米Appleと米IBMが7月15日(現地時間)に発表した戦略提携について、業界からは数日にわたってさまざまな感想や意見が出ている。さまざまな因縁や思惑を抱えた30年来ライバルだった両社の提携について、海外のメディアのニュースやコラムを中心に、興味深い話題をいくつかピックアップして紹介していこう。
「パーソナルコンピュータ」をめぐる戦い
—AppleとIBM
冒頭でも紹介したように、AppleとIBMは長い歴史を持つライバル同士だ。「パーソナルコンピュータ」というジャンルを切り開いたのがAppleとすれば、それをビジネス用途を中心に広く浸透させたのが、後に「IBM PC」で業界に参入したIBMだ。IBMがこの業界に参入しなければ、後のMicrosoftの飛躍もなかったわけで、ある意味で「Apple vs. Microsoft」という図式はIBMのPC業界参入からスタートしたともいえる。
当時のIBMがAppleをどの程度意識していたかは測りかねるが、Apple側ではメインフレームの覇者で業界の巨人であるIBMの襲来に大きな警戒心を抱いていたことだろう。こうしたAppleと、創業者の1人であるSteve Jobs氏の当時のエピソードを紹介したBloombergの記事が興味深い。
「5 Steve Jobs Disses on IBM Before Apple Teamed Up With an Old Rival」という記事では、過去にJobs氏が「IBMを“dis”った」という次の5つのエピソードが紹介されている。
Welcome, IBM. Seriously.
IBMがPC事業参入を決めたその年(1981年)、Jobs氏が出した誌面広告のキャッチだ。Flickrに当時の広告画像がアップされているが、「歓迎しますよ、IBM。本気で」という意味の広告は、一種のAppleからIBMへの最初の挑戦状ともいえるもの。IBMは市場調査の末にPC事業に可能性を見いだして参入を決めたと思われ、それがAppleを意識したものかは置いておくとして、Appleの方は巨人IBMの存在を大きく意識していたことがよくわかるエピソードだ。
Jobs Gives IBM the Finger
やんちゃだった当時のJobs氏を象徴するような写真も存在している。Macintosh開発で同氏と働いていたAndy Hertzfeld氏がGoogle+にアップロードした1枚の写真で、IBMのロゴがあるビルの前で「F*ck you.」のサインともとれる指を突き立てたポーズをとっている。
Macintoshローンチを控えたタイミングでのNewsweek取材に応じるために米ニューヨーク市へ向かった際に撮られた1983年当時のショットのようで、ニューヨークを拠点にするIBMのロゴを見つけての行動だろう。
1984
これに関して多くを語る必要はないと思うが、あのMacintoshデビューのときにSuper Bowlに出されたTV向けのスポットCMだ。
この著名なCMでは、敵として象徴的に描かれている「Big Brother」が「Big Blue」ことIBMのモチーフであることは有名で、それまでホビーパソコンの域を出なかったAppleの製品が、斬新なユーザーインターフェイスを武器にPCの新しい可能性を切り開いてビジネス界の巨人に立ち向かうイメージを想起させる。
また、1983年にJobs氏が発表した際のプレゼンテーション動画もあり、興味ある方は改めて確認するといいだろう。
コンピュータの“暗黒時代(Dark Ages)”
1985年にPlayboy誌のインタビューでJobs氏は「もし何らかの理由で我々がいくつかの大きなミスを犯してIBMが勝利した場合、私個人の感覚としては、業界全体がその後20年間はコンピュータの“暗黒時代(Dark Ages)”みたいなものに突入するのではと思っている」と答えたという。
つまり、IBMによって支配される世界そのものが「暗黒時代」だと同氏はいっているわけだ。
だが実際にはハードウェアの世界でCompaqを筆頭にした業界革命が起こり、IBMの地位は後退。共通OSでアプリケーションのエコシステムを整備したMicrosoftが主役の時代へと移っていき、現在のトレンドへとつながっているのは面白い。もっとも、現在はさらにその先のトレンドへと進みつつあるわけで、その辺りは後ほど詳しくみていきたい。
The Switch to Intel
Jobs不在時代のAppleにおいて、初代Macintoshが継承してきたMotorola製のプロセッサから、IBMのPowerPCへとプラットフォーム交替という大きなイベントが展開された。
だがJobs氏の復帰からしばらくして、今度はMacのPowerPCからIntel製プロセッサに移行した。その際の同氏の声明は「我々のゴールは世界で最高のPCを顧客に提供することであり、先を見渡すと、Intelがどこよりも強力なプロセッサをロードマップを持ち合わせていた」とその変更理由を説明している。過去10年のMacを支えたのがPowerPCであるとすれば、さらにその先の10年を支えるのはIntelプロセッサというわけで、IBMを“dis”った最後の5つめのエピソードにあたるというのがBloombergの意見だ。
だが実際のところ、製造問題からIBMがAppleに十分なプロセッサを提供できず、特にモバイル向けで必須となっていた低消費電力プロセッサを満足に開発できなかったという理由から、AppleはIBMを捨ててIntelを選択せざるを得ない状態となっており、1980年代のJobs氏とは違った「純粋なビジネス的判断」によるものが大きいと思われる。
本当のところ、Jobs氏はIBMをどう思っていたのだろうか? 少なくとも1980年代当時は「強大な倒すべき敵」だと認識していたと考えられるが、同氏がAppleに復帰した1990年代後半にはすでに“敵“として意識すべき相手ではなくなっていた可能性が高い。そしてiMac、iPod、iPhoneといった一連の製品の成功を見て、Appleが目指すべきポイントとライバルを改めて認識していったことだろう。
魔法のような10年間(magic decade)
筆者個人は記事内容に同意しない部分も多いのだが、ZDNetのコラム「Apple's magic decade, IBM and Sony」でこの辺りの話題が触れられている。その内容は、かつてソニーが洗練されたデザインで革新的な製品をプレミア価格で提供していた路線をAppleが受け継ぎ、「魔法のような10年間(magic decade)」を享受してきたが、Jobs氏なき今この路線をそのまま続けていくのは難しいだろうというものだ。IBMとの提携は次の10年を生き抜くための施策だと締めている。
同記事ではAppleがIBMと組んだことを受け、「(利益率の高いサーバやストレージビジネスを捨ててiPhoneに注力し)企業のビジネス用途を意識するのを嫌ったJobs氏の路線は、Tim Cook氏の下で明らかに変化した」と分析している。
だが、もともとNeXT時代から引き継いできた技術の経緯をみれば、Jobs氏はビジネス用途を強く意識していたのは間違いなく、その市場を開拓するだけのパワーやパートナーが当時のAppleに不足していただけというのは明らかだ。
iPhoneヒットの結果、いったんMac事業のビジネス用途への拡大戦略は後退するものの、iOSとしては企業向けの機能拡張を続けており、いずれは訪れるビッグチャンスをものにすべく動いていたことは明白だ。
Jobs氏はiPhoneのシェア拡大方法を常に模索しており、最終的に最良の“パートナー”との提携にこぎつけたのがCook氏がトップにいたタイミングだっただけだと認識している。
個人的感想だが、もしJobs氏がこのタイミングでAppleのCEOだったならば、自身のこの判断をきっと気の利いたコメントとともに喜んでいたことだろう。