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編集者の眼第64回

スタバはなぜプレスリリースを出さないのか?

2016年01月13日 11時59分更新

文●中野克平/Web Professional編集部

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Web Professional編集部の中野です。2016年もよろしくお願いいたします。

今年は、デジタルとリアルの相互作用がいろいろなところで起こる年になるでしょう。国内B2C市場のEC化率は2015年でも5%前後と思われ、6%前後の世界平均、14%前後のイギリス、12%前後の中国、7%前後の米国より低く、まだまだ成長が期待できます。1%が約3兆円に相当しますので、中くらいの産業ひとつ分がデジタル化してもおかしくありません

e-commerce by Garfield Anderssen.

ただし、書籍をネットで注文できる、航空機もホテルもレストランも旅行代理店を経由せずに予約できる、という単純なEC化の時代はもう終わっています。リアル店舗からネットショップに、ネットで集客してリアル店舗に誘導するような、オムニチャネル化が盛んになるはずです。アマゾンが7月に導入した「amazonスキャンサーチ」は、商品画像を撮影するだけでAmazon.co.jpで買い物ができ、グーグルがイトーヨーカ堂での事例を12月に発表した「来店コンバージョン」は、AdWords広告から実店舗への来店をロケーション履歴で検出し、コンバージョンとして計測できる技術です。

Multi Channel Tag Cloud #9 by Daniel Iversen.

オムニチャネルで開拓される領域は、ネットとリアルの中間地帯です。単なるEC化、ネット化とは違い、ネット内では集客から購買までが完結せず、小売市場の9割以上を占める実世界での購買行動に、ネット側から関わるにはどうすればよいか?という課題への解決策がオムニチャネルなのです

世の中にこういう課題感があるとき、スターバックス二子玉川店(二子玉川 蔦屋家電店)の福袋買い占め問題で、スターバックス コーヒー ジャパンがどういうプレスリリースを出すのかずっと待っていました。ピンチはチャンス。ネット上の話題に同社がどう対処し、ファンとのキズナを強め、実店舗での体験につなげるのか。日本中の広報やソーシャルメディア担当者が見守っていたはずです

スターバックスコーヒー 2016年福袋

もちろん、こんな期待は同社にしてみれば迷惑な話です。プレスリリースがなかなか出ないことをいぶかしむコメントをソーシャルメディアで見かけましたが、いつも素晴らしい環境や接客を提供してくれるスタバだからこそ、私も期待値を高くしすぎたのかもしれません

そんなことを考えながら1月8日になってもリリースが出ないので同社広報に確認したところ「弊社はひとりひとりのお客さまとの関係を大切にしており、当日購入いただけなかったお客さまには連絡先をうかがい、(連絡してもよいと言ったお客さまには)すでにお詫びをして、福袋を扱っている近隣店舗を案内した。二子玉川店は高級住宅地にあり、新宿や渋谷、銀座のような都心型店舗ではない。プレスリリースを出して説明する必要があるとは今のところ思っていない」という回答でした。

とてもいい話だし、店舗での対応は完璧です。広報にとっては、プレスリリースによって、他店舗での同様なトラブル(たぶんあったでしょう)まで発掘され、自分は謝られていない、どこで買えるのか教えてもらってないなど、せっかく沈静化しつつある事象が、発表で再活性化するのは困るでしょう。とてもよく分かります。ただ、「何を発表してもネット住民からノイズが出てくる」「実名で検索されるので、私の名前をメディアに載せるのはお断りする」と、ネット対応にどこか尻込みする説明に終始したのは残念でした。他のメディアも含めて質問に答えた広報担当者の名前が出てこないのは、そういう理由なのです。

Free Wi-Fi by Ken Hawkins.

スタバではMacBookやiPhoneでネットを利用する人を多く見かけます。同社のミッションに掲げられた「完璧なコーヒーの提供はもちろん、それ以上に人と人とのつながりを大切にします」というお客さまに対する宣言は、当然、店内のWi-Fiでネットを利用する人も含まれるはずです。118万人以上が「いいね!」しているFacebook、254万アカウント以上のフォロワーがいるTwitterは、お客さまとのエンゲージメントを深めるためにはなく、単に広告媒体のひとつなのでしょうか。せめてメディアの取材に答えるのと同じ内容を、ファンにも伝えるのが企業のソーシャルメディア活動ではないでしょうか。

広報やソーシャルメディアの担当者は、同様のことが自社で起きたとき、どう対応するかのシナリオが作れます。スターバックス コーヒー同様、沈黙を保つのもやり方のひとつですが、ネットから実店舗に人を送り込む競争からは、どの消費者向け企業も逃れられません。1年のはじめに、そんなことを感じました。

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