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大谷イビサのIT業界物見遊山 第15回

鉄壁の守りがあるから安心して攻められる

生え抜き情シスに変革は可能?攻めのITは人材流動から始まる

2014年05月21日 06時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp

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ここ数年、「へえー、変わったことやってるなあ」と感じるユーザー事例には一定の法則がある。情シスが生え抜きではないのだ。代替わりや世代交代、ベンダーや異業種からの転職などで取り込まれた新しい血が、企業のIT活用を次世代に導いている。

“若返り系””外様系”の人材流動がITの刷新を促す

 先日、取材したITACHIBA会議において、IT部門の代表として講演した小林氏の話で一番印象に残ったのは、「IT部門は人材の流動性がない」という指摘だ。人材の流動性は、営業やマーケティングなどのユーザー部門とIT部門とのジョブローテーションという社内の人事異動だけではなく、IT部門の転職市場といったより広い観点でも捉えられる。いずれにせよ、業務の専門性から、ユーザー部門からはIT部門に動きたくない、IT部門は他に移りにくいといった事情があるようだ。情シスが単に「コンピューターをいじることが好きな人たち」だった場合、いきなり異動させるのはユーザー部門にとってもうれしくない。

 一方で、この数年の事例を取材した限り、新しいことにチャレンジしている会社は、人材面でも新しい血が取り入れられていることが多い。昨年取材したCybozu.com Conferenceでは世代交代により、経営者とスタッフが若返ったことで、クラウドの導入が進んだ事例が紹介された。また、実家の家業を継ぐことになった2代目がサラリーマン時代の経験を活かし、新しい感性で過去にGoogle AppsやSalesforceを使いこなしているという事例も取材した。もっともラディカルで、たまたま雇ったアルバイトがITに明るく、気がつけばIT部門と同じような役割を果たしていたといった例もあった。

 情シスが存在しない、あるいは兼業情シスの多い、スモールビジネスにおいては、こういた“若返り系”の人材流動がクラウドへの導入を後押ししている。既存のベンダーの付き合いが薄く、クラウドやスマホに抵抗感がない世代が、新しい感性でITを“使っている”のだ。

 また、最近増えてきたのが、IT業界から異業種に転職する、いわば“外様系”の人材流動だ。特にWebサービス系の企業の人材が、一般企業に流れるケースが増えているようだ。

 Webサービス系の人材は、当然ながらオンライン施策に明るい。お菓子メーカーがスマホアプリを作り、オウンドメディアを展開する時代である。Webマーケティング・PRなどの分野は、以前に比べて裾野が圧倒的に拡がっており、即戦力を持つ人材が不足している。一方、人材の供給元となるWebサービスの業界は、業界の趨勢や業績によって、人材がかなりダイナミックに流動する。栄枯盛衰の激しいB2C系のSNSやソーシャルゲーム業界を担っていた人たちが、自身のWebサービスでのスキルと実績を元に、新天地を目指すというシナリオへ決して不自然ではない。そして、実際にそういった人たちを何人も会ってきた。

中堅・大企業で注目は“御用聞き系”

 そして、個人的に注目したいのは、出入りのベンダーやSIerから、ユーザー企業のIT部門に移ってくるという“御用聞き系”のケースだ。以前、取材した限りではIT部門を支える参謀のような存在が、外部ベンダーやコンサルティング会社から招聘されていたりする。これはIT部門自体が会社組織の中にある中堅・大企業に多いようだ。出入りの営業としてユーザー企業のIT化に関わってきたら、そのままユーザー企業にスカウトされて転職。いつの間にかベンダーやSIerに仕事を発注する側になっていたといったという例だ。

 ベンダーからユーザー企業のIT部門に転職するパターンは、需要と供給の関係が明確になっていれば、当事者の誰もが“近江商人的に”メリットを得られる。

 雇う側のIT部門としては、業界やソリューションに明るいベンダー側の人間は、IT化の即戦力として使える。ユーザー企業の社内の内部事情にもある程度精通していれば、予算の確保や他部署との折衝などでも、役に立つ。雇われる側としても、今までの知識や経験が活きるので、報償や条件面で以前より優遇されていれば、魅力的な選択だ。そもそもクラウドの台頭で、単純なハードウェア販売やインフラの構築は今後ビジネス的に先細っていくことがあきらかなので、ユーザー側への転職は願ったりかなったり。売り上げに直結する戦略的なIT企画を創出できる人材であれば、どの業界でも引く手あまたのはず。こうした人材流動が続けばベンダーやSIerより、ユーザーの抱えているエンジニアが多いという米国型の人材構造に少しずつ近づくはずだ。今後、このパターンは増えてくるであろう。

 これが年間に数件であれば、コラムネタにもならないが、最近取材した事例が立て続けでこのパターンだったので、驚いた。あるユーザー企業に話を聞いたら、あまりにもIT業界に通じているので聞いてみたら、「実はベンダーからの転職組で……」という流れ。その話をベンダーにすると、「そういえば、前回取材したあの人もユーザー企業に転職した」というコメントが出てくる。そして、IT人材を研究している大学の先生とその話をしたら、「ITのコンサルを3年以上続ける人は少ない。結局コンサル先に転職してしまうから」という話になる。なるほど。

 そんなこんなで、個人的には「企業のIT化を変革するのは、外部の人材が必要」という仮説が、いよいよ点から線になりつつある。

情シスはむしろ守りの立場が重要?

 ここまで聞くと、「従来の情シスはお払い箱になるのか?」という素朴な疑問がわく。営業やマーケティング部がIT予算を持ち始めたことで存在感が下がり、ユーザー部門からの期待に答えらないことから存在意義を問われる情シス。もちろん、多分にそういった現場があるのは事実だが、「守りの情シス」としてのポジションをきちんと確立している人たちが数多くいるのも事実だ。

 情シスの最大の財産は、業務や社内の知識と現場とのコネだ。情シスは、経営戦略や業務の現場を踏まえた上で、ITの導入や運用を行なっている。経営陣が抱えるビジョンや戦略とともに、現場の従業員が日々どのような業務に携わっているか理解している。使える予算、施策を阻止する社内事情、営業や生産などの現場のニーズ、過去からの経緯などの社内事情も把握している。当たり前の話だが、こうしたもろもろの知識や情報がないと、新しい血が入ってきても、今以上のIT活用は進まない。

 要は、これからも情シスには攻めの人材だけではなく、守りの人材が必要ということだ。たとえば、先日事例を公開したすかいらーくは攻めのマーケティング施策のために、情シスが積極的にPOSデータを提供している。アグレッシブなデバイス導入を進めるミルボンの情報システム部は、現場のニーズをとことんまで把握した上で、元ベンダーの担当がクラウドやモバイルの導入にチャレンジしている。先日掲出した「気がついたら俺がレガシー?情シス再生への道はkintoneにあり」という仮想事例の記事も、こうした攻守の役割分担に立脚して、書いている。

 「情シスよ、変化を恐れるな!」「攻めよ!情シス」は昨今の風潮だが、守りの視点で情シスのあり方を見つめ直してもよいだろう。

筆者紹介:大谷イビサ

 

ASCII.jpのTECH・ビジネス担当。「インターネットASCII」や「アスキーNT」「NETWORK magazine」などの編集を担当し、2011年から現職。「ITだってエンタテインメント」をキーワードに、日々新しい技術や製品の情報を追う。読んで楽しい記事、それなりの広告収入、クライアント満足度の3つを満たすIT媒体の在り方について、頭を悩ませている。


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