかない月では翌月1日に日付を合わせないといけない。IWCの場合、永久カレンダー機構は400万円クラス以上のモデルにしか搭載されていない。でも、いつかは欲しい、と思うのだ。
スイスに高級時計メーカーが集まるのは、1970年代、日本企業による価格破壊のせいで大衆向けの機械時計産業が大打撃を被ったからだ。高級時計のマニアは、機能ではなく、技巧や芸術性に価値を見いだす。だから、アップルがウェアラブルブームに乗ってiWatchを5万円未満で出そうものなら、時計マニアは見向きもしないだろう。コンピューターがコモディティ化する前のアップル製品のように、100万円クラスの、誰もが買えないが、がんばれば買えそうで、爆弾が出まくっても「うちのマックが」と語れる製品であって欲しい。アップルが培ってきたブランド力を生かし、高価でも買う人々がいるのが時計という市場の特性なのだ(ソニーも同じことができただろう)。メールの着信を針で知らせるとか、美しく磨き上げられたNFCチップが文字盤に鎮座し、輝いていたら最高だ。提供者の健康状態にもよるが、闇市場で腎臓の相場は約2000万円だという。あくまで例えだが、腎臓を売ってでもiWatchが欲しい、と時計マニアに思わせるような最高の製品が出てくるのか。ファッション分野から引き抜かれたアーレンツがアップルストアで売りたいのはそういう製品ではないだろうか。
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